第37話 ご法度
震えるハミィは傷跡を掻き毟り、新たな武器を生み出そうとする。
けれども冷たい両腕は青白く血は殆ど流れてこない。
焦り、更に強く爪を立てようとする。
今この姿も奴らに、観客席で自分たちを疑う奴らに監視されている。
一人でも多くの敵を討ち、疑いを晴らさなければ――
椿は振り上げた刃の落とし所を見失っていた。
ハミィは戦える状態ではない。それどころか生きているのが不思議なくらいの有様で、トドメを刺すのすら躊躇ってしまう程に惨めを晒している。
沸き立つ怒りは既に消え去った。
ここがアリーナであることを、戦いを観ている者たちがいることを忘れ、呆然と立ち尽くす。
「もうええよ」
奇妙な硬直状態を破ったのはクロスだ。
テンガロンハットを目深に被っているせいで表情は読み取れないが、二丁拳銃は未だにホルスターの内で沈黙を保っている。
「ハミィ」
「待ってて、クロス。もう少しで、もう少しでクロスの疑いを……」
「その必要はない」
ダンッ!
静まり返ったアリーナに、一発の銃声が響く。
立ち上がろうとしたハミィが倒れる。
クロスの左手にはリボルバーが握られ、吐き出した銃弾が両膝に二発ずつの銃創を刻んだ。
信じられない、といった様相でクロスを見上げるハミィに近づき、額に銃口を合わせる。
「仲間殺しはご法度。薬は持ち込み厳禁。その不文律を知らん訳やないやろ」
「クロス、なんで……」
「ハミィ」
「いや、やめて」
「お前、髪は短い方が似合ってるで」
クロスは引き金を引いた。
ゆっくりと一回銃声が鳴り、銃弾がハミィの額に吸い込まれていった。
顔の上半分が吹き飛んだ身体から力が抜け、アリーナ側が用意した要石に死に戻る。
消える間際、ハミィの手から零れ落ちたピルケースを拾って血を拭い、クロスはポケットに突っ込んだ。
「仲間殺しはご法度、なんじゃないの?」
一連の動作を見守っていた椿が、揶揄う調子で尋ねる。
立夏にハミィ、二人と戦って傷だらけになった。それなのに呆気ない幕引きに少しだけ不満を感じていた。
返答は、銃弾だった。
ピルケースを拾った右腕がそのままホルスターに伸び、反応する間も与えず六発の弾丸を吐き出した。
両足、両腕、胴体に二発――弾丸は残らず椿に命中する。
ハミィの斬撃が比べ物にならない早撃ちをクロスは披露した。
「こ、の……っ!」
それでも椿は薙刀を離さず、寧ろ今までで一番強く握りしめてクロスに斬りかかる。
超人的な敏捷は足を穿たれても失っておらず、一度の踏み込みでクロスの鼻先まで距離は詰まる。
「真っ直ぐやな」
クロスは冷静に左手の拳銃を突き出し、向かってきた椿に最後の一発を叩き込む。
待ってましたと言わんばかりに椿は弾丸を弾こうと薙刀を動かす。
「真っ直ぐなのは美徳やけど、それやと鴨撃ちと変わらんで」
椿の意に反して弾丸は薙刀に当たることはなく、喉元を掠めていった。
流石の椿も薙刀を手放して蹲り、ぼたぼたと血が零れ落ちる喉元を押さえる。
焼けるような痛みと漏れる呼吸――致命傷なのは明らかだ。
「さっきのあれ、生きてる間に答えたるわ」
空薬莢を捨てて弾倉に次の弾丸を詰めながら、クロスは話し始める。
「あれは俺なりのケジメや。普通の客には強制せんけど、ここはアリーナで、あいつはアリーナ側の人員として戦場に立った。俺たちには客を楽しませる義務があるし、誰に唆されたか知らんけど、妙な薬まで持ち出して狂犬のように暴れ回るハミィにそれが出来るとは思えんかった。せやから、俺の手で止めたんや」
椿は胸元を真っ赤に染め、苦しそうな表情でクロスを睨む。
「だったらボロボロになる前に止めろって顔しとるな。無理やろ、万全なハミィに俺が勝てる訳ないやん」
そう言って椿にトドメの銃弾を見舞う。
「そう思わんか、なあ、テツさんよ」
後始末を終えたクロスは、今まで一切手を出さずに静観を決め込んだ徹進に向き直る。
徹進は不敵に微笑み、スリングを取り出して臨戦態勢に移行した。
⚓
「一つ、約束してくれへんか?」
二十メートルほどの距離を置いて徹進とクロスは対峙している。
遠属性の二人にとって二十メートルという距離は手を伸ばせば届く近さであり、切欠さえあれば即座に相手を討つことも可能な距離だ。
周囲には身を隠せる障害物も用意されていた。
しかし安易に逃げ込めるとは、二人は露にも考えていない。
「色々あって俺とサシでやるようになったやろ? ――――なあ、手を抜かず、全力でやってくれんか」
二丁のリボルバーをホルスターに収め、ガンマンの決闘スタイルで答えを待つ。
徹進の如何ではそのまま撃ち合いが始まっても不思議ではない、そんな雰囲気を漂わせている。
「妙なことを言う」
スリングを撓らせながら、徹進は呆れ顔で答える。
「俺は物心ついた時から、戦場で手を抜いたことはない」
「ほう」
「期待していい。俺は正面切って戦う時も、悪鬼のような姉妹から逃げる時も、仲間の後ろで踏ん反り返って偉そうに指示を出す時も、――そして見世物同然で戦わなければならない時も、全力全開だ」
「ええな」
「それが負けない秘訣だ。だからこそ、仲間が迷わず俺の背中についてくる」
徹進はベルトポーチから銀色のベアリング玉を取り出すと、挨拶代わりにとスリングで弾き出す。
拳銃顔負けの速度で迫る銀弾を容易く撃ち落としたクロスは、観客から従業員まで、全員に聞こえるように宣言する。
「俺に勝ったら、俺たちも後ろついて歩いたるわ」
その一言を皮切りに、本格的な撃ち合いが始まった。
クロスの言葉を理解した観客は口々にその是非を問い合い、飛び交う弾丸の応酬に白熱した。
⚓
「ふざけたことを!」
白熱する客席の中にあって、唯一五条だけが二人の立ち合いに憎々しい眼差しを向けていた。
VIP席に座り茶番のような戦闘を眺めていた所に、思いもよらぬ方向から水を掛けられた。
「実質、離反宣言じゃないですか。ここが落とされるとなると……」
頭の中にある勢力図の色を塗り替える。
アリーナが西部に与するとなれば、西部とアリーナの中間一帯も裏返るだろう。
西部には手勢を増やす以上の恩恵がある。南側への警戒に必要な戦力を他所に割くことが出来るからだ。
「知っているのか、僕たちが手を出せないことに」
巧妙に隠してきたが、管理局側の面々にとってアリーナは不可侵地域だ。
西部がフェリー乗り場からやってくる観光客に依存しているように、南部の経済は月に三回、南港に来航する大型客船なしでは成り立たなくなっている。アリーナはカジノを始めとした娯楽施設であり、そこが頻繁に抗争に巻き込まれるとなれば観光客は嫌がり、客船の寄港は怪しくなる。
敵側に寝返ったアリーナを攻めて咎められるのは、アリーナを脅かしている管理局側だ。万が一、南部の商工会を蔑ろにしたが最後、連鎖的な離反は避けられない。
五条は二つに一つを迫られていた。
今この場に戦力を集めてアリーナごと奪い取ってしまうべきか。
それとも、中央に待機させている森林攻略組を増強して一気呵成に敵の支配地域を攻めて機能不全にするか。
「奪いましょうか」
完璧に防備を固められると長引くが、襲撃を悟られなければアリーナの占拠は容易い。常態化した抗争は客足が遠のく原因にもなろうが、一夜限りの戦闘は良い経験として片付けることも出来る。元来アリーナに集う客は血の気の多い者が殆どで、寧ろ最前線で戦う姿を観れて興奮する可能性もある。
逆にクロスが裏切ることを事前に決めていたなら、中央森林地帯には大軍を返り討ちにできるだけの罠が用意されていても不思議ではない。これ見よがしに進路を用意していることを鑑みるに敵の勢力圏を脅かす所か、致命的な打撃を受ける可能性も十分に考えられる。
どちらにせよ宣戦布告なしの先制攻撃だ。
協定には反するが、言い訳は何とでもなると五条は自分自身に言い聞かせる。
「岡、森林地帯は騎士団のみに任せ、残りはこちらに回せ」
携帯端末を取り出して副官の岡に指示を出す。
細かい配置は必要ない。ただ、こちらに来て加勢しろとだけ伝えるよう言い電話を切る。
「本当に、あの男が敵の大将なのでしょうか」
アリーナを縦横無尽に駆け巡り、嬉々としてクロスと撃ち合う大男を見て五条は眉を顰める。
愛用の武器から遠属性なのは分かるが、それにしては身体能力が高すぎる。平均より十以上は高い身長に突属性のような機動力を備え、弾丸を一発二発喰らっても怯まない頑丈さ、そして危険を顧みず相手に向かっていく胆力――どれも最前線で戦う戦士に求められる資質で、指揮官としては重要な要素ではない。
「権謀術数に長けたタイプではなさそうですが……」
仕掛けられた策謀と用意周到な侵攻、そして息を吐かせぬ制圧速度。
帆高徹進を目の前に印象はがらりと変わった。
人伝や式神経由で得た情報で判断していたなら、近い内に取り返しのつかない失敗をしただろう。現場に出て実際の相手を見る大切さを再認識し、同時に執務室で立てた戦略に対して不安が込み上げる。
何か重大な見落としがあるように思えて五条は身震いした。
Anchored ⚓ Saga 青ペン @aopen1
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。Anchored ⚓ Sagaの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます