其の玖・予選3

なにか物凄い轟音が聞こえた。地面は揺れ嫌な風が吹いてくる。

「なんだ? 広場……、中心の方?」

足を止め、少し先に見える廃ビル群に目をやる。煙のような、埃のようなものが舞っており良く見えない。だがあっちの方で何かあったことは間違いなさそうだ。

「急がないと……!」

僕は一歩踏み出す。


瞬間、背筋に冷たいものが走った。

僕は後ろを振り返りながら無意識に正面へステップを踏んでいた。それと同時に背後では衝撃音が響く。

僕の背後、そこには建物の影から飛び出して巨大な斧を叩きつけていた――


ダリアの姿があった。


「チッ、外したか」

「ダリア……!」


地面に着地してそのままダリアの方に身体を向けて体勢を立て直す。そしてダリアは地面に刺さった斧を引き抜きながら僕の方を見てニヤリと笑う。


「よぉ、姿が見えねぇからてっきり死んだかと思ったぜ」

「残念ながら、何とか生きていますよ」


軽口を叩くが正直言ってかなり危なかった。

斧が刺さっていたレンガの床には周りに一切のヒビが無い一筋の亀裂が入っている。

なんて切れ味なんだ、もし僕が気づかずにそのままゆっくり走っていたら……。

そう思うとおもわず鳥肌が立つ。


「そういえばテメェのお仲間さんはどこに行きやがったんだ?」

そう言いながら一歩、一歩とゆっくり近づいてくる。

「あの人たちとは今、別々に行動しているんですよ」

後ずさりして距離を取りながら返事をする。

「ホォ、つまりテメェはタイマンで殺り合うつもりだったのか」

「別にそういう意味じゃ……」

「テメェ、俺に言ったよな!? 『俺に勝てる』ってよぉ!!」

「……はい、言いました」

「じゃあその力ァ! 見せてもらおうじゃあねぇか!」

彼はそう言うと斧を振りかざしその巨体からは思いもしない速さで迫ってきた。


来た……、やるしかない!


物凄い速さで頭上から迫りくる斧を僕は刀で受け止める。

鞘と斧が重なる瞬間、腕、脚、身体全身に衝撃がのしかかってくる。

「クッ……!」

重いっ……!

「おぉ良く受け止めたな」

「伊達に生き残ってるわけじゃないですよ……!」

いや、キツイ……! 受け止めるだけで精いっぱいだ。

「だがまぁ……、それぐらいはしてもらわないとなァッ!」

ダリアはそのまま下腹部に蹴りを入れてきた。

強烈な痛みを感じる前に身体は後ろに飛ばされ、何度か地面を跳ねながら転がる。

口の中で鉄の味が広がっていく。

「ッツ……!」

刀を支えにして何とか身体を起こすが全身が痛い。

「どうしたぁ! まだまだそんなもんじゃあ無ェだろうが! もっと楽しませろよ!」

汚い笑い声をあげながらダリアは近づいてくる。


恐い、足が震える。

どうにかしてこの場から逃げたい。

でもそんなことできない。

たとえハッタリでも「勝てる」と言った手前、逃げだしたら本当に「負け」だ。


集中しろ。

よく相手を視るんだ、よく音を聴くんだ。

そして、勝つビジョンを見つけるんだ!


目を閉じる。

深く呼吸をして息を整える。


コツ、コツ、


少しづつ足音が近づいてくる。

「戦いの最中に居眠りかぁ? ナメてんじゃねぇぞ!!」


罵声が聴こえる。それと同時に足音が速くなってくる

深く息を吐いて、正眼に刀を構える。




瞬間、時が止まった様に音が静まり返った。

ここだ!


僕は目を開いた。

目の前には飛び上がって刀を振り下ろすダリアの姿。

ゆっくりゆっくりと彼が持つ斧とともにその巨体が迫り落ちて視える。


どこを狙えばいいのかが見えるように、どう動かしたらいいのか分かるように。

僕はすでに決まっている道に沿って構えた刀を自然に動かす。


まず刀は彼の右手甲を叩き、持っていた斧をはじく。そして速度を保ったまま刀の切っ先で彼の太った腹を突き、左手を放して右手に全体重をかけて奥へ突き出す。

ダリアは苦悶の表情を浮かべながら、さっきの僕みたいに後ろへ飛ばされる。


彼が地面に倒れこんだところを見て、ようやく時が元の速さで動き出したかのように感じた。


僕は集中を切らさないまま刀をもう一度ダリアに狙いをつけて構える。

ダリアはよろよろと起き上がりながら口元を拭う。

「面白くなってきたじゃねえか……!」

「さぁ! 来い!」

「あぁ! 行かせてもらうぜぇぇえ!」


ダリアは相も変わらずもう一度斧を振りかざしながら向かってくる。

正眼で構えたままその姿をよく視る。

振りかざす斧が少し傾いた、つまり……!

「ハァッ!」

僕はすぐさま身をかがめる。彼が振り払った斧は僕の頭上を通過する。そのままガラ空きになった顎を狙って、刀を下からすくい上げるように斬りつける。鞘に収まったままの刀は見事に彼の腹と胸の前を通過して顎にクリーンヒットする。

「よっし!」

おもわず声が漏れる。だが喜んだのも束の間だった。

ダリアは斧を持ってない左手でその刀を掴み、雄叫びとともに刀を掴んだ僕ごと背後へ投げ飛ばす。

「どおらああぁぁ!!」

身体は宙に浮きあがり放物を描きながら地面へと落下していく。だが僕は空中で身体を捻らせる。態勢を整えて両足で地面に着地し、着地した反動を利用して地面を蹴った。そのままもう一度、今度はダリアの背中をめがけて刀を突き刺しに飛び込む。

しかし彼はそれを難なく斧で受け止める。刀の切っ先と斧の刃がぶつかり合い甲高い金属音が響く。僕とダリアは互いの目を見ながら鍔迫り合う。

重い……、びくとも動かない……! しかもさっき顎にダイレクトに当たったはずなのに、全くダメージが無いように感じる……。やっぱり前回の大会で四位に輝いた人物だ、今までの人とは一味も二味も違う。

「さっきはよく避け、そして攻撃を当てたな……! やっぱ面白れぇ……!」

ダリアは斧を振り払い、それに合わせ間合いを取る。


そこからは連撃の始まりだった。

互いに斬り、避け、突き、守り、叩き、かわす。だが基本的に僕は防戦一方で守るのが精いっぱいだった。

さっきの僕の攻撃を受けてから動きが全く違う。今までの攻撃は全部手加減していたのか!?


「――どうした? 息が上がってきたじゃねえか」


彼の言う通り、かなり身体は限界に近かった。

息は上がっているし、疲労もかかってきた。このまま戦っても勝てるビジョンは見つからない。

「ッ……!」

僕は一旦路地裏に逃げ込んだ。

一度距離を置いてどうにか勝つ方法を見つけないと……!

「……フン! 今度は追いかけっこか!」


*******************


相手が大勢いる場合、狭い路地で逃げながら戦うと戦いやすいという話は聞いたことがある。

でも今は一対一、路地裏へ逃げるメリットはおそらく少ない。だが一度でもダリアの視界から消えて戦略を考える時間を作れたら確実に勝機はある。

狭く細長い路地を右に左にと何回も曲がりながら走る。

途中、窓が開いている一軒の家屋があったので僕はその家に飛び込んだ。

中は暗くがらんどうとしている。だがそこには明らかに戦った跡があり、割れたガラス、銃弾で穴が開けられた壁、綺麗に裂けている家具が散らばっている。

僕は倒れてバリケードのようになっている机の陰に隠れた。


……おそらくこのままじゃ勝てない。こっちの世界の人にスタミナがあるのかは分からないが、もしなかったとするなら自分がスタミナ切れを起こしてしまってそこをやられるのは確実だ。

だとしたらやはり短期決戦でカタをつける方が……

そう考えているとどこからか足音が聞こえてきた。ゆっくり、ゆっくりとだがたしかに一歩ずつ近づいてきている。


息を潜める。

だがそのときにはもう遅かった。


机の後ろ、僕の背後の壁が大きな音を立てて割れた。


「そこかあぁぁぁぁ!」

背後に気づき振り向いた時には既に斧が振り下ろされていた。


後ろは机、正面にはダリアこうなったら横に逃げるしか……!

僕は左に飛び避ける。

「っつ…………!」

斧は机も引き裂いて床に突き刺さる。ダリアは口を綻ばせ僕の方を見ながら斧を引き抜く。

僕は刀をもう一度構えるため右手を――

その時ようやく気づいた、


右腕が動かない。

僕は震えながら右腕に目を降ろす。その右腕からはおびただしいほどの血が流れ出ていた。


「……」

「ハッハァ! どうした!? 噂通り血が流れてるってのはホントの事らしいなぁ。右腕が動かなくなっただけでそんなにショックか……? なら左腕も動かなくしてやるぜぇぇ!!」

そう言って引き抜いた斧を持ってもう一度襲い掛かる。


――違う、逆だ


正直もう逃げられないと思っていた。でも痛みがある、血が流れている。

――生きている。


なぜか僕の口は綻んだ。


その時何かを感じていた。

この痛みはあの人魂に噛まれた時よりもはるかに痛い。今の身体は修行していた時よりはるかに疲弊している。

――だがなぜか心の底から高揚感が湧いてくる。


振り下ろされた斧を刀で受け止める。

「なにッ!?」

「そりゃあ驚きますよね。全力で振り下ろした斧を、たかが左手一本で構えた刀に受け止められるんですから」

僕は鼻で笑う。

「ッテメエェェ!! ふざけやがってぇぇぇ!!」

ダリアは堪忍袋の緒が切れたのか無作為に斧を振り回し始めた。一度ダリアと距離を置き、建物の柱に隠れる。ダリアは柱ごと僕をぶった切ろうとする。斧は柱を切り裂くが僕はそれを避ける。


身体が軽い。

あのときの――、そう、あの森で恐竜と戦っていた時と同じような感覚。


僕は建物内の様々なところに隠れては避け、隠れては避けを繰り返す。次第に隠れきれる場所も少なくなり、ついに部屋の隅まで追いやられる。


「ハァッハァッ……、ちょこまかと逃げやがって……! これで終わりだっ!」


ダリアは渾身の一撃で斧を振り下ろす。


――これを待ってた

僕は左手で頭上に刀を構える。ただ、今までと違うのが一点。


斧は刀の鞘でなく、刀に巻かれた“鎖”に当たった。

斧は鎖に当たった瞬間、今まで蓄積されていたダメージが刃の一点に出てきたのか刃が割れた。


「なにっ!?」


そして、“鎖”もちぎられた。

僕は刀を振り、鞘を飛ばして刀を抜く。


「ダリア……、あなたは気づいてなかったんですね……」

「なッ……何がだ!」

僕は正面のダリアに刀を突きつける。

「この角の柱が『最後の柱』だってことさ!」


そう言って僕は身体を回転させながら、後ろにある最後の柱を斬った。

その瞬間、建物の壁、天井、床が突然音を上げて歪みだした。




こうなったら地形を利用しながら戦おうとする。だがすぐに彼を見失い、また逆に彼にすぐ見つかってしまう。僕はからがら一軒の家屋に逃げ込む。


「これはっ……!」

ダリアは慌てふためいた様子で建物からの脱出を試みる。

「もう遅いッ! ダリアアァァァ!」

僕はそのダリアに向かって刀を振り下ろす――





「ハイッ! そこまでーーっ!」

その時、目の前に見慣れた男の姿が現れた。

それと同時に建物の崩壊も止まり、会場中に響き渡るような大きなブザー音が鳴り響いた。

「えっ……!?」

「ハイ、お疲れ様です! 見事人数が規定の四人になったので終~了~デ~ス!! イヤー、初出場ながら見事でしたねぇ~! それにダリアさん、貴方もおめでとうございマ~~ス!」

そう、現れたのはジェスターだった。


ていうか既定の人数に達した……? つまりそれって本選に……

頭がふらふらする。思考が働かない。

一旦、構えた刀を納め……な……いと……

膝が崩れる。さっきまでの疲れが一気に出たのだろうか。声が出ない。身体も倒れる。手も動かない。


意識が


遠のいた。

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ネノクニ 福舞 新 @ja_fukufuku

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