第7話【精神世界】
少女は、いつもとは違う事を考えていた。
それは夕食の時にテレビのニュースで流れていた。都心のビルで働いていた女性社員が、建物の屋上から飛び降り自殺を図ったという痛ましい事件である。
(今まで、色々な夢の世界を巡って、色々な生き物達に話を聞いてきたけど、やっぱり、人間の思考だけが、どうしても理解出来ないな……。今まで出会った生き物達は、皆弱肉強食の過酷な世界で、迷わず生きる事を選択してた。なのに、人間はどうして、食物連鎖の頂点に立って、生死を伴う争いが強いられないはずの社会に生きているのに、動物よりも死を選択したがるんだろう)
少女は体を机に伏せて思った。
(人より過酷な環境で生きる生き物達は、生を選ぶのに──)
(――安全を約束された社会で生きる人間達は、時折死を選びたがる)
少女はその疑問をノートにぶつけ、頬杖を付きながら、机に並ぶスノードーム達に呟いた。
「皆は、どうしてだと思う⋯⋯?」
そう呟いてすぐに、少し口元を緩ませた。
「なんて。人間の私が分からないのに、皆に聞いても分からないよね。ごめんね」
少女はふと、時計の針が既に二十三時半を指していた事に気が付き、椅子から立ち上がりパジャマに着替え始めた。着替えを終えると、ベッドに潜り込み、明かりを消した。
(うーん。人間、人間、人間⋯⋯)
そんな言葉が頭の中をグルグルと回りなが
ら、少女は眠りについた。
目を開ける。少女は、目を開けたその瞬間から、その世界に対する違和感を覚えていた。
(あ、この感覚……。今まで、雲海とか中心街に言った時に感じたのと同じ……)
周りを見回す。
(見た感じは、中心街の時に少し似たような、普通の街中って感じだけど……。この世界も、どこか普通じゃないのかな)
少女は歩き出す。
(少し辺りを見て回ろう)
しばらく辺りを歩いていると、少女は謎の生き物達を見つけた。それらは動いては居るが、生き物かどうかも分からない。人型のヘドロのような見た目をしており、個体事に全身の色が違う。
近付いて見ると、声かどうかも分からないような、妙な音を出している。
(こ、これ、なんだろう? なんだか気持ち悪くて、凄く嫌な音を出してる)
少女の表情がゆがんだ。
(う。音を聞いてると寒気と吐き気がする……)
少女はその音に耐えられなくなり、逃げるようにその場を離れた。
逃げた先には、巨大なビルが建っていた。さっきの謎の生き物達が、何度も出入りしている。
そんな中、一人、ビルから飛び出してきた者がいた。それは、長い髪を振り乱した【人間】だった。少女は驚いた。
(人!人間の女の人だ!)
その女性はビルから飛び出すや否や、怯えた様子で辺りを見回し、頭をかきむしったようにしてからどこかへ走り出してしまった。少女はすぐにそのあとを追った。
走り出した女性は突然立ち止まり、目の前にある赤レンガの建物に目をやっていた。
少女は息を切らしながらなんとか追いついた。
(立ち止まった……?)
赤レンガの建物を見つめて居たその女性は、フラフラと誘われるように建物の中へ入っていった。
(な、中に、何かあるのかな?)
少女は、壁や地面に手をつきながら息を切らして階段を上がる女性を、階段の入口からこっそりと覗いていた。女性は階段を登りきると、勢いもそのまま屋上の扉を開け、少女の視界からは見えなくなった。
少女は、今までの夢の世界では味わわなかった、強い恐怖に襲われていた。
(あ、あの女の人……。何か、取り憑かれたように動いてて⋯⋯す、凄く怖い……)
足が震えて、動けそうもなかった。少女が狼狽えていた、その時だった。
辺りに、大きく鈍い音が響き渡った。少女の目の前にあった大きなゴミ箱に、何かが叩きつけられた音だった。落ちてきた''それ''があの女性だと気づくまでに、そう時間はかからなかった。
周りの生き物達が、鼓膜を劈くような奇声をあげた。少女は、ただ呆然としていた。その場に硬直していた。今まで体験したことの無い程の衝撃と恐怖に、全身を打ちひしがれていた。眉ひとつ動かす事も出来ず、体全体がびりびりと痺れているようだった。
今日も、朝日が昇る。少女は激しく汗をかき、息を大きく弾ませながら目覚めた。まだ、目覚ましが鳴る三十分ほどまえだった。
体を起き上がらせ、ベッドに腰をかける。まだ呼吸は少し荒い。少女はしばらく呼吸を整えた。
やがて全身の緊張が緩んできた頃、少女は布団から立ち上がり、着替えを始めた。
朝食時。テレビでは、昨日起こった女性が自殺した事件についての報道が流れていた。その報道を見た少女は、心の中で呟いた。
(お姉さん。あなたのおかげで、人がどうして死にたがるのか、少し分かった気がするよ。ありがとう。どうか安らかに)
少女は部屋へ戻ると、並んだスノードームへ向かって言った。
「皆おはよう。今日は怖い夢を見て少し早く起きちゃった。それじゃあ、行ってきます」
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