第4話【宇宙】

 少女は、机に並んだスノードーム達を見つめながら考えを巡らせた。

(今まで色んな夢を見てきたけど、また同じ所に行くことはありえるのかな……。また、森や、砂漠なんかに行くことは──)

(――もう、無いのかな)

 少女の表情が、少し曇る。ふと時計を見ると、時刻は十二時四十分。

(いけない。もうこんな時間だ。明日も学校だし、早く寝ないと)

 少女は服を着替え、電気を消し、ベッドへと潜り込んだ。

(最近は、少し夜更かしが多くて、あまり夢を見られなかった⋯⋯。今日は見られるかな……)

 そんな事を思いながら、少女は眠りについた。


 目を開ける。少女の目に飛び込んで来たのは、窓越しに見える地球だった。

(ここは⋯⋯。宇宙船の中?)

 周りを見ても、人はおろか、生き物の気配すらなかった。

(こんなところで、誰かに会えるかな⋯⋯?)

 少女は、広い宇宙船の中を移動して行った。


(なんだか、変な感じ……。重力が無いはずなのに、ちゃんと足をついて歩ける⋯⋯。周りのコップなんかは何もしてないと机に置いてあるのに、私が触れると宙に浮き出す⋯⋯。それに、随分探したけど、やっぱり生き物は見つからなかったし)

 しばらく、無音が続いた。

(誰にも会えないと、なんだか寂しいな)

 そんな事を思いながら宇宙船の中を見回っていると、突如声が聞こえてきた。

「おや、君は地球人かい?」

 少女はハッと驚いて後ろを振り返る。

「あ、貴方は?」

「驚かせてしまって申し訳ないね。僕は、君たち地球人の中で言う所の、宇宙人さ」

「そ、そうなんだ。宇宙人さん、ごめんね、驚いちゃった」

「いいのさ。僕の見た目は、君たち地球人には見慣れないだろうからね」

 少し気まずい沈黙が流れたのち、少女が口を開いた。

「あの、宇宙人さん、一つ聞いてもいい?」

「なんだい?」

「私、この宇宙船の中を少し見て回ったけど、貴方みたいな宇宙人さんを、他に一人も見なかった。あの、貴方はここに一人なの?」

 少しだけ、宇宙人の目がそれたような気がした。

「知りたいかい?」

「う、うん。良かったら教えて欲しいな」

「そうか。そうだな、どこから話せばいいかわからないけれど、とにかく──」

 そこまで言うと、彼は遠くを見つめるように、儚げに言った。

「――僕以外の同胞は皆……もう、死んでしまったんだよ」

 少女はそれを聞いて鼓動が高鳴るのを感じた。

「もうあれから何百年経ったかな。僕らは、僕らの星で歴史上初の宇宙探査に出掛けたんだ……。だけど、宇宙探索に出発してから数ヶ月後、僕達の住んでいた星の三分の一サイズの隕石が降ってきて、僕達の帰る場所が無くなってしまった……。そして、その報せを聞いて絶望していた僕達の元に、無数の艦隊がやって来た。彼らは自分達の事を宇宙帝国と名乗り、僕達をいきなり攻撃した。あっという間の出来事だったよ。船員六十八名。たまたま襲われた部分の反対側に居て、直ぐに船を切り離して仲間達を見捨てた僕以外、全滅さ」

 少女はとても言葉を選んでから言った。

「そうだったんだ⋯⋯。辛いことを思い出させちゃってごめんなさい。あの、あんまり話したく無かった……?」

「いや、いいんだ。もう何百年も前の話だしね。それに──」

「――僕は、君に会う為に、ここで待ち続けて来たんだ」

「どういうこと?」

「あの悲劇から脱して、一人宇宙をさまよっていた時、僕は自分のした事に激しく後悔した。仲間達を見捨てて、自分だけが助かろうとしたんだからね。そして、自分だけ生き残った事に逆に絶望を感じて、僕は自殺しようとした……。でも、出来なかったんだ。ナイフで首を刺して死のうとしたけれど、僕の手が見えないなにかに掴まれて動かなかった。他にも、色んな方法を試したよ。でも、何故だか全て失敗に終わった」

 彼の口調は穏やかだった。

「そして、ある時僕はこう考えた。自分は、なにか役割があって生かされたんじゃないかと。なにか、ここに残ってしなきゃ行けないことがあるんじゃないかって。僕は持てる力を全て使って調べたよ。自分の役割がなんなのかをね。幸い時間ならいくらでもあった」

「それで、役割は何か、分かったの?」

「ああ。それこそが、まさに君に出会う事だった。色々考えて居た時に、ある夢を見てね。暗闇の塊のような物が喋って、それが僕に言ったんだ。『これから何百年も先に、一人の女の子があなたの前に現れる。その子が現れた時、あなたの全てを伝えてあげて。その為に、あなたを生かしてるから』、てね」

「私⋯⋯?」

「そう。いいかい。これから君に、僕の全てを伝える。それは、頭じゃなく、心で感じ取るものだ。それを覚えておいてくれ」

 少女はゴクリと唾を飲み込むと、覚悟を決めたように言った。

「分かった」

「それじゃあ、僕の手を掴んで」

 言われるがまま、少女は差し出された手を掴んだ。それはまるで、母親と接しているような、暖かな手をしていた。

 すると、その宇宙人の背後にあった扉が開く。

「扉が!」

 宇宙人に手を引かれるがまま、少女は宇宙船の外へと飛び出した。


 そこは、まさしく宇宙だった。本来なら生物が生きていられる環境ではないのに、少女の身体はまるで、肌と同じ温度のお湯に浸かっている時のように、寒さも暑さも感じなかった。

(体が、ふわふわ浮いてる⋯⋯)

「今君は、体に何も感じないだろう?」

「う、うん。なんだか、生きていないみたい。少し怖いな」

「大丈夫。安心するんだ。何も感じないという感覚こそが、今は大切なんだ」

「さあ、見て回ろう」

 彼がそう言うと、二人の体は光速で移動した。


 太陽から、水星、金星、火星、木星、土星──そして、地球。あっという間に太陽系を巡ると、そのまま銀河全体を回った。その間、少女の手を握る暖かな彼の手からは、様々な記憶や想いが流れ込んで来ていた。


 辺りを巡り、銀河を背にしながら彼は言った。

「これが、僕の知る全てだ。君の知りたい答えへ到達出来るかどうか、あとは君次第だよ」

「ありがとう、宇宙人さん」

「君はきっとそろそろ目覚めるだろうから、最後に一つ伝えておくよ」

 彼は、今までの優しい声色を変えることなく、こう言った。

「君の求める答えへの入口は、きっとすぐ近くにある。皆が見落とすほど、すぐ近くにね――」

「――それと、君が感じたその体温。それだけは、どうか忘れないで欲しい」

 少女は呟く。

「すぐ、近くに⋯⋯」

 すると、宇宙人が言った。

「ふぅ、これで僕は全ての役割が終わった」

「宇宙人さんは、これからどうするの?」

「僕は役割を終えたから、あとは元に戻るだけさ」

「元に?」

「ああ、初めに生まれた所へ、また戻るんだ。君の求めてる、答えにね」

「答え⋯⋯!あなたはそれを知ってるの?」

「残念だけど、僕も良くは分からないんだ。ただ、そう、感じるだけさ」

 少女の目の前に、光が差す。

(夜明けだ⋯⋯)

 光に包まれながら消えゆく宇宙人は、最後に呟いた。

「僕を長い時の中から解き放ってくれてありがとう。君の冒険を、僕は応援し続けるよ」

(宇宙人さん⋯⋯)

 その声を聞いた少女は、届かないと分かりながらも、彼の方へと指先を伸ばした。すると彼は暖かな表情を浮かべながら、その手に自分の手を重ねたのだった。


 今日もまた、朝を迎える。気がつくと少女は、ベッドの上に居た。

 枕元には、宇宙を模したスノードームが一つ。

 少女は窓越しに空を見上げた。

「宇宙人さん……。長い間、待たせてごめんね。どうか、安らかに」

 そう呟いた少女の瞳からは、涙が一粒、零れ落ちた。

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