其の捌・予選2

――天球の間

鎧を着た三つの人影が藍色に輝く円卓を囲んで鎮座している。

「……」

「……」

「……ぁああああっ!! 遅いっ!!!」

その中で一番巨大な人影が突如立ち上がり怒りの声を吐き叫ぶ。

椅子は大きな音を立てて倒れ、今までの静寂が一切消えてしまう。

「そう声を荒げるな……」

「だがっ! アヤツはいつもこうだ!! いつもいつも遅れて来るくせに一切悪びれもせずただただ笑っている! 私はああいうやつが一番嫌いだっ!!」

「だが、逆に毎回待たされて慣れないのか? 『アイツはそういうやつだ』と割り切れた方が……」

「それが出来ているのなら、私だってこんな風に怒鳴り上げたりしていなぁいッ!」

「……まぁ……、確かにそれもそうだな」

円卓に足を乗せながら聞いていた細身の人影はため息を吐いて目を閉じた。

「アアアアアアアァァア!!!!」

巨大な人影は床に倒れた椅子の足を掴み、円卓の上で勢いよく叩き壊す。木材の割れる音、裂ける音が部屋中に響き、そこら中に吹き飛んだ。

木片は円卓を囲んでいる二人の影にも飛んでいくが、一人はそれを軽く払いのけ、もう一人はそれを軽々受け止める。

「さて……、壊れた椅子はこれでいったい何個目かな?」


「ハッハッハ、待たせたね諸君。私のことを呼んだかね?」

そこに、立派な白い髭を生やし、彼らと同じような鎧を着た男がニコニコと笑いながら部屋に入ってくる。

「貴様ァ!」

巨大な人影はその男に向かって、持っている椅子の足を投げつける。だが男もそれを難なく受け止め、指の上でクルクルと回し始めた。

「ハッハッハ! いやはや、元気があって良いな!」

「開口一番がソレか貴様は! まず何か一言、言うべきことがあるだろうがッ!」

「二人とも!」

二人が言い争いを続ける中、今まで一切口を開かなかった影が一声放つ。その一言で場の空気が一気に張りつめ、騒いでいた二人は静まりかえる。

「――いい加減にしなさい」

その影は二人を睨みつけた。

そこに集まった四人の中で一番小柄ではあるものの、その姿は覇気を放っていた。

「チッ……!」

「フフフ……!」

二人は大人しく円卓の周りに集まる。

「これで全員集まったわね」

「あぁ」

「ウム」

「そうだな……」

円卓を囲んだ各々が返事をする。

「……で、今日俺たちは何のために集めさせられたんだ?」

足を円卓に乗せたまま、最後に返事をした影が小柄な影に問う。

「そうね、端的に言いましょう。これで全員の中身がそろうわ」

「ナニッ!」

「ほぉ!」

「……!」

話を聞いていた三人の様子が変わった。その中でも最も表情が変わった巨大な影が歓喜に満ち溢れた声で口を開く。

「それはッ……! つまり、ようやく私にも中身が……!?」

「ええ、そういうこと」

「おおッ!! 遂に私にも……!」

「ハッハッハ、本当に喜ばしいことだな!」

髭の男が笑いながら言う。

「今回はそれを報告、そして目標の確認のために皆を収集したの」

小柄の影は指を鳴らす。

「――ハァイ、お呼びしましたかァッ!!」

すると円卓の上空、暗闇の中から一人の奇抜なピエロが姿を現した。

「ジェスター、その男の姿を映してちょうだい」

「かっしこまりいィィイ!」

ジェスターと呼ばれたピエロは空中から飛び降り、円卓の中心に着地する。すると円卓の表面がまるで水面のように波打ち始め、ただの藍色からだんだんと一人の男性の姿が映像となって浮かび上がってくる。

「ホオゥ……、この男が私の中身……! なるほど、名前通りの姿だ……!」

「だが見たところ、今は戦ってはおらぬようだな」

「えぇえぇ! 彼は既に本選への出場権を獲得しておりま・し・てェ~! 今日はお友達の応援だとかなんとかおっしゃっていましたねぇ~!」

「なるほどなぁ……、だがこの者の友人……、ということはそいつもなかなかやる奴なのかもしれんな」

「そうですねぇ~! た~しかに面白い人物ではあるかもしれなくもなくもなくも無

ぁぁぁい!! か~もで~すね~!!」

ねっとりと喋る奇術師をうざったらしく思いつつも、四人は円卓に映るその男を見つめる。

その男の目は瞳の奥まで赤と青に輝いていた。


*******************


「おぉ~い! ボウズ!まだまだ前から来とるぞぉ!!」

「分かっていますよ……っと!」

もう試合が始まって三十分経過していた。僕はまた一人、もみ合いながら無理やり場外へ落とす。

「っていうか……、なんで来ているんですか!?」

「お、なんだ!? ワシが応援しに来ちゃダメだったのか!?」

「そうじゃないですけど……!」

場外の深い穴を挟んだところにある観戦席で応援してくれているアレクサンドロスさんと会話する。いやもはや会話じゃない。ただの叫び合いだ。

そんな風に叫び合いながらも目の前の相手の攻撃をかわし、一人一人着実に落としていく。

「じゃあ何をそんなに怒っとるんだ!? お、そこ! 右から一人、左から二人来とるぞ!」

「知り合いに見られているのが恥ずかしいんですよっ!」

頬が熱い。

アレクサンドロスさんの指示に合わせて、左右からやってきたナイフを持った三人の攻撃をしゃがみながら避け、背後に回って押し倒す。

また悲痛な叫び声が聞こえてくる。

ごめんなさい。

そう思うこと自体が失礼にあたるということは分かっていたが思わずにはいられなかった。

周りに人はいなくなり、この場には僕ただ一人だけが立っていた。

「あらかた倒したようだな!」

「ですね……、っていうか敵がどこにいるか教えてくれるのってルール的に大丈夫なんですか……?」

「まぁ何も言われんから大丈夫だろ!」

アレクサンドロスさんは観戦席から親指を立ててニッと笑う。

やはり相手を落とすだけと言っても、一人であの数と戦うのは結構身体が疲労する。僕は額の汗を拭った。

大勢の相手との戦い方を侍さんから教わっておくべきだったな……。

「ところでボウズ、これからどうするのだ?」

「ん……、あぁそうですね……。もう人が来る気配がしないので中心の方へ向かってみようと思います」

「そうか、では傍で応援はしてやれないが、モニターでしっかり見守っておくからな!!」

「モニター……?」

聞き返すと彼は上を指差した。彼の指差した方向、この試合会場の中心上空にモニターはあった。四角い箱状をしておりその四面から様々な場所の映像が流されているらしい。

あんなところにいつの間に……?入ってきた時は無かった気もするけどな……?

「まあボウズ頑張れよ!」

まるで戦場へ赴く兵の奮闘を祈願するかのように手を大きく振って僕を見送ろうとする。

そんなアレクサンドロスさんの姿を見てふと一つ思った。

「そういえばアレクサンドロスさん」

「ん!? どうした!?」

「一つ聞いて行きたいことがあったんです。どうして僕をこの大会に参加させたんですか?」

僕と会う機会を増やすためとか言っていたけどなんでそのためだけに参加させたんだ?

そんな純粋な疑問が浮かび上がってくる。そもそも彼がこの大会で優勝しようと考えているなら参加者を増やしたりするような真似は無いはずだ。

それなのにわざわざ僕を出場させた……。もしかして彼は僕と出会ってすぐの対峙したあの瞬間、たった一目向かい合った瞬間に僕の技量を見切って、僕のまだ未熟なところを成長させるためにわざわざこの大会に参

「なんとなくだな!」

「アレクサンドロスさんのそういうところ嫌いじゃないです」

ですよね。知っていた。分かっていた。でもなんとなく深く考えてみただけですよ……。

僕は手を振るアレクサンドロスさんに軽く一瞥し、中心の方へ進みだした。


*******************


「なぁ、大丈夫かなタケルの奴!」

「他人の心配をする暇があったらまず自分の心配をしなさい! ほら上!」

ジョージはノアのカバーを受け、上空から飛んできたボウガンの矢を避ける。

「おっと! サンキュー!」

試合会場の中心、噴水がある広場にはまだ大勢の選手が残っており乱戦状態が続いていた。

矢が飛んできたほうにある廃ビルの中からはボウガンで狙撃している男の姿が見える。

「彼なら大丈夫ですよ、私が保証します! ジョージ! あの男は私が狙うので、近くにいる近接相手は任せました!」

「だよな! OK任せろ!」

二人はそんな乱戦状態の中見事なコンビプレーで無事生き延びていた。

遠距離相手には弓を持ったノアが、近距離相手には剣を持ったジョージがという風にお互いがお互いをサポートしながら上手く立ち回る。

ノアは廃ビルにいるその男の方を狙って弓を引き絞る。そして相手の身体が見えた瞬間――


放った矢は吸い込まれるようにまっすぐとその廃ビルへ、部屋の中へ、そしてそこにいた男の手に当たった。

「ヒュー! さっすがぁっと!!」

ジョージも大きな斧を振り上げて向かってくる男を斬りつける。

意識はあるものの、男はその場に倒れる。


「いい加減オメェらのような弱い部下に任せるんじゃなくてデブ直々に戦わねぇとダメだって伝えに戻ったほうがいいんじゃねぇか? あとはお前だけだぜ?」

唯一生き残っていたダリアの部下、彼は威勢は良いがかなり貧弱そうな身体をした少年だった。

「う……うるせぇ!バーカバーカ!」

「なっ!! バカだと!」

「たしかにジョージはバカです。正解です」

ジョージは共感するように近づいてきたノアの方に振り向く

「おいノア!」

「だって見てください」

ノアは正面を指差す。

ジョージは正面に目線を戻すと、そこには全力疾走で逃げる少年の姿があった。

「あ! テメッ!!」

「あんな見え見えの挑発に乗ってしまうところを見ると、バカであることに違いなさそうですね……」

ノアはやれやれと言ったように肩をすくめ、溜息を吐く。

「……っ!! 待ちやがれぇっ!!」

ジョージは剣を一度鞘に納めて少年を追いかけ始めた。

だが、その時だった。

先ほどノアが狙撃した廃ビルが突然爆音を鳴らしながら崩れ始めた。ジョージも、ノアも、逃げた少年も、広場で戦っていた選手たちは全員が行動を止め、その崩れる廃ビルを眺めた。

「おい! 何が起きたんだ!?」

「知るか!! とにかく瓦礫が降って来てるぞ! 逃げろ!!」

周りは慌てふためき、乱戦状態から混乱状態へと早変わりをした。

「おいおいマジかよ!?」

「えぇジョージ……! まさか彼が同じブロックだったとは……!」


二人は瓦礫の砂ぼこりを巻き起こしながら崩れている廃ビルを見つめた。

その廃ビルの瓦礫の頂上には一人の男の姿、そして彼に掴まれているもはや虫の息の人影。


頂上に立つ白いレザージャケットを羽織ったその男は薄ら笑いをしながら呟いた。

「――次」

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