其の陸・試合開始

「まぁ……、そんな気を落とすなよ……」

「いえ、気は落としてないです……。ただ、どうしても納得できなくて……」


 僕は部屋の壁際で膝に腕を乗せて座っていた。

 なんであの人たちは「殺してもいい」ということに何のためらいも、躊躇も持たないんだ……? たしかに国王が決めたことかもしれない、だけど……、だけどさ……!


「んー……なるほどなぁ……。俺は生前、元兵士だったから『殺してもいい』と言われても理解はできるな。まぁたしかに抵抗はあるが」


 隣で壁に背をもたれながら立っていたジョージさんが呟いた。


「えっ? ジョージさん……、兵士だったんですか……?」

「ああ、意外だろ?」

「はい、少し……」

「それでな俺は生前、戦争で様々な場所へ行ったし。殺したくなくても大勢の人間も殺した。最初のうちは血の匂いや死体の山で何回も吐いたもんさ。まぁだんだんと慣れていって躊躇は薄らいだがな」

「……」

「だがな、それで俺は一つ学んだ。『人は殺すよりも生かす方が難しい』って。人間はああ見えて脆い存在だ。故意でなくても死んでしまうことはある。だから間違って殺してしまった場合の救済措置としてそもそも殺すことを許すというのはなんとなく分かる。今回のルールをあのピエロは『殺してもいい』と言っていたが具体的に言うなら『間違って殺してもペナルティは無い』ということだろ。ま、ただの推測だがな!」


 ジョージさんは壁にもたれるのをやめ、僕の正面に立った。


「とにかく! 今は悩んでいたって始まらねぇ! タケルはあのデブを倒して忍者の敵を討つんだろう!? それなら今はそのことを考えようぜ!」


 そう言ってニンマリとジョージさんは笑った。


 たしかにそうだ。悩んでいたって前には進まない。とにかく今はダリアを倒すことを考えなくちゃ。あの忍者さんの敵を討つ。この世界のことをもっと知る。もっと強くなる。そして月ノ宮さんをもとの世界に戻す。

 やらなくちゃいけないことはまだまだあるんだ。

 そのためにも立ち止まってなんかいられないんだ!


 僕は地面を強く踏みしめながら立ち上がる。


「おっ!」

「ジョージさん、ありがとうございます」

「いいってことよ!」


 ジョージさんはまるで犬を撫でるように僕の頭をワシワシと撫でる。

 いや、コレ、撫でるってレベルじゃない‼ 痛い痛い! 掴んでる掴んでるって!


「ちょっ……! ジョージさんっ! 痛いです痛いです!」

「おっと、すまねぇ! ついうっかり。それよりタケル、お前は武器を取りに行かなくていいのか?」

「えっ? 武器ですか?」

「あぁ、そうか。タケルはルールを全部聞く前に離れてしまったから聞いてなかったのか。使いたい武器がある奴はあっちにある武器庫に取りにいかないといけねぇんだよ。たしかノアも今取りに行っている。」


 そう言ってジョージさんは奥に見える通路を指差した。たしかにたくさんの人が武器を持って行き来している。


「へぇ……。どおりでノアさんの姿が見えないと思いました」

「まぁ武器じゃないにしろ。いろんな道具も置いてあるから行くなら早めに行っておけよ。試合開始までもう時間も無ぇから」

「と言っても、僕はこの刀がありますし……」


 そう言った瞬間、僕は一つあるアイデアが思い浮かんだ。

 ん……? まてよ


「あの! ジョージさん! あの武器庫って武器じゃなくてもいろんな道具も置いてあるんですよね!?」

「え? ああ、そうだな。 例えば鎖だとか、チェーンソーだとかいろいろ……」

「すいません! ちょっと見に行ってきます!」


 僕はジョージさんがすべて言い終わる前に武器庫に向かって走り出した。

 後ろからジョージさんが「時間には気を付けろよ!」という声が聞こえてきたので「はーい!」と大声で返事して走り続ける。


 *******************



 ――ここはどこだろう?

 私は死んだのだろうか?


 地面に足がついている感覚がしない。まるで宙に浮いているような感覚だ。


 周りには何もない。いや、なにも見えない。

 うっすら、どこからか男女の話し声が聞こえてくる。

 でも、どうでもいい。


 何かが私の身体にへばり付き、這いずりまわっている感覚もある。

 でもどうでもいい。


 その何かがずっと私の声の真似をしながら叫んでいる

「助けて」と。


 でも、どうでもいい。



 ――眠い。

 寝ていたい。

 目が覚めたくない。


 見ていた夢を忘れるように、このままもう一度眠りについて忘れてしまいたい。

 私が生きていた日々を、彼らが存在した日々を。


 今までの人生がすべて夢なら、

 目が覚めたとき、私が存在していても良い世界があるなら、

 私はそこで目覚めたい。


 少女はそっと息を吐き、膝を抱えてまた眠りにつく。

 だがそれに気づく者は誰もいなかった。



 *******************


「おせぇなぁ……」

「遅いですね……」


 控え室から外へ出ると、そこは試合会場へと続く吊橋の上。

 吊橋の下はそこが見えずまるで奈落のようだ。

 会場にはまるで小さな街のように様々な建物が建ち並んでおり、選手たちは自分達が戦いやすい場所へ移動を始めている。

 例えばスナイパーライフルを使って戦う者たちは所々に建っている櫓や廃ビルに向かっていたり、巨大武器を使う者は武器を振り回しても大丈夫な広場の方に向かったりしている。

 そんななか、ジョージとノアはその橋の前でで武を待っていた。

 試合が開始すると吊橋は撤去され、試合会場に入ることはできない。

 もうすぐその時間だが武は控え室からいっこうに姿を現さない。

 ジョージとノアは不安そうに控え室から伸びる橋を見つめていた。


「フン! ビビって逃げちまったんだなぁ。あの臆病な腰抜け野郎はよぉ……!」


 そこに十人ほどの部下を連れたダリアが近づいてきた。

 周りの取り巻きと共にニヤニヤと薄ら笑いを浮かべ、小バカにしたような表情でジョージたちにつっかかる。


「んだと……!?」

「あ? なんだ? やるのか!?」

「まあまあ……」


 ノアは二人の間に立ち仲裁を試みるが全く効果は無く、二人は武器に手をかけようとする。


「コラー!! そこのお二人サァァン!!」

「うぉう!!」


 すると突然、今回のニーヴルコロシアムの審判、ジェスターがどこからともなく錐揉み蹴りをしながら落下してきた。

 その破壊力は凄まじく、石で出来た地面がものの見事に割れていた。

 辺りには砂ぼこりが舞い散り


「ゲッホゲッホ! ってあんたかよ……」

「オエッホエッホ! チッ……、何だよお前は!?」

「まだ試合は開始していまセェェェン!! あと一分待ってからじゃないと失格にしますよォ!!」

「一分なんてたいして変わらねぇだろ!」


 ダリアが突っ込みを入れるがジェスターはそんな事を無視して華麗にスルーしながらまた上空に飛んで戻っていく。


「って……! あと一分ってマジか!?」


 ふりかえって橋の対岸を見てみるとスタッフが吊橋の綱を外し始めようとしている。


「ガッハッハ! やっぱりもう間に合わねぇようだな! じゃあ後でお前らだけでも楽しく相手してやるよ!!


 ダリアは部下を引き連れながら高笑いしてその場を去っていった。


(でも確かに、今から急いで戻って連れてこようとしてももう遅いだろうし……。あいつ……)


「すいませーんッ!!」


 だがダリアが去って姿が見えなくなったとき、小走りで武が橋を渡って来た。


「「タケル!」さん!」

「ハァハァ……、すいません! まだ始まってないですよね?」


 橋を無事に渡り終えた武は全力で走ってきたのか、息切れし肩で息をしている。

 その武の姿は先程別れたときと比べて、武器が増えたとか、装備が変わったと言ったような変化は無かった。

 だが、ひとつだけ、小さなところだが変わっていることがあった。


 鎖。


 刀の柄と鞘に細い鎖を何重にも巻き付けて離れないようにしてある。


「あぁ……、まだ始まってねぇがお前、その刀……、って、もう話してる暇は無ェ!」

「もうすぐ始まりますよ」

「分かりました!」


 武は呼吸を整えて、鎖が巻き付けられた刀を構える。

 それに合わせるよう、ジョージも自身の剣を、ノアは武器庫から借りてきた鞭を手に持った。


「試合が始まった瞬間が一番狙われやすく混戦になる恐れもあるので、まずは安全な方に向かって移動しましょう。そして移動しながらどのように行動するかの話し合いをすることにしましょうか」

「おう!」

「はい!」


 ノアの提案を二人はすぐに同意し、安全と思われる方に向かって走り出した。


 走り出した瞬間、上空に浮いている時計の針が動く。


 16:00


 ゴオォォォン! ゴオォォォン!


「試合開始ィィイ!!」

 試合会場全体にまで響き渡るジェスターの雄叫びと共に戦いの鐘が鳴り響いた。


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