第28話 奴隷商

 


「奴隷商はこちらです」


 今向かっている奴隷商はレイラを拾った人で、レイラからすれば命の恩人、俺からすれば……複雑だ。

 レイラを普通に保護してくれれば、こんな辛い道を歩まずに済んだはずだが、俺がレイラと出逢えたのは――と考えると、いつまでたっても答えは出なかった。

 まぁ、タラレバを言ってもしょうがない。まずはレイラを助けてくれたことを感謝しよう、心の中で。


「ここです。ここが奴隷商人タルマさんのお店です」

(ここか……)


 こういうお店はもっとアングラな場所にあるものだと思っていたが、案内された場所はごく普通の市街地だった。

 建物は他の建物と同じ作りで、清潔感もあり外観からは奴隷を取り扱っているようには見えなかった。

 驚いた事に、隣のお店は貴族向けのドレスがショーウィンドウを彩っていた。


 改めて奴隷の扱いというものが分からなくなってきた。


 そんな時、店から二人の男性と一人の女性がお店から出てきた。

 女性は首輪を付けており、またその格好からも一目で奴隷だと分かった。


「いやぁ、今日はいい買い物ができた。タルマさん、またよろしく頼むよ」

「はい、また良い子が入ってきたら、すぐさまお知らせいたしますよ」


 そう挨拶を交わすと男女は街の雑踏に消えていった。

 買われていった女性の表情は見れなかった。しかし、これは俺の願望かもしれないが、彼女は、新しい主人の後ろを足取り軽く付いて行くように見えた。


 客を見送り店に入ろうとするその人物は、俺たちの存在に気付き足を止めた。そしてレイラの首輪を見て、何かを思い出す素振りを見せた。 


「おや、貴女は……確かポルク様がご購入された……」

「はい、レイラです。タルマさん、お久しぶりです」

「おぉ、そうだ! レイラ、レイラ。元気そうで何よりです。今日はポルク様は居らっしゃらないのですか? あと、そちらのお方は?」

「えぇ、実は……」


 俺とレイラはタルマに案内されるがままに店内へと入っていった。

 通された部屋で、レイラは今までの経緯を大まかに説明した。ポルクというのは、レイラを買った商人の名前らしい。


 ちなみにリタは興味が無いからと、デザートを探し求め旅立っていった。




「……そうですか。貴女も大変でしたね。それでいて運が良い。素晴らしいご主人様に巡り逢えましたね」

「はい、それもこれもタルマさんが、あそこで死ぬはずだった私を拾ってくださったからです。本当にありがとうございます」

「いえいえ、こちらも申し訳ありません。本当は奴隷じゃなく保護するだけだったのですが、ポルク様が貴女の事を大変お気に入りになられて……。彼は私どものお得意様なので、断りきれずに貴女を奴隷に落としてしまった。本当に申し訳ありません」


 予想外の経緯に俺は正直に驚いた。奴隷商人なんてやってる奴は、ロクでもない奴ばかりだと思ったが、この奴隷商人はそんなに悪い人じゃないのかもしれないな。


「ところで、今日はどういったご用件で?」

「実は、こちらのケンタ様が私を奴隷開放してくれると言ってくださいまして」

「そうですか! それは素晴らしことですね! えぇ……ですが、ひとつ残念なお知らせがありまして」

「え? それはどういう――」

「実は、三十日ほど前、急に上から圧が掛かりまして、開放に必要なお金が金貨5枚から50枚に変更になったのです」

(ご、50枚!?)


 一気に十倍に跳ね上げたのか?


「私も奴隷協会に抗議したのですが取り付く島もなく……」

「そうですか……」


 これは予定を大きく変更することになりそうだ。

 今金貨21枚弱だから、単純に金貨29枚足らないことになる。今回、アグコルトから十日かけて金貨7枚ほど稼いだ事になるから、単純計算で金貨29枚稼ごうと思ったら、約四十日間素材集めの日々を過ごす必要がある。

 手元にも残しておきたいし、日々の生活にもお金がかかる。となると、約二ヶ月くらいはここでお金を稼ぐ事になりそうだ。


「ケ……ンタ様。本当に申し訳ありません」

(いや、レイラが気にすることじゃないよ。上がってしまったものは仕方がない。一緒にお金を貯めるために頑張ろう)

「ケンタ様……ありがとうございます」

「……あの、レイラさん、そちらのケンタ様は言葉を発していなかった気がするのですが?」

「え、えぇ、今は何となくですけど分かるんです。それにジェスチャーも加えてくださっているので、とてもわかり易いです。それに出逢った頃は絵も描いて頂きました」


 確かに最近はリタを介さなくても、ほぼ言った通りに受け取ってくれることが多くなった。


「そうですか。本当に素晴らしい。あの、失礼ですが、今のお手持ちはお幾らほど?」

「ケンタ様よろしいでしょうか? ――はい、今の手持ちは約金貨15枚です」


 当面の生活費を引いた計算だろう。金額を聞いた奴隷商は軽く一考すると、俺たちにひとつ提案してきた。


「レイラ、貴女は確か回復魔法が使えましたよね? 私から依頼があります。今いる奴隷たちの中には、怪我をしている者や病気の者もいます。その子たちを治療してほしいのです。そうですね、回復具合にもよりますが、金貨20枚でどうでしょう?」

(金貨20枚だって!?)


 一瞬、裏がありそうだとも思ったが、日本においても医療費は保険無しだとすごく高い。案外妥当な値段なのかもしれないな。レイラを見ても金額に驚く様子もなかった。 

 レイラは少し考える仕草をすると、その場で奴隷商の提案を受けた。


「すみません、ケンタ様。私は今から病気や怪我の子たちを治療していきますので……」

(あぁ、わかった。じゃあ俺は街をブラブラと散策する事にするよ)




 店を出てから一通り街を散策した。

 街の中心にはお城があり、その北側を囲むように貴族の屋敷、逆に南側には市場や広場など市民の集う場所が広がっていた。

 そこから一本通りを外に行くと、宿や酒場、武器に防具を取り扱っているお店などが立ち並んでいる。

 さらにその外通りに一般の住居、最外周の城壁前には兵士の詰め所や馬小屋、家畜の小屋や小さな農園などがあった。

 

 武器屋にも顔を出すと、なんとそこには日本刀に良く似た物もあったが、金貨5枚とバカ高かったので、後ろ髪引かれながらも店を後にした。新たな目標が一つ出来たと思って、今は日本刀に出会えた事を喜ぼう。

 仮面が外れた時の事を考えると、武器よりもこの容姿を隠す物が必要だな。

 呪いが解ければ、この黒髪も白髪に戻るし、肌の色も紫になる。一目で魔族とわかる容姿は、多分ここの人たちには受け入れてもらえないだろう。それはこの世界に来てから、今までに一人の魔族とも出会っていない事が主な理由だ。


 フルフェイスの兜、帽子、仮面、白の絵の具でもあればそれを……。あとはフード付きマント。『炎輝えんき』を照度最大にして顔を照らし続けるとか、常に『炎纏鎧えんてんがい』を纏うとか……。


 色々な案を浮かべてはみたが、最終的な判断はその時にしよう。

 今は、結構歩いたので、メイン通りのベンチに腰掛け休んでいる。


「おーい、ケンター!」


 両手に綿菓子っぽい物を持つリタが駆け寄ってきた。


(おかえり、デザートは堪能できた?)

「うん、この街は甘いお菓子がいっぱいあったよ。ほらこれ、フワフワで雲みたいでしょ? コットンキャンディ―っていうお菓子みたい」


 そういってガブリと右手の綿菓子を頬張る。どうせ左手の綿菓子もリタが食べるんだろうなと思っていたら、案の定、両手交互に贅沢食いをやってみせた。

 他愛もない話を広げ、陽も傾きかけた頃、俺とリタはレイラを迎えに行くために奴隷商の元へ向かった。


 店の前にはタルマが他の客らしき人物と楽しげに会話をしている所だった。


「おや、ケンタ様。レイラなら一時間ほど前に、ここを出て行きましたよ」

「あちゃー、行き違いになっちゃったかー。だって」

「レイラは冒険者ギルドへ向かうって言っておりましたよ。それにしてもレイラの魔法は素晴らしいですね。重篤で床に伏せていた奴隷も、元気に走り回ることが出来るようになりましたよ。なので、少々色を付けて金貨30枚レイラにお渡ししておきましたので、あとでご確認ください」

「本当ですか!? 大変助かります。では、早速レイラを追いかけたいと思います。本当にありがとうございました。だって」

「いえいえ、こちらこそありがとうございました。もしご用命があれば、いつでもお申し付け下さい」

(あぁ、ありがとう)


 深々とお辞儀をするタルマに軽く会釈をすると、俺たちは冒険者ギルドに向かった。



 そして、到着した冒険者ギルドにはレイラの姿は無く、ギルド職員も、冒険者たちも、誰もレイラの姿を見た者はいなかった。


 

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