63話目 多人数集合RPG――VGO-2 暁月優利

 別にが好きなわけじゃないし、カネ溜めて何かしたいわけでもない。しいて言えば、何かに打ちこみたいが、やっぱり……と社会的圧力に負けて新しいバイトを決めた。

 さほど距離のない中を、自転車で走ると、少しは社会に生きている気……にはならず、気まぐれで買ったピザと雑誌を抱えて、部屋に戻った。

 買ったばかりのゲーミングPCが暁月優利を待ち構えていた。ついでに椅子も、保護パッド入りにしたし、徹夜でゲームと思ったが、全てクリアしてしまって、結局手持無沙汰に文字ゲーを始めてみる。


 すぐに飽きた。

 少し前に買った格闘RPG。少しばかり夢中になったが、起動が遅くて断念した。そもそも、どれもこれも、VRMMOでやるにはレベルが低い。ゲームは夢中でやれなければ意味がない。無理してやって、時間つぶしをするなら、彼女をからかっていたほうがよほど……。

 山ほど買ったゲームの中に、まだ気後れして開けていないゲームのパッケージが見えた。



 ――ヴァーチュアス・ゴドレス・オンライン。





 まあ、ちょっと、やってみっか。嵌まるゲームの最初はこんなもんである。次世代機のHMDを試したくて、バイト代を全部つぎ込んだゲームの最後。これで面白くなければ、VRMMOは向いていない。


 ――その感覚は3秒でぶっ飛んだ。(やばい)と一度HMDを外しかけて、暁月優利は前のめりになった。すると、景色もぶれて、空気や色が一段と歪み、濃く揺れた。今までのVRMMOソフトとは比べ物にならなかった。

 オープニングにわくわくしたが、キャラがあまり出て来ない。ただ、中央にぼんやりとした入り口があり、それは生まれる時の「孕石」を思い出させる。

 どこで、俺は目を開けたんだろう。母親の羊水らしき色を思い浮かべさせられる、銀朱色の大気、そこに、光り輝く出口に吸い込まれる。


 文字が浮かぶ。


 Birth!


 心臓が飛び跳ねるほどの耀の洪水はやがて去り、暁月優利はぽつんと暗闇に立っていた。そこには、ただ、塔がある。



『あなたの名前を決めてください』



 ユラユラと揺れる大気に、カタカタと文字が撃ち込まれては消える。「ヒロ」と入れると、『ネーム認識中。Nowloading』のゲームお決まりのアバンコール。の後、注意書きが続いて、いきなり塔に吸い込まれた!


 ゲームの暁月優利は無装備だ。どうするんだこれ、と思っていたら、属性を決めるクロスキーが出て来て、腕を振った途端に、火属性になった。最初は小さな短剣から始まるらしく、その武器を強く大きくしていく多人数マルチプレイ……と見た。


『マルチかよ。失敗したな』


 そうしているうちに早速『ねえ、うちのPTに入りませんか』とスカウトが飛んだ。とりあえず、入ってみたが、このメンバー全員を暁月優利は叩き落すことになる。この時のハンドルネームだけは思い出せない。



***


 ――ヴァーチュアス・ゴドレス・オンライン、プレイ二日目。


 厳密にいうと、28時間が経過。だんだんこのゲームが分かって来た。

 どうやら、ただのマルチプレイではなく、SSS系デスゲーム要素があるらしい。VRの中で、血の雨を降らせ、炎を撒き散らす。フロアに誰もいなくなると、次のフロアへの道が開く。はたくさんいた。常にが襲い掛かって来るから、気が抜けない。

 自動セーブなのをいいことに、「セーブしたら休もう」との油断も与えられない。


 それにしても、ばかりだ。キャラクターがいない。

 武器はレベル1から、レベル38まで上がっている。上がり幅が代わるので、上に行きたくても、経験を積むしかない。


 しかし、このゲームは人の何かをそそる仕組みになっていた。

 ひとつは、全員を倒して初めてフロアを進める仕組みなために、いやでも闘いをさせられる。ひとつは、武器種は最初の一つだけ。最後に、勝利すると、から様々な武器がドロップし、それを手に武器を上級に引き上げられること。

 向上心はないほうだと思っていたが、とんでもない。


 ――プレイ時間30時間が経過したとき、レベルは50まで上がっていた。レベルの横に「ヴァーチュアス」という文字が現れて、「そろそろ休憩を推奨します」と運営が邪魔をした。


 無視していると、また画面で出て来て「貴方が機械的操作をしていないか、判断します。結果が出てくるまでは進めません」……暁月優利は仕方なくグリップを離し、キーボードに出て来た文字を打ち込み、プレイ時間を表示されて、はたと気づいた。


 ――バイト、行かなきゃ。



 運営からの警告を解除したところで、HMDを外す。汗だくの四肢をシャワーで冷やしてから、部屋に戻ると、VGOの入ったままのゲーミングPCがおいでおいでとランプを点滅させた。


「わり、バイト行かなきゃなんだって」


 PCに話しかけている。末期である。

 ピザを創るでも、運ぶでも、まあ、なんでもいいんだ。社会で馴染んだ気になれればね。それにしても、だんだん敵が強くなる。最下層から上がり続けて、やっと半分。塔のマップは駆け抜けた場所しか見えない。


 ――なんだか、人生みたいなゲームだな。と思った。過去はいくらでも振り返れるけど、未来は一寸も見えやしない。手にした武器はここまでの自分の何かで、奪われるわけには行かないだろう。


 現実に、武器なんかないのにな。


************


「うーす」バイトのたまり場に入ると、自分用の服が置いてあった。働きの姿勢も、ある時から変わっている。まず、人間が指導をするではなく、AIだ。東京の首都、新宿に於いては珍しくない。

「ピザを詰めてください」AIに言われて、熱々のピザを切り分けて詰める。「誰にでもできるお仕事です」の合間に、VGOを思い出した。


 ――また、始まった。だから、ゲームの最中に社会に出るとダメなんだ。


 攻略を思いついて、いてもたってもいられなくなる。不幸なことに、暁月優利はまだフロア攻略の途中で出て来てしまったことに気が付いた。


 すると、またうじゃうじゃとが増えて来る。全員を倒さないと上には行けない。かつて徒党を組んだ仲間を全て。


 それは「きみの代わりに僕が頂点を目指すよ」などという甘いものではなかった。

 何度、こんなゲームにはまったことを悔やんだか知れない。

 彼女の胡桃に「寂しいよお」とメッセージが送られ続けても、暁月優利はVGOに向かっていく。


 ――このままじゃダメになる……とバイトとVGOの往復を繰り返したある日、塔の実装手前まで行き着いた。残すは最終フロア。これで解放される……と思った瞬間、また運営の邪魔が入った。


『ゲーム依存症のテストをします。プレイ時間70時間です。睡眠はとれていますか』

 いや、寝ているけど。

『食事は何時間前に取りましたか』

 ついさっき、ピザを食べました。

『友達はいますか』

 ――このゲーム、いちいちウザい。こんなアンケートしているなら、実装しろ! そう思って睨んでいると、『キャッスルフロンティアKKは社員を募集しています』いきなり運営会社の説明が始まった。


 興味を持ってみてみると、ゲーム会社の老舗だ。彼女の胡桃が嵌っている「ねこやしき」も同じ部類? ゲーム会社に就職か。考えてもみなかった選択肢に、心からわくわくする。


 現実に、居場所はない。

 でも、現実に好きな場所には、居場所は創れないだろうか。


 ――暁月優利はオンラインの社員募集に応募することにした。期待はしていない。でも、ここまで上り詰めた挙句の、神様からのご褒美に思えたから。


ヴァーチュアス・ゴドレス・オンラインなのに、皮肉だよね。ゴドレス、なのに。神はいるの? いないと思う。なら、地獄、見てやるよ。キャッスルフロンティアKK――。


***


 何か偉業を成し遂げた気分で、空を見ると、白んで来たようだ。みれば、深夜も四時。たぶんバイトには行ったのだろう。無気力で虚ろなままなので、別に記憶しなくていい。


 ああまた明日が来る。

 朝陽が眩しいのは、ゲーム疲れじゃない。震える指で、応募したからだろう。

 何より、暁月優利は胡桃を喜ばせたかった。数々の会社に応募しても、ゲームが過ぎって、色褪せた瞬間に、ふっと冷めた。

 どこか、命を懸けても生きたいと思う場所を。――VGOだな。でももう、最終フロアまで辿り着いてしまったし……何か、先に進める手立てがあるはずで。



***

 それはピコンとやってきた。


「すいません、帰ります。ピザ視てるの莫迦らしくなったので」

「なんだと? ピザを箱に詰めてくれ」

「ピザ焼いてる場合じゃないんですよ。VGOが俺を呼んでるんです。今日こそ、次の扉が開くかもしれない。ありがとうございました」


 はい、また首になりました。分かっていたことだ。胡桃には言えないなと思いつつ、自転車を倒して降りて、部屋に駆け込んだ。「またか」と父親の声。


「ゲーム依存症が問題になっているというが……」失望の声音から逃げるようにドアを閉めた。コードがない。コードはゴミ箱の下に隠されていた。捨てないあたりが、母親だ。


 ぞっとする攻略を確かめるべく、VGOを起動する。



 おかしいと思っていたんだ。暁月優利の頬に涙が流れた。キャラがいないんじゃない。自分以外のモンスターが、ユーザーだったのだ。VRは感覚を左右する。そぞ、他のユーザーからは、暁月優利は化け物に視えたことだろう。


 どこまでも、。そうだよ、自分以外の他人は化け物に見える。社会不適合者から見れば全員敵に見えるだろう。


 そんな中で、「ばかだなあ」と笑う顔を思い浮かべる。胡桃だ。暁月優利の感覚は胡桃を思い出すと、元に戻った。

 見れば、暁月優利に倒されたたちが悔しがりながら、塔から落ちて行く。仲間になれたかも知れないユーザーだった。話しかけていただけのユーザーもいただろう。血に、憑りつかれた暁月優利に消されたのだ。


 ――みんな、ごめん。居場所が欲しいあまりに、色々な繋がりを絶って来た。それでも前に進みたい。どこか、たどり着きたいと。


 そして、門奈計磨との最初の闘いだ――。



『どうして、そんなにヴァーチュアス・ゴドレス度が高いんだ』

『わたしが、神を殺すべき人物だから』



(この意味はいずれ、明らかになるのだが、それを門奈計磨に聞くことはもうできない。この時の暁月優利は、モナの強さに怯え、初めて逃げ惑う囚人だった)


 そして神の奇跡を見る。

 何かが、ゲームに干渉し、門奈計磨から暁月優利を逃がした。それは、VRMMOに飛び込んだときにも既視感を憶える。言葉にし難い「感覚」だ――。



****



「おはよう、お父さん」

 実に100日以上。暁月優利は朝、出勤する父に自ら言葉をかけた。父は足を止めたが、いつものように玄関で靴を履き、カバンを抱えて立ち上がる。父の言葉にはもう恐れを抱かなくていい。


「俺、自分の力で、社会で生きているんだ、親父」


 何度でも思い出せる。父に伝えた言葉も、その時の恐怖を乗り越えた感覚も。 そして、父は、その決意を笑いはしないだろうことも、感覚のどこかで掴んでいた。


 父が振り向いた。なぜか、鼻を詰まらせて、一言。上がった口端だけが見えた。


「――社会は、厳しいぞ、優利」


「分かってる。俺なりに、がんばってみる」


 自分だけが頑張ったわけじゃない。VRの仲間を知って、みんなが頑張っていると俺は思った。それでも、胸を張って父に言えるくらいは、頑張っていると思う。そう胡桃に告げたら、胡桃は涙を浮かべて、頷いてくれた。


「うんうん、頑張ってる! あたしにも頑張ってほしいな?」


 まだ、胡桃への頑張る方法は模索中。


(俺はまだまだ、多人数マルチRPGの最中のゲーヲタで、胡桃の恋愛SLGにはおあらメータ、足りないヒーローだ。でも、一つだけ言えるぞ。胡桃は誰にも渡さない。そんだけで、ヒーローの資格充分だと思うの、俺だけ? 胡桃は「どうだろ」と桃色に耳を染めた。


 なんのゲームでもいい。「生きてるぞ!」とこの社会で云えて、朝日が眩しいなら、それでいい。現実はVRMMOには負けていない。感覚一つだ。それを、伝えたい。胡桃に、門奈計磨に、――遠くで俺を待っている、誰かに)



*******


 

 ヴァーチュアス・ゴドレス、First―sideSTORY。Final――




※Secondは、春ごろを予定しています。カクヨムコン読者選考の最終日まで、たくさんの応援ありがとうございました。   

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る