第十三話 「廃墟と注連縄」

 『人間落下注意!』

 『行列目撃警報!』

 『目を合わせるな向こう側!』


 など、廃墟までの道すがら、いくつもの奇妙な看板が立てられていた。

 けれどTAKASHIは、意気揚々と、気にすることもなく進む。


「カトーさん、ロケハンしてないって事はさ。これ、仕込みじゃないの?」

「違う。少なくとも、うちはなにもしてねーよ。ホンイキじゃねーと、エクスタシィじゃねぇし」

「はいはいカタルシスカタルシス」

「ばっ!」


 小声で会話する希歌と保だったが。


「ちょっと、黛ちゃーん。TAKASHIと並んで歩いてよ。そういう絵、ほしいでしょ?」


 と、金髪の彼がヘラヘラと笑いながら告げる。

 見えないようにため息をつくと、希歌はすぐさま営業スマイルを浮かべて、TAKASHIの横に並んだ。

 そのまま、レポーターの鑑のような質問を投げる。


「TAKASHIさんは、動画でもよくホラースポットを訪問されていますけど……幽霊とか信じますか?」

「TAKASHI思うのね、TAKASHIという神秘があるんだから、オカルトだってあるんだって。だから信じてるよん。まあ、幽霊とか、その──」

「泥泪サマ」

「そう、それも、TAKASHIの魅力には一発だと思うのね。TAKASHIは実家がお寺なんだけど」

「存じています」

「今日は、めっちゃいい夢を視たわけ」


 夢?


「このさぁ……そう、まさにこの建物、風景? そういうのがTAKASHIに流れ込んできて、キラキラ輝いてたわけ。だから、成功するって確信しちゃったよね」

「夢……具体的に、その夢はどんな」

「というわけで、廃墟の入り口についちゃったよーん」


 質問に答える代わりに、TAKASHIは到着を告げた。

 怪談士が語ったとおり、入り口は施錠され、バリケードで封鎖されていた。


「で、どっから入るわけ?」

「こっちに開いている窓があるって話ですけど……あ、ありましたね」


 希歌の主導で進んでいくと、確かに窓のひとつが施錠されていなかった。


「え?」


 TAKASHIが、グッと希歌の背中を押す。


「まずは主役が入らなきゃね。偵察よろしく」


 かけらも彼女を主役だとは思っていない口調で、TAKASHIは命令する。

 ……どうやら自分は、この男があまり好きではないらしい。


「ん?」


 こちらの感情を見抜いたように、TAKASHIが振り返り、挑発的な視線を向けてくる。


「べー」


 舌を出された。

 その舌には、奇妙なタトゥーが施されている。

 無数の蛇が絡み合う、何か生理的嫌悪を感じるタトゥー。


「よっし……黛希歌、行きます!」


 そうこうしているうちに、希歌は建物への侵入を決意したらしい。

 顔を引きつらせながらも、所在へとアイコンタクト。

 しっかり撮影して貰いながら、なかへと踏み込み、そのまま周囲の様子をうかがう。


「えっと、入れますね」

「じゃあ川屋先生、お願いします。橘センセーは手伝ってやってくれ」


 言われるがまま、華子が窓を潜るのを弟子とともに手伝うと、耳元で。


「……あなた、どこかの神社の生まれではありませんか?」


 と、訊ねられた。


「いえ、そんなことは……」

「本当に?」

「我が家は由緒正しき平民ですが」


 困惑とともに答えれば、彼女は得心しかねるといった様子で首をひねり。

 最後に、こんな言葉を付け足した。


「そう言い張るのなら、結構です。ですが彼女のこと──黛さんのことだけは、よく見ていてあげてちょうだいね」


 このときの華子は、それまでにないほど厳しい顔つきをしており、廃墟に入ると、ゆっくりと真言を唱え始めた。

 もうとりつく島もなくて、頭を掻きながら風太も後に続く。


 風太、所在、保の順番で内部に入り。

 最後にTAKASHIが入ってきた。

 バッチリと内部から自分の姿を撮影させるしたたかさは、さすがといったところだろう。


「かなり暗くないですか? 外はまだ夕暮れにもなってないのに」

「黛さんの言うとおりですね。おそらく、この場所に満ちている陰気が光を呑んでいるのでしょう。ずいぶんと、場が荒れてきたように思います」


 華子の説明に漠然と頷きながら、事前に準備してきたLEDライトをつける。

 肩を掴まれた。

 驚きながら振り返ると、所在が真剣な表情で、


「光源が足りないッス。その灯り、黛ちゃんとTAKASHIさんにできるだけ当ててほしいッス。あと、この照明機材で、光がふたりのまわりだけを照らすようにしてほしいッス」


 と、専門的な注文を与えられる。

 言われるがままに、ふたりの姿が映るよう光を当て、廊下を進んでいく。

 古い作りなのか、今更見ることもないリノリウム張りの廊下が、劣化でボロボロになっていた。


「ここから下に降りるみたいです」


 希歌が階段を見つけ、降ろうとした。


「ん?」


 ピタリと、その動きが止まる。

 先を照らすと、階段の途中にロープが張られ。

 そのロープに、なにかが無数にくくりつけられていた。


「川屋先生、こいつはぁ?」

「……よくないものですね。逆さのしめ縄、鳥の骨、何かの糞、魚の内臓、木彫りの人形、毒のある植物、使用済みの避妊具……どれも、呪いにつかう呪具です」

「なにそれ? 触ったら死ぬとか言っちゃうわけ、おばさん?」


 TAKASHIが嘲笑を浮かべても、華子は態度を変えない。

 いぶかしそうに呪具を見つめながら、


「この奥にあるモノの力を強めている? いえ……むしろ動けないようにしているような……」


 と、ブツブツと呟いていた。


「カトーさん、他に迂回路を探す?」

「ここしかねーだろ、構造的に」

「なら、ロープをどけるしかないね! さあ、ソコの雑用くーん、キミの仕事だとTAKASHIは思うな!」

「ぼくが?」


 名指しされ、首肯されては仕方がない。

 華子は近づくべきではないという視線を送ってくるが、それでは番組が成立しないだろう。

 用意していた道具のなかから十徳ナイフを取り出して、ロープ──しめ縄の切断にかかる。


 ブツリと。

 それは思ったよりも簡単に。

 拍子抜けするほど容易く千切れた。

 ……まるで、そうされるのを待っていたかのように。


 しめ縄が切れた瞬間、なにかが腐ったような、生臭い臭いが急に漂ってきた。

 全員が顔をしかめるなか、華子がその場に膝をつく。


「ごめんなさい……これ以上さきには、私はいけません」

「はぁ? なに言っちゃてるのおばさん? 同行するヤクソクでしょ、御約束でしょ。こっからが盛り上がる大事なとこなわけ。詐欺じゃんって、TAKASHIそう思うな?」


 吐き捨てるような彼の言葉に、華子はいっそう顔を苦悶に歪める。


「……できるなら、私も皆さんをお守りしたいのですが。あまりに強い念が、下からこみ上げてきています。念、というよりも……これは、巨大な……」


 巨大?


「泥泪サマ……こんなわけのわからないものが、都市伝説程度のワケが……」

「わけわかんねーのはおばちゃんのほうだよ。おーい、ディレクターちゃん、こんなの置いといて、TAKASHIたちだけで進もうよー」

「むぅ……」


 真っ青な顔で冷や汗を垂らし、ブルブルと震える華子の様子は尋常ではなかった。

 しかし、保も進行上決断を下さなくてはならない。

 最終的には、


「カトーさん、とりあえず進もう?」


 と、希歌が言ったことで、華子とその弟子を残して、階下に降りることになった。


「そんな……まさか……まさかこれが、ナズミヅチ……?」


 ブツブツと妄言のようなことを呟きながら両手を合わせる華子を、TAKASHIはただ嘲笑していた。

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