第2話「砂漠」

 少女の机には、生き物と哲学に関する本が大量に積まれていた。


少女はパジャマに着替えながら、ベッドに座り込んだ。


(うーん...。やっぱり、ピンと来ないなぁ.......。)


図書館や学校で借りた本には、「生物の到達点とは何か」という少女の疑問を納得させるものが無かった。


長時間頭を悩ませていると、だんだん同じ考えをグルグルと周りだし、 そのままベッドに倒れ込み、疲れから、そのまま目を閉じて眠りについてしまった。


──────────────────


少女が目を開けようとすると、強い光が差し込んできた。


思わず再び目を瞑ってしまう。


(ここは...何処だろう?凄く眩しい...。)


段々と目が慣れてきて、少しずつ目を開ける。


すると辺り一面には、隙間なく降り注ぐ日光と、途方も無いような砂の世界が広がっていた。


(ここは...砂漠かな?)


少女は、目の前に広がる広大な砂の上を、1歩ずつ歩き始めた。

 ───────────────────


 少女が歩いていると、ラクダの群れを見つけた。


その中の1頭に、声をかける。


「こんばんは、ラクダさん。」


「やあ、こんばんは。」


「ラクダさんは今、何をしていたの?」


「僕達はね、今、水場を探して旅をしているんだ。」


「水場?ラクダさん、喉が乾いているの?」


「別に、今乾いているわけじゃあないんだ。ただ、僕達に限らず、生き物が生きていくには凄い量の水がいるからね。だから、砂漠の中にある、オアシスを探しているんだよ。」


「そうなんだ。それなら私、水を沢山水筒に入れてくれば良かったな。」


「ははは、君はとても優しい子だね。でもいいのさ、僕達皆が飲む量は、きっと水筒じゃ足りないし、僕だけ飲むのも皆に悪いしね。」


「せめてオアシスの場所なんかを伝えられたら良かったけど...私には何処にあるか分からないの。役に立てなくてごめんね...。ラクダさん。」


「謝らなくて良いんだよ。僕達は皆、自分達の力で生き残って行くさ。それが、僕達の存在意義だからね。」


「ほら、もしここで君に水を貰ってしまったら、僕達は生きる目的を失ってしまうだろ?生き物というのは皆、生きる為に生きているんだから。目的を失ったら、それは風や空気なんかと同じ、生き物ではない別の存在になってしまうよ。」


「...........。」


「おっと、僕はもう行かないと、仲間達が呼んでいるんだ。」


「あ、うん。引き止めちゃってごめんね。ラクダさんにはなんだか凄くヒントを貰った気がするよ。オアシス探すの、頑張ってね。応援してる。」


「ヒントか。それは何よりだ。ありがとう。それじゃあ。」

───────────────────


ラクダの群れと別れ、砂山を超えた先にある岩場を歩いていると、一匹の虫を見つけた。


「こんばんは、サソリさん。」


「おう、こんばんは。」


「サソリさん、サソリさんは今、何をしているの?」


「ん、俺はな、今、餌の虫がここを通るのをじっと待ってるんだ。」


「待ってる?その虫が来たら、どうするの?」


「俺の尻の先に針があるだろ?こいつを虫達に突き刺して、毒を流すんだ。そうすると、あいつらはたちまちコロンだ。そこを食っちまうって訳さ。」


「へぇ.......。」


「サソリさん、貴方って強いんだね。」


「.........。」


サソリは、照れくささのような、訝しげのような、言葉にできない感覚に襲われた。


「...お前、変なやつだな。」


「え...、ど、どうして?」


「大抵の人間は、俺が毒を持ってるって分かると、怖いだの、危ないだの、気色が悪いだのって言うんだ。」


「だから、人間にそんな評価をされたのは始めてだよ...。」


「うーん、私は、サソリさんは体が小さいのに、あんなに大きな昆虫を倒せるなんて、強くてかっこいいなって思うよ。」


「フッ...そうか...。お前は、つくづく変なやつだな。」


「見た目が違っても、毒を持っていても、それらに惑わされること無く、内面を見る事が出来るっていうのは、きっとお前の長所なんだろうな。」


「この間、森で出会った蜘蛛さんにも同じような事を言われたな。」


「...俺には、その蜘蛛の気持ちがよく分かるよ。」


「.........。」


「ねえ、サソリさん。」


「どうした?」


「サソリさんは、どうして毒を持っているの?」


「どうして毒を持っている、か.....。」


サソリは数瞬考えを巡らすと、すぐに答えた。


「そりゃあお前...」


「生きる為、だよ。」


その言葉が、心の中で跳ね返る。


「生きる、為.....。」


「そう、例えば、自分よりも強い動物に襲われた時だ。」


「俺は、死なない為に、そいつと戦う。そんな時に、身を守る為に毒を使う事もあるんだ。」


「.........。」


「それから、今みたいに、餌になる昆虫を仕留める時にも使うんだ。あんまり暴れるやつだと、毒で弱らせないと食えないからな。」


「こんな具合で、身を守る為や、食い物を食う為、いわば、自分の為に使ってるんだ。こいつを持って生まれたんなら、自分自信が生きのこる為に精一杯利用させて貰うしか無いからな。」


「.........。」


「サソリさんも、生きのびる為に色々考えて、生き物として進化したんだ...。だから、こうして今も生きていられてるんだね。」


すると少女は、砂漠に降り注ぐ暴力的な明るさとは違う、とても穏やかで、澄んだ笑顔を向けて言った。


「サソリさん、やっぱりあなた、かっこいいよ!」

──────────────────


 サソリと別れ、辺りを歩いていると、目の前から光が差し込んできた。


今日もまた、目を覚ます時が来た。


パチっと目を開けた。


(いけない...あのままベッドにも入らず、倒れ込んだまま寝ちゃった...。)


少女は起き上がり、着替えを始めた。


枕元には、砂漠を模したスノードームが1つ。


少女はそのスノードームを机に移し、それに向かって呟いた。





「みんなおはよう。それじゃ、行ってきます。」




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