第3話【雲海】

 風呂から上がりパジャマに着替えた少女は、そのままベッドに潜り込んだ。

(やっとテスト週間が終わった⋯⋯)

 床についた少女の身体はくたくただった。

(学校の勉強に加えて色々な本を読んでたから、目も少し悪くなっちゃったかも)

 少女は目を瞑り、少しずつ眠りについて行った。


 目を開ける。

(ここは、何処だろう?)

 そこは奇妙な場所だった。上を見ても、下を見ても雲がある。見渡した限りでは、遠くの方に大きな塔の様なものが見えるだけ。

 そして少女は、足元を見て気がついた。

(あっ、私、雲の上に立ってる⋯⋯)

 奇妙な感覚だった。

(上も雲がってて見えないけど、ここはひょっとして、空の上なのかな? ……見えるのはあの塔だけだし、とりあえず、あの塔を目指してみよう)


 少女は、塔に向かって歩みを進めていた。

(凄く不思議⋯⋯。地面に足がついてる感覚が無いのに、足を動かしたらちゃんと歩ける⋯⋯。それに、辺りは朝ぐらい明るいのに、どこを見渡しても太陽が無いし──)

(—―今まで行った場所と、全然違う感じがするな)


 少女が歩いていると、目の前に鳥が飛んできた。

「あれ、こんなところに人間だなんて珍しいな」

「こんばんは、鳥さん。貴方は、なんの鳥さんなの?」

 その鳥は少し困ったように言った。

「あー、俺の名前を言っても、多分人間には分からないぜ。だから、人間に分かるように言うなら、えーと。渡り鳥、かな」

「そうなんだ。渡り鳥さん、貴方はここで何をしているの?」

 渡り鳥の答えは漠然としたものだった。

「うーん。何だろうなぁ。俺も分からないんだ」

「分からない?どういうこと?」

「なんて言うか、昔の記憶が無いんだ。ただ覚えてるのは、ここを飛んでなきゃ行けないって事だけさ」

「ふうん⋯⋯この世界は何か不思議だと思ってたけど、ここに生きてる渡り鳥さんにも分からないんだね。でも、ずっとここを飛び続けるなんて大変そう。渡り鳥さんは嫌になったりしないの?」

「嫌か。うーん、そうだな。嫌だとかどうだとか、考えた事も無かった。ただ、ずっと飛び続ける事しか考えた事が無かったよ」

「なんだか不思議。私はきっと、ずっと飛び続けてたら疲れて落ちちゃうな」

「そういえば、飛べなくなるほど疲れたことも無いな。あ、だがな、疲れるだとか大変だって点で言ったら、俺よりももっと凄いやつが居るんだぜ」

「そうなの?どんな鳥さん?」

「いや、そいつは鳥じゃないよ。むしろ、あんたと同じさ」

「私と? て、ことは……」

 渡り鳥は、ニヤリと笑うように言った。

「そう、人間さ」

 少女は思わず目を丸くした。

「驚いた。まさかこんなところに、私以外の人間が居るだなんて」

「そう、そいつはな⋯⋯あそこに塔が見えるだろ?」

「うん」

「いつからかは知らないが、あそこの塔を、ずーっと登り続けてんのさ」

「塔を⋯⋯? それは、どうして?」

「さあな。そりゃあ俺にも分からねえ。本人に聞いてみるしかねえだろうよ。」

「そうなんだ」

 少女の目線を塔へ向けながら、渡り鳥へ言った。

「それじゃあ私、途中で目覚めちゃうかも知れないけど、あの塔まで行って直接その人に聞いてみるよ」

「お、そうかい。それじゃあ、もしまた会えたら、あの人がなんて言ってたか教えてくれよ。俺はずっとここにいるからさ」

「うん。それじゃ」


 少女は、塔までの長い道のりを歩いた。遠くからでは分からなかったが、近づいて見ると、確かに塔に登っている人間が見える。

(あの人が、渡り鳥さんの言ってた……)

 少女がさらに近づき、登っている人間に話かけようとした。

 その時だった。途中の段差で休憩していたその人間が突如、その塔から飛び降りた。

 少女は理解が追い付かなかった。思わず反射的に叫んだ。少女の声はその人間には届かなかった。

 すると、飛び降りたその人間が足元の雲を突き抜けた瞬間、足元にあった雲が急にすべて消えてしまった。

(雲が!)

 身体全体が、奇妙な浮遊感に包まれる。少女自身も落ちていく中、落下していた人間の体を掴もうと、思い切り手を伸ばした。無我夢中で、掴もうとした。


 どこからか、そして、いつからか登っていた朝日に、その世界は照らされた。少女の無言の叫びは、言葉にならないままだった。

 今日もまた、朝日が登り、朝が来た。全身に汗をかいたまま、少女はハッと目が覚めた。掛け布団を強く握りしめている。呼吸もまだ少し荒い。

 一度深呼吸をしてベッドから起き上がると、そのままベッドに腰をかけた。

 枕元には、雲海を模したスノードームが一つ。

(あの世界は、なんだったんだろう)

 少女の疑問は、残るばかりだった。

(うう、それにしても、大分汗をかいちゃったな。今日は朝ご飯の前にお風呂に入ろうかな)

 少女はベッドから立ち上がった。

「みんなおはよう、ちょっとお風呂に入ってくるね」







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