第十二話 「人気ユアチューバーTAKASHI」
「あ、これはドーモ、TAKASHIさん! お待ちしておりました!」
我に返ったらしい保が、ヘコヘコと頭を下げながら、サイケデリックな彼──TAKASHIを出迎える。
希歌に視線で問うと、気にくわないとばかりにそっぽを向かれた。
「どなたですか、加藤さん」
華子が、厳しい調子で問いかけると、保は困った様子で応じる。
「こちらは、動画の総再生数が二千万回を誇る、超人気〝我が道を行く系〟ユアチューバーのTAKASHIさんだ。今回の収録に同行してくださるってことで──」
「聞いていませんが?」
「……俺だって聞いてねーよ。上から再生数のためにって無理矢理ねじ込まれたんだよ、さっき」
小声で耳打ちする保だったが、華子の表情は優れない。
顔中がしわだらけになるほどの渋面を作り、落ち着きなく周囲の様子を警戒している。
背後では、雪鎮が落ち着かない様子でオロオロとしていた。
「そのかたが、同行される?」
「あんたが霊能力者とかいうインチキさん? いいねぇー、インチキでも稼いでるやつはかっこいいよ、カッコイイは正義。TAKASHIが認めちゃう」
「……同行は、認められません」
「あん?」
それまで上機嫌だったTAKASHIが、片眉を跳ね上げた。
けれど、華子は引き下がらない。
むしろ、声高に訴える。
「先ほどまで、この廃墟──霊場は、我々を歓迎している節がありました。しかしこの方が現れてから、明らかに機嫌を損ねています。台本──打ち合わせでは、全員が祈祷をうけることを条件に、私は依頼を引き受けることにしたはずです」
「い、いや! それはそうだけどよ、川屋先生! このひとはいわゆるVIP待遇で──」
「安全が担保できなければ、収録を中止する権限を寄越す!」
怒鳴るように、華子は声を張り上げた。
それは、イカヅチのように全員の腹に響く、重たい言葉だった。
「……これが、依頼を引き受ける条件だったはずです」
「だ、だけどよぉ。そりゃあ、エクスタシィが」
「もしこのまま続行するというのなら、私は誰も守れないかもしれません。それでも続けますか? 無理を通しますか?」
静かにだが怒気を発する華子の剣幕に、保が言葉に詰まる。
弟子でさえこんな華子を見たことがないのだろう、雪鎮はだらだらと冷や汗を垂らしながら、右往左往している。
所詮オカルト──とはいえ、危険があるかもしれないとなれば、尻込みするのは当たり前だ。
重苦しい思案の沈黙を破ったのは、品のない笑い声だった。
「え? ナニコレ? そういう演出? だとしたらディレクターちゃんセンスがあるわ。バチバチのセッションに被さるナレーション、『そう、このときは誰もが無知だった──TAKASHIがジョーカーであることを知らなかったのだから……!』みたいな展開っしょ? 熱いわー、激アツ確定。これもTAKASHIが前世で徳を積んでるからできるメイクミラクルだよねー」
あんぐりとしてしまうほど、空気の読めないセリフをまくし立てた彼は。
そのままのっしのっしと、廃墟の方へと歩んで行ってしまう。
「ど、何処に行くんですか、TAKASHIさん!?」
「TAKASHIが行くところに道ができるわけ。このホラースポット、踏破しちゃうよん!」
「いくらなんでも、そんな勝手をされちゃあ」
「あ、そーだ」
保のセリフを遮る形で、わざとらしく振り返り。
TAKASHIは、醜悪な笑みを浮かべた。
「どーでもいいけどさ、ディレクターちゃん。TAKASHIを追い返そうとかしないでよね。そんなの本気で、違約金請求しちゃうから。かっこいいのはTAKASHIのほうで、つまりTAKASHIは正義で主役だから。OK?」
有無を言わせない言葉に、保が額を押さえる。
彼は逡巡の末、華子へと大きく頭を下げた。
「……いたしかたありません」
ため息とともに、華子とその弟子が後を追う。
必然、自分たちも、追いかけることになった。
「このチャンネルの主演女優、一応あたしなんだけどなー」
希歌の愚痴とも嘆きともつかない声は、不穏な空気にただ解けていくのだった──
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