第8章 あれから……。

最終話 二人

「ちょっと待ってよ!」


 彼の足は早い。


 私の方が年上で背丈だって上なのに、何も苦労もなく私を追い抜いてゆく。


 私が女だからなの?


 私とは体の作りが違うから彼には勝てないの?


「へへっ、どうやら今日のおやつのドーナツも俺がいただきだな」

「ア、アンタ、調子に乗らないでよね……」


 私が喋りに夢中であゆみが止まった彼を全速力で追い抜く。


「やーい♪」


 しかし、すぐに彼から追い越される。


「もう、やってられないわ……」


 途端に私はたまらずに腰を下ろし、その場に大の字に倒れこむ。


 灰色のコンクリートの床が冷たくて初夏のこの季節には心地よい。


 耳に流れる湿った風の感触が、早くも梅雨の始まりを告げようとしていた。


「はぁ、はぁ。

最近の小学生はみんな、こんなに足が速いの……?」


 私が息を弾ませて寝て休んでいると、ふと目の前が暗くなる。


 白い半袖に青の短パンの生意気な丸刈りの小学生が私の前に堂々と立っていた。


「何だよ、情けないな。

由美香姉ちゃん。

それでも中学生かよ」

「り、竜太りゅうた

ア、アンタが速すぎるのよ……」

「何、いってんだよ。

俺より速い奴なんて学校にゴロゴロいるぜ」


 竜太があり得ない表情で私を見下している。


「嘘でしょ。最近の小学生はどんな体の作りしてるのよ」


 身も心も砕け散り、すっかりのびている私。


「由美香姉ちゃん、ほら立って。

今度は晩ご飯のエビフライを一本かけて家まで競争だよ」

「アンタね。エビフライは貴重なおかずなのよ。

一本無くなっただけで、どれだけ嘆けばいいのか分かる?」

「なら、俺に勝てばいいじゃん♪」


 私に向けて手を出し、そのまま立たせる。 


 よく、そんなキザな言葉を軽々と言える。 


 こんな後先、何も考えてない部分とか、あの人にそっくりだ。


 伝説となったドラゴンに対抗する能力を持った私の父、紅葉龍牙に。


 父は三年前、一人の女性を救うためにアメリコが極秘に研究していた異次元の穴に落ちた。


 それから、父とは会っていない。


 そして、母は心を閉ざしてしまった。


 ──ただ、料理を作る時だけは何も支障はないようで父が消えても様々な料理を作ってくれた。


 特にくるみ入りのカレーは絶品だった。

 父がまだ学生の頃に、よくその学生寮の食堂で好き好んで食べていたらしい。


 そのカレーを食べている時の母はとてもにこやかだった。


 私はそんな母を片隅から見ながら、いつか世界中を周り、父を探せるような体力をつけたいとマラソンを始めたのだが、私のつめが甘かった。


 一見、手足を動かす単純な運動に見えるのに、こんなにも長距離が酷だったなんて。

 弟の身体能力の高さが恨めしい。


「由美香姉ちゃん、俺の話聞いてる?」

「あっ、ごめん。何だっけ?」

「だから、勝った方はエビフライもう一本追加だからさ」

「はあ? あれは、いつも皿からはみ出るほど大きいけど一人あたり三本しかないのよ。

ほとんど手元に残らないじゃん」

「やーい。悔しかったら俺を抜いてみろよ♪」


 竜太は嬉しそうに走り出す。


 きっとこの弟には才能があるのだろう。


 でも、負けてばかりではいられない。

 私の手で父を探し出せるように頑張ろう。


 そう、取り戻すんだ。


 みんなが笑って過ごしていたあの日常を……。


「こらっー。

アンタ、いい加減にしなさいよ!」


 私は、これからも闘い続けるだろう。


 父の行方を追うために……。



 Fin……。

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それは流れる紅葉のように……異世界のドラゴンのスキルを秘めた不思議な男子。 ぴこたんすたー @kakucocoro

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