其の漆・予選1

「んで……、どこに向かう? 俺の記憶が正しかったら中心部の広場に人が集まっているはずだ」

「そうですね……。当初の作戦でしたらまずその広場に向かうはずでしたがタケルさんが増えてしまったことですしねぇ……」


僕らは入り組んだ裏道を通りながら作戦会議をする。


「あ……、そのことで少し提案があるんですけど……、良いですか?」

「「提案?」」

「はい、ちょっと止まってください」


周りに人がいないことを見計らって足を一度止める。ここならちょうど袋小路になっていて建物の壁で周りに見られないだろう。


「んで? タケルの提案ってなんだ?」

「えっとですね――」



*******************



「――って感じなんですけど……、どうですか?」

「ま、まぁ俺たちは別に大丈夫だが……、その場合タケルの方が大丈夫なのか?」

「ですね、その場合タケルさんがリスクを負うことになりますよ? それでも――」

「大丈夫です!」


ノアさんが言い終わる前に断言する。

ノアさんは少し目をパチクリさせた後、優しい笑顔を見せて後ろへ振り返った。


「……なら、あとは何も言いません。タケルさん頑張ってください。行きますよジョージ、だんだん周りも騒がしくなってきました。最初の作戦通り私たちは広場に行きましょう」


たしかに周囲から戦闘や発砲の音も聞こえてくる。


「お、おう! じゃあタケル、頑張れよ! 何かあったらすぐ広場の方へ戻って来いよ!」

「はい!」


そう言ってジョージさんは手を振りながらノアさんと一緒に走って行った。


僕は一人、そこに立ちつくす。

試合が始まる前からずっと走り続けていたからあまり感じなかったが、ようやく「本当に始まったんだ」という実感が湧いてきた。

手の震えが止まらない

本当は怖いし、緊張しているんだと思う。

でも

やるんだ


僕は両頬を叩いて気合を入れる。


「……よしっ!」


そして僕は振り返り、元来た道を戻り始める。

それをずっと眺めていた人物がいるとも知らずに。



*******************


「ふぅん……」


迷彩服を着た男は建物の屋上から少年が走り去る様子をライフルのスコープから眺めていた。

「ま……、あいつらは後だな……」

男は銃を降ろしその場に立ち上がる

(さて、まずはダリアを探すとするか。彼らはまず生き残ることを考えて、初っ端からダリアと戦ったりはしないだろう。その間に俺がダリアの奴を軽く削っておければ少しは楽に――)

瞬間、男の耳に異様な音が聞こえた。何かが空を切るような高い音。だがその音に気付いた時にはもう遅かった。

地面と水平に飛んできた錆びた色の長い鉄心が彼の喉を真横から貫く。


喉に刺さった鉄心は止まることをせずそのまま男を付けたまま進み、傍の壁に突き刺さった。

「ゴフッ……!」


男は何が起きたのか全く分からなかった。

気がついたときには鉄心が自分の喉を貫いてそのまま壁に突き刺さっている。

なんとかその鉄心を抜こうと掴むが手に力が入らない。喉から透明の神魂が溢れ出し、それが鉄心について手が滑る。

だんだんと視界もぼやけてきた。

「な………ぜ……?」

もはや戦える状況でないその男の傍に一人の男性が、白いレザージャケットを羽織った男性が近づく。


「――よし、じゃあまずはお前からだ」


その男性は足で鉄心をより深く突き刺した。


*******************



走って、走って、ようやく僕は最初の位置に戻ってこられた。

橋は既に無くなっており、そこには落ちたら戻ることが出来ないように見えるほど深い奈落、つまり『場外』が目の前には広がっている。


「っていうか、これって本当に落ちても無事なんだろうか……?」


底が見えない暗闇をちらと見て呟く。


よし、とりあえずここまで戻ってこられた。あとは相手が来るまで逃げて、守って、生き残るだけだ。


僕はその奈落を背にして立ち、鎖を巻いてある刀を構えて相手の襲撃に備える。


僕が二人にした提案は単純なものだ。

それは「僕は一人、別行動をして戦う」。ただそれだけだった。

そもそも二人には本来の作戦があったわけだ。それに無理やり入れてもらうのは申し訳ないし、むしろ上手く連携が取れずに負けてしまう恐れもある。ならばまだ、別々に行動をした方が三人とも生き残れる可能性が上がるはずだ。

そして僕がなんとか勝ち残る作戦、それは――


「見つけたぁぁあ!!!」


右側の建物の陰からナイフを構えた男が威勢よく声を上げて飛び出てきた。

僕は瞬時にその敵の方向に身体を向けて刀の切っ先と両の目で相手をとらえる。男が間合いを詰め、ナイフを逆手に持って斬りかかってくる姿が見える。


ここだ……!


そのナイフが刀の切っ先とすれ違う瞬間、僕は刀を上に払い上げた。

切っ先が男の手に当たる。

だがもちろん鞘に納めたままの刀だから男の手が切れて血が出たりすることはない。

ナイフが男の手から抜け落ちて地面に落下していく。男は小さな唸り声を上げるが、落ちていくナイフのことを無視し、そのまま武器も無しに素手のまま殴りかかってくる。


「くたばれぇっ!!」


その動きを何とか捕らえる。僕は身をかがめて男の攻撃を避けた。

すぐそこは場外だから後ろではなく横に移動して、男との間合いを取る。


男は僕の方を一目見ると呼吸を整え、舌打ちをしながらゆっくりとナイフを拾った。


「舐めたマネしてくれんじゃねぇか……」

「舐めたマネ……?」

「ああ、なんだお前のその刀は? 戦う気あんのか?」


僕の持ったその歪な刀を男は指差す。


「どうした、その刀はただの飾りかよ!? 本気で戦う気があんならさっさとその鎖を外して刀を抜きやがれ!」


ナイフを構えてもう一度……、いや今度はさっきより冷静に、一発で仕留めるように斬りかかろうと狙っている。


「刀は……」


僕は目を刀の方に降ろす。

やはり少し手が震えている。自分で自分が恐怖していることを感じる。

その瞬間、地面を強く蹴った音が聞こえた。目を離したスキを見て男は一気に距離を詰めた。

勝利を確信したのか、男の顔は薄ら笑いを浮かべていた。


「おらぁぁぁ! 死ねぇっ!」


「――抜きませんっ!」


僕はまた身をかがめた、いや身を落とした。

刀から手を放して一瞬のうちに僕の身体は地面の方へ沈み込み、男の視界から一瞬だけ消える。そして両手で身体を着地させそのまま腕を軸に体をコマのように回し、男の足を払う。


「なっ!?」


足を払われ男の身体も一瞬宙に浮いた。その瞬間を見逃さず僕は両足でしっかり床を掴み、男めがけて体当たりする。

空中に浮いたものに力を加えるとその力を加えた方向に物体が動くのは当然のことだ。

男は叫び声を上げながら、何も抵抗できないまま宙を無意味に掻いて放物線を描きながら場外の方へ落ちていく。

僕は息を吐きながら場外の方に目をやる。男の叫び声は壁に反響しながら消えていった。


「よしっ……! まずは一人……!」


倒した……、でいいのかな……?

でも作戦通り上手くいった。


ここのルールでは人を殺しても大丈夫らしい。でも僕は殺したくない。だから僕は相手を「場外に落とす」。

刀も実際に人を斬ったりできないよう鎖を巻いて抜けないようにした。この刀は「絶対に殺さない」という覚悟の形だ。

でも……、


僕は少し頭を掻く。


「死なないとは聞いていても、この高さから相手を落とすのは少し度胸がいるな……」


なんとなく相手に対しての罪悪感が生まれてきてしまう。


「へぇ、そうかい……」


またもや傍で人の声が聞こえた。僕は声のした方に振り返る。

そこには何人もの人が立っていた。鎌や銃、刀、様々な武器を持っており、僕の方を見ている。さっきまでの一部始終を見ていたのか彼らはにやにやと笑い顔を浮かべていた。


「もしかしなくても……、僕を狙ってますよね……?」

「あぁ、俺たちは弱そうなやつから倒していく主義でなぁ……! さっきの奴はバカだったから一人で飛び出して行って無様にやられやがった……。だが大勢だとどうかなっ……! いくぞぉっ!!」

「ウオォォォォォッッ!!!!」


男たちは一斉に武器を振り上げながら攻めてきた。彼らの走る振動で床が揺れているように感じる。


まだ呼吸は完全に整ってない。でも戦うしかない。

集中……、集中……、


僕は深く息を吸う。

意識を集中させ、また鎖が付いた刀を敵たちに向かって構える。


「さあ……、来いっ!」

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