第10話【町外れ その1】

 いつもと変わらない夜。少女は机に向かって、前にリスの老婆に言われた事を考えていた。


「――あんね、あたしのやる占いってのは、その生き物の運命の波長を読み解くことにあんのさ」

「――あんたからは、なぁんにも感じないんだよ」

「――普通はいい事と悪い事が重なって、ある程度一定の波になるはずなんだけどね」


(私からは、運命の波長を感じない⋯⋯。うーん、運命が決まってないって事なのかな?)少女は少し考えたが、すぐにやめた。(まあ、占い師のおばあさんも分からないって言ってたし、私が考えても分かるわけないか)


 時刻は、すでに一時を巡っていた。

(はぁ、それにしても──)

(――薬、効いてこないな)

 一度に服用する睡眠導入剤は、日に日に量が増えていた。そしてそれに比例するように少女の不眠症もまた、ひたすら悪化していた。

 少女はふと時計を見る。

(ああ、もうこんな時間……。今日はしょうがないか⋯⋯明日も早いし)

 少女は机の引き出しを開け、睡眠薬のケースを取り出す。薬をシートから押し出すと、コップに水を淹れ、薬と共に飲み込む。

(ふぅ、これで少ししたら効いてくるはず。今日はもう寝よう)

 少女は服を着替えて部屋の電気を消すと、ベッドの中へ潜り込んだ。机の上に並べられたスノードーム達に「おやすみなさい」と言うと、机の電気を消した。暫く目をつぶっていると、徐々に眠気が襲ってくる。少女はそのまどろみに身を任せ、そのまま眠りについた。


 パチっと目を開ける。

(ここは⋯⋯)

 辺りを見渡して見る。そこには赤々とした夕焼けに照らされた人気の無い住宅と、道を挟んですぐ横に木々の生い茂った山が見えた。森と道の間には小川が流れている。見る限りそこは至って普通の住宅街で、生き物の気配はあまり感じられなかった。

(うーん。山の方には沢山生き物が居そうだけど、住宅の方にはあまり居なさそう……。少し、この辺りで探してみよう)


少女は、すぐ横にある小川のせせらぎに耳を傾けながら、赤く照らされた道路を歩いていく。

(小川⋯⋯っていうよりも、用水路なのかな? 静かな住宅地と相まって、なんだか安らぐな。現実でも通る様な道だけど、夢で来てみると、また一味違うな)

 少女は、過去に似たような景色の場所へ来たことを思い出していた。

(そういえば、夢で商店街に行った時もこんな発見が沢山あったな。知ってると思ってた場所なのに、歩き回ってみるとまだまだ知らない所があって、森や砂漠にも負けないくらい風情があって素敵だった)

 その時、少女の脳内に、過去に聴いたある言葉が過ぎった。それはあの、まさしく夢のようだった夢の世界、【宇宙】で聞いた言葉。

「──君の求める答えへの入口は、きっとすぐ近くにある。皆が見落とすほど、すぐ近くにね」

 思わず、少女の足が止まる。

「宇宙人さんが言ってた事って──」

「――ひょっとして、こういう事だったのかな⋯⋯」

 少女は、なんとなく空を見上げた。

「私の、求めるもの⋯⋯」

 夕日に染められた赤い空に目を奪われる。

 そんな時。道の先にあるゴミ捨て場から、ガサガサッ!と、音が聞こえた。少女は少し驚き、音のした方へ向いた。

 その音の主はゴミ捨て場の壁に隠れてよく見えないが、壁の影から黒い尻尾が飛び出しているのは見えた。少女は恐る恐る近付くと、壁の内側を覗き込んだ。

 その生き物は、警戒するようにサッとこちらを振り向く。

 両者の視線がぶつかる。

互いに互いを認識したその瞬間、両者は両者とも、目を丸くして驚いた。

 少女は驚いたまま言った。

「も、もしかして⋯⋯。あの時の⋯⋯黒猫さん?」


 夕日に照らされた道路を、ふたり並んで歩く。

「本当にびっくりしちゃったよ。まさかこんな所で黒猫さんに会えるなんて」

「私だってびっくりよ。まさかまた会えるなんて思ってなかったもの」黒猫は少女の方を向いて言う。「貴方もしかして、この辺に住んでるの?」

「ううん、この辺りに来るのは夢でも初めてだよ。黒猫さんに初めて会った時も、夢で行ったのは初めてだったけどね」

「夢……?ま、まあいいわ。とにかくこの辺りの人間ではないのね」

「うん。黒猫さんはこの辺りに住んでるの?」

「ええ。ここの近くに大きなゴミ捨て場があって、そこに捨てられてる車の中に住処があるのよ」

「へぇ、そうなんだ。じゃあ、この辺りには食べ物を探す時にしか来ないんだね」

「そうね。野犬とか車とか、危険がいっぱいだから、町中の方はあんまり行かないのだけどね」

「そうなんだ。あ、じゃあ、前に商店街で会った時は、たまたまだったんだね」

「ん、ええ。あの日はあんまりこの辺りに食べ物が無くて、仕方なく行ったのよね」黒猫が少し目線を外す。「⋯⋯って言っても、最近は町中の方も食べ物が少なくなってきてるから、場所を移そうかとも思ってるんだけどね」

 すると、少女はふと、黒猫が背負っている袋に目が行く。袋は、結構な大きさだった。

「黒猫さん⋯⋯もしかして、結構大食い?」

 黒猫は、少女の目線が袋に向かっている事に気がつくと、少し笑いながら言った。

「え?ああ、私じゃないわよ。これは妹達の分」

「あ、黒猫さんって、妹さんがいるんだ」

「ええ。育ち盛りが三匹。皆元気いっぱいでよく食べるから、いつも結構持っていくのよ」

 それを聞いた少女は、なにやら可笑しそうに笑いだした。黒猫が不思議そうに言う。

「何かおかしい事言ったかしら?」

「いや、通りでお姉さんっぽかったんだな、って思って」

「え、そ、そうかしら⋯⋯?」

「うん。だって初めて会った時から、落ち着いててしっかりしててかっこよくて、こんな人がお姉ちゃんだったらいいなぁって思ってたよ」

「そ、そう面と向かって言われると照れるわね⋯⋯」

 黒猫は少しバツが悪そうに目を逸らした。そんな黒猫の様子を見て、少女はまた、可笑しそうに笑った。


 二人は、長く続く山沿いの道路を、それぞれの話をしながら歩いた。

 そんな時。山の方から、パキパキと枝を踏み折る音が聞こえてきた。その音が聞こえると、黒猫は全身の毛を逆立てて警戒をあらわにした。少女は不安そうに言った。

「な、なんの音だろ?」

「シー。気を付けて。山の動物は気性の荒いのが多いから。もしかしたら、もう狙われてるかもしれないわ」

「く、黒猫さん、どうしよう……」

 黒猫は瞳をぎらりと光らせると、真剣な声色で言った。

「こうなったら、今から逃げるのは得策じゃないわね。危険な賭けになるけど⋯⋯相手が飛び出してくるのを待って、攻撃を一旦避けてから、相手の入れない狭い場所に逃げ込むわよ。……そうね、あそこの塀の隙間なんか良いわ」

 少女は、ゴクリと唾を飲み込む。

「わ、分かった」

 ふたりの間に、緊張が走る。枝を踏み鳴らす音は、次第に近づいてくる。

 しかし、それと同時に、誰かの話し声も近づいてきた。何やら聞き覚えのあるような気がした。

「この声⋯⋯?」

「来るわよ!」


 枝を踏み鳴らす音と共に、その足音の主達は、至って普通に会話をしながら、ふたりの前に姿を表した。

「あ!人工物が見えた!この辺りじゃない?」

「お、おお!あ、で、でも、もう日が暮れそうだぞ⋯⋯」

「そうだねー⋯⋯。うーん、とりあえず今日はこの辺りで休めそうな所でも⋯⋯あれ?」

 今まさに山から降りてきたその"ふたり"と、少女の目があう。降りてきたその"ふたり"は、目を見開いて声を上げた。

 少女も、勿論驚いていた。そしてそれと同時に、驚きの後を追うように喜びが胸を満たした。

 また会いたいと、思っていた。また話がしたいと、思っていた、

 少女は、嬉しくて叫んだ。

「うさぎさん!!クマさん!!」


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