其の伍・十五時四十五分
「いやぁ良いお仲間を持ったもんだねェ、あの忍者クンもよぉ」
そう言うダリアの後ろでは彼の部下たちが薄ら笑いをしながらこちらを見ている。
僕は後ろの部下は気にも止めず、ただダリアを睨み続けていた。
「何しに来たんですか?」
「そうだ! 邪魔しに来ただけならさっさと失せやがれ!」
ノアさんとジョージさんはダリアに食ってかかる
ダリアはにやにや笑いながら口を開く。
「ああ、俺か? 俺は……」
「あ⁉ テメェ誰に向かって口をきいてやがるんだ!」
「舐めているとぶちのめすぞ!」
だがダリアが口を開いたのもつかの間、それに対しダリアの部下が喧嘩を売り始めて言い争いが始まる。
周りに人だかりができてきた。何も知らない人からしたら突然喧嘩が始まったように見えるし当たり前だろう。
ダリアは何度か部下たちを黙らせようと「おい」、「待て」というが部下たちは何も聞こえてない様子だ。
「てめえらうるせえぞ! いい加減黙らねえか!」
ついにしびれを切らしたダリアが怒号を上げ、周りを静まり返らせた。一喝された部下たちは気まずそうに口を閉じる。ダリアはその様子を眺めてため息をつき、再度口を開く。
「はあ……、俺はただ挨拶に来ただけだ。逃げずにここまで来た相手には挨拶ぐらいしておかないといけねぇと思ってな」
「ずいぶん上からの物言いですね」
僕はノアさんとジョージさんの間を割って入りながらダリアの正面に立ち、わざと喧嘩を売っているように話しかける。でも話し方はあくまで冷静に、正直怖くて緊張もしているがその感情を無理やり抑え込む。
「ガハハ! そりゃそうさ! まさかお前の方が強いとでも思っていたのか?」
「いえ、そうは思ってないです。僕はまだ刀を握ってから二週間も経ってないですし」
「へぇ! そんな戦闘のド素人の癖に、あの忍者クンの敵を討とうとしていたわけか」
「はい。でも……、今一つだけ分かったことがあります」
「ほぉ……、何だいそりゃ?」
僕はダリアの目をしっかり見据えて言い放った。
「たしかに僕はあなたより強くはないです。でも、あなたには勝てる」
周りを囲んでいる野次馬たちが歓声を上げた。
ダリアの後ろにいる部下たちは、そんな無謀なことを突然言いだした僕を指さしながら笑っている。
一方のダリアは、というとあちらも僕の言葉を聞いて冷静に鼻で笑っているが眉が引きつっている。
「ほぉ~……、なるほど、……じゃあ、今ここで闘ってみるか……?」
「先にあの忍者さんとシエルさん、あの店のウェイターに謝って来てくれるなら戦ってあげてもいいですよ?」
「テメェ……、言わせておけば……!」
血管をピキピキと浮かばせ、引きつった笑みを見せながらダリアは背中から巨大な斧を取り出した。
僕も鞘に納めたままの刀をダリアの喉元を狙って構える。
互いに武器を構えあって睨みあう。
「ハーーーーーイ‼そこの二人ィィィィ! 止まって下さ―――ァァァイ!」
その時、突然空中で声がした。僕とダリアは同時に頭上を見上げる。
するとそこには、まるで新体操のように空中でひねりをつけながらくるくると回って向かってくる人の姿が見えた。
その人は回転しながら僕とダリアの間に綺麗に着地した。
なんてしなやかな動きだ……。まるで人間業じゃない……。
「誰だ! テメェは!」
そう言われて彼はニコニコと笑顔を振りまきながら身体を起こした。
その姿はピエロだった。
とても派手でかつ、色鮮やかな服装のピエロだった。
ピエロは胸に手をかざし、一度礼をしてから話始めた。
「ハアァーーイ! 自己紹介が遅れましたァ!
異様にハイテンションで喋る彼にどこからともなくライトが照らされる。
「そんな様々な役職を務めさせていただく!
彼の自己紹介を終わると周りにいた野次馬たちが一斉に拍手を始めた。
さっきの喧嘩などすべて持っていかれた。
「で! お二人!」
「「うわっ!」」
ジェスターと名乗ったピエロは身体をふんぞり返らせて僕らの方を見る。
「控室での戦闘はルール違反でーす! これ以上続けた場合は強制退場させていただきまーす!」
ジェスターは僕ら二人を見ながらかなりおどけながら言った。
背骨が柔らかいのか、もはや頭が床に付きそうなぐらいふんぞり返っている。
「あ……、いえ、戦うつもりは……」
「チッ……! テメェ……、逃げるんなら今のうちだからな……。オメエら行くぞ!」
「あ! 兄貴待ってー! 置いてかないでー!」
ダリアが最後に一言、捨て台詞を吐いて去っていく。
僕はようやく張りつめていた緊張がほどけてため息を吐いた。
「おい……! 大丈夫か?」
「あ……、はい、大丈夫です……」
ジョージさんが心配そうに傍へ駆け寄ってくれた。
本当はあまり大丈夫じゃない。ダリアとの言い合いでメンタルがやられた……。緊張とストレスで胃に穴が開く……。
「それにしても、まさか彼にあそこまで言うとは……。どうやら本当に勝つ方法があるようですね……。ね、タケルさん?」
「あ」
「「……え?」」
僕は聞いてきたノアさん、そしてジョージさんから露骨に目をそらす。
嫌な汗がだらだら流れてきた。
「……まさかとは思うがお前……」
「とりあえず言ってみただけで何も……?」
「はい……」
「「えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええ⁉」」
「はい……。全部勢いで言ってしまっただけです……。何も作戦はありません……」
あぁ……、なんかダリアがどうしても気に食わなかったからあいつが嫌な気持ちになるようなことを言おうとしていたら、いつの間にかただの煽りになってしまい、でも気づいた時にはもう遅く、止まることが出来なくなっていた……
出来るなら僕自身を一回殴り飛ばしたい……。
ジョージさんは床に転げまわり腹を抱えたまま笑っており、その隣でノアさんが頭を抱えていた。
「あぁぁーーーーっはっはっはっは! タケルは本当に面白い奴だ!」
「まさか……、ただのバカ……? それとも……ブツブツ……」
「うう……、どうしよう……」
僕は頭を掻きながら考える。
ええい! 今更落ち込んでもしょうがない! 今からでも勝つための方法を考えるんだ!
でももう試合開始から三十分もないんだぞ……? そんな短い時間で思い浮かぶか……?
いや! やるんだ! 武! 僕はヒーローになるんだろ? それならやるしかないじゃないか!
だけど……。
頭の中で会議が踊る。されど進まない……。
「アッハッハァ! キミ、コロコロと表情が変わって面白いねェ!」
顔を上げると、先ほど喧嘩を静止させたピエロがまだそこに立って僕の様子を見ていた。
「あ……、えっとジェスターさん……でしたっけ?」
「ハァイ、そうデー―ス! 私が! 私こそがジェスターでございマァァス! イヤ~、何か大変なことで悩んでいるみたいだネ~! 悩むのは良いことサ! 人生というのは悩むためにあるようなものだからねェ~! それより君知ってマァァスか~⁉ 今日のコロシアムは……で! そして近所のワンちゃんが……! ……だから‼ そこで私は言ってやりましたァァッ……! ……であるからしてェェッ! ……!」
えぇー……。
何だろうこの人……。
何か話し始めたと思ったらいきなりマシンガントークが繰り出されるし、途中から全く関係ない話もしだすし、そもそも僕の方を見ないでぐるぐる歩き回りながら喋るし……。
「あの……!」
僕が声をかけた瞬間、ジェスターは突然何かを思い出したように急いで懐から時計を取り出した。そしてその時計を見るやわざとらしく驚いた表情を見せて驚く。
「オオォォォォッット!! もぉうこんな時間ダァァ~~! トォウッ!」
彼はそう言うと上空に飛んだ。
いや、厳密には「跳んだ」だろう。だがその跳躍はやはり人間でないように軽く、そして高かった。飛び上がった彼は天井から吊り下げられているシャンデリアの上に音もなく軽やかに立ち降り、両手を広げて高らかに話し始めた。
「ハイ、ではァ! 試合開始十五分前になりましたので、今一度! ルールの説明をさせていただきマァァ―ス!」
ジェスターにまたどこからかライトがあたって照らされ、周りにいた選手たちが拳を掲げながら雄叫びを上げた。
「ルール……?」
「ああそうか、タケルは最初の説明のとき居なかったから聞いてなかったよな」
「今回から追加ルールもあるらしいのでしっかり聞いておいて方がいいですよ」
「でぇぇぇは! まず今回の予選では皆さんにバトルロイヤルをしてもらいマァァス! 皆さんは戦い! 倒し! 生き残り! 勝利を掴んでくだサーイ‼ 各ブロック、本選に勝ち上れるのは四人となっておりますのでェ! 残った人数が四人になった時点で試合は終了とさせていただきマァス!」
「バトルロイヤルか……」
ということは途中まで協力しながら戦うこともできるわけだ。ジョージさんとノアさんが元々ペアのようにいたのもそういうことか。多分ダリアは部下たちを利用して上手く立ち回るつもりだろうが……。
う~ん……、どう戦おう……。
「次に! 敗北の条件を述べさせてもらいマ――――スッ! 簡単に言うと? まあ? ギブアップとか? 自分から? 敗北を? 認めたら? もちろん敗北ですが? そ・れ・だ・け・で・は・な・く! 場外や致命傷を負って動けなくなったのを確認したらその瞬間! 敗北と……なります……。 皆さん分かりましたカーーー!?」
選手たちは雄叫びで返事をする。
「そうか……、場外もあるのか……じゃあそれも視野に入れて考えないと……」
「そして! 今回からの新ッルールッ! 今までは禁止されていましたが、なんとなんとナンンンンンット! 今回からOKになりましたァァ!」
部屋が今までで一番の賑わいになる。
ここにいる選手たちは僕より先に来ている訳だから先に一回聞いているはずなのに……。なんでこんなに喜んでいるんだろう……?
わざわざ「今までは禁止されていた」と言っていたし……、なにか嫌な予感がする……。
「そう! そのルールとは~! ダラララララララララララ……!」
自分でドラムロールをしながらジェスターは間を置く。
他の選手たちも「おおおおおおおおお!」と声を徐々に大きく上げて士気を高める。いやな緊張と空気が漂う。僕は口に溜まったつばを飲み込んだ。
ジェスターは大きく「ダンッッ!」と叫んでドラムロールを止めた。
そして口角を高く上げて薄気味悪い笑顔をしながら言った。
「殺害でございます!」
瞬間、歓声が鳴り響いた。選手たちは満面の笑みで喜びながら拍手や拳を振りかざして叫んだりしている。
え……? 殺害……?
「ちょっと待ってください!」
一斉に周りの目が僕の方に向く。
少し気まずいがそんなこと気にしてる暇は無い。
「えーーと……。キミは面白い顔の少年だったネ……? どうしたんダァーイ?」
「おもっ……、じゃなくて! どうしたもこうしたもないです‼ なんですかそのルールは⁉」
「殺害のことですかァ? それはそのままの意味ですよォ! 相手を殺してもオールオッケー! とにかく生き残ればいいだけのハ・ナ・シ!」
「そうじゃないです! なんでそんなルールが了承されているんですか!? 殺すのが許されるなんてありえない‼」
「ん~~~~……。それを私に言われましてもねェ……。お決めになったのは国王ですしおすし……」
「国王……⁉」
ネノクニの国王……⁉
その単語が飛び出たことに周りの選手たちも少しざわつきを見せた。
「エェ! 今までの場合、故意にしろ故意でないにしろ試合中に相手を殺してしまったときは強制的に負けというルールでやっておりました。が! しかしィ! それだと偶然殺してしまった人が可哀そうだということで今回から殺害もOKとネノクニの国王がそうお決めなさったのです!」
「――でも……!」
荒い声が飛んできた。
「うるせえぞガキが! 嫌なら出なければいいだろうが!」
「そうだ!そうだ!」
「ごちゃごちゃ言うなー!」
暴言は止むことなく次第に大きくなってくる。
なんでこの人たちはそれを普通だと受け入れられるんだ⁉
「おい、タケル……」
ジョージさんが僕の腕を引っ張って、もう止めるよう促した。
その目は哀れみの目なのか、少し暗かった。
ジョージさんの手を解き、俯きながら部屋の隅に移動する。
後ろではジェスターさんがルール説明を再開し、選手たちがまた歓声を上げて聞いていた。
僕は現実を受け止めきれず
ただ茫然としていた。
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