第2話【砂漠】
少女の机には、生き物と哲学に関する本が大量に積まれていた。少女はパジャマに着替えながら、ベッドに座り込んだ。
(うーん。やっぱり、ピンと来ないなぁ)
図書館や学校で借りた本には、【生物の到達点とは何か】という少女の疑問を、納得させるものが無かった。
長時間頭を悩ませているとだんだん同じ考えをグルグルと周りだし、 そのままベッドに倒れ込み、疲れから、そのまま目を閉じて眠りについてしまった。
少女が目を開けようとすると、強い光が差し込んできた。思わず再び目を瞑ってしまう。
(ここは、何処だろう?凄く眩しい⋯⋯)
段々と目が慣れてきて、少しずつ目を開ける。すると辺り一面には、隙間なく降り注ぐ日光と、途方も無いような砂の世界が広がっていた。
(ここは、砂漠かな?)
少女は、目の前に広がる広大な砂の上を、一歩ずつ歩き始めた。
少女が歩いていると、ラクダの群れを見つけた。その中の一頭に、声をかける。
「こんばんは、ラクダさん」
ラクダも返事を返す。
「やあ、こんばんは」
「ラクダさんは今、何をしていたの?」
「僕達はね、今、水場を探して旅をしているんだ」
「水場?ラクダさん、喉が乾いているの?」
ラクダは首を振る。
「別に、今乾いているわけじゃないんだ。ただ、僕達に限らず、生きていくにはたくさんの水がいるだろ? だから、砂漠の中にある、オアシスを探しているんだよ」
「そうなんだ。それなら私、水筒をたくさん持ってくれば良かったな」
ラクダは笑った。
「君はとても優しい子だね。でもいいのさ、僕達皆が飲む量は、きっと水筒じゃ足りないし、僕だけ飲むのも皆に悪いしね」
「せめてオアシスの場所なんかを伝えられたら良かったけど⋯⋯私には何処にあるか分からないの。役に立てなくてごめんね。ラクダさん」
「謝らなくて良いんだよ。僕達は皆、自分達の力で生き残って行くさ。それが、僕達の存在意義だからね」彼は少女に少し顔を寄せて言った「ほら、もしここで君に水を貰ってしまったら、僕達は生きる目的を失ってしまうだろ? 僕たちは皆、生きる為に生きているんだから。目的を失ったら、それは風や空気なんかと同じ、生き物ではない別の存在になってしまうよ」
少女は何とも言わず、黙ってそれを聞いていた。するとラクダが言った。
「おっと、僕はもう行かないと、仲間達が呼んでいるんだ」
「あ、うん。引き止めちゃってごめんね。ラクダさんにはなんだか凄くヒントを貰えたよ。オアシス探すの、頑張ってね。応援してる」
「ヒントか。何かわからないけど、役に立てたなら何よりだ。ありがとう。それじゃあ」
ラクダの群れと別れ、砂山を超えた先にある岩場を歩いていると、一匹の虫を見つけた。
「こんばんは、サソリさん」
サソリはぶっきらぼうに答えた。
「おう」
「サソリさん、サソリさんは今、何をしているの?」
不機嫌そうな口調は変わらない。
「俺はな、今、餌の虫がここを通るのをじっと待ってるんだ」
「待ってる?その虫が来たら、どうするの?」
「俺の尻の先に針があるだろ? こいつを虫達に突き刺して、毒を流すんだ。そうすると、あいつらはたちまちコロンだ。そこを食っちまうって訳さ」
少女の顔に何かの感情が表れる。
「へぇ⋯⋯サソリさん、貴方って強いんだね。かっこいいなぁ」
サソリは、照れくささのような、訝しげのような、言葉にできない感覚に襲われた。照れ隠しのように言った。
「お前、変なやつだな。」
「え、ど、どうして?」
「今まで会った人間は、俺が毒を持ってるって分かると、怖いだの、危ないだの、気色が悪いだのって言ってたんだ」サソリは目を逸らしながら言う。「だから、人間にそんな評価をされたのは始めてだよ」
少女もサソリから少し目線を外して言った。
「うーん、私は、サソリさんは体が小さいのに、あんなに大きな昆虫を倒せるなんて、強くてかっこいいなって思うよ」
サソリは、やっぱり少し照れくさそうに言った。
「そうか。お前、やっぱりつくづく変なやつだな」まあでも、と彼は続ける。「見た目が違っても、毒を持っていても、それらに惑わされること無く、内面を見る事が出来るっていうのは、きっとお前の長所なんだろうな。」
「この間、森で出会った蜘蛛さんにも同じような事を言われたな」
「俺には、その蜘蛛の気持ちがよく分かるよ」
少し黙ったあと、少女は少し遠くを見たまま言った。
「ねえ、サソリさん」
「どうした?」
「サソリさんは、どうして毒を持っているの?」
サソリは数瞬考えを巡らせたのち、答えた。
「そりゃお前──」
「──生きる為、だよ」
その言葉が、少女の心の中で跳ね返る。
「例えば、自分よりも強い動物に襲われた時だ。俺は死なない為に、そいつと戦う。そんな時、身を守る為に毒を使う事もある。それから──」
「──今みたいに、餌になる昆虫を仕留める時にも使うんだ。あんまり暴れるやつだと、毒で弱らせないと食えないからな⋯⋯。まあこんな具合で、身を守る為とか、食い物を食う為、いわば、自分の為に使ってるんだ。こいつを持って生まれたんなら、自分自信が生きのこる為に精一杯利用させて貰うしか無いからな」
サソリは、少女がいつからかじっとこちらを見ていたことに気づいた。
「サソリさんも、生きのびる為に色々考えて、生き物として進化したんだ。だからこうして、今も生きていられてるんだね」
すると少女は、砂漠に降り注ぐ暴力的な明るさとは違う、とても穏やかで、澄んだ笑顔をサソリに向けた。
「サソリさん、やっぱりあなた、かっこいいよ!」
サソリと別れ、辺りを歩いていると、目の前から光が差し込んできた。今日もまた、朝がが来た。ゆっくりと目を開けた。
(ああ、しまった。ベッドにも入らないでこのまま寝ちゃった)
少女は起き上がり、着替えを始めた。
枕元には、砂漠を模したスノードームが一つ。
少女はそのスノードームを机に移し、それに向かって呟いた。
「みんなおはよう。それじゃ、行ってきます」
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