ソーシャルゲーム多人数集合RPG――VGO――

62話目 ソーシャルゲーム多人数集合RPG――VGO-1 ユハス=コーデリア

「ボリュームレンダリングという技術だ。VRの欠点は、リアルタイムで作業ができないことにあったが、この研究で、視覚アルゴリズムを正確に扱えるようになり、他人の可視化が可能となった。ヴァーチュアス・ゴドレス・オンラインの多人数集合RPGはそのモデルケース。訓練次第で、もっとたくさんの人間が見えるようになるが、俺が見えれば上出来だよ」


 これは、俺、門奈計磨が暁月優利に最初にVRについて説明した記述だが、実際、この言葉を言った人間はかつての盟友だった。


 今も、謎を纏っているユハス=コーデリアはかつてのVR心理学者であり、VGOの創設者である――。


***


 この社会は「信用スコア」で全てを決められる傾向にある。信用スコアとは、数世紀前に始まった経済に於いての存在指針だ。会社員だから、SSがもらえるわけではない。そこには、地球上の家柄は大いに関係する。


 キャッスルフロンティアKKにおいてのヴァーチュアス・ゴドレス・オンライン創始者……と言っても、若いのだが、ユハス=コーデリアもその類だった。


 Zuxiメンスとはドイツを基盤にした医療グループであるが、遡るとバイエルン大国に行き着く。医療開発や、人間に於いての「電気使用」を盛んに研究した古代の國であり、いつでも歴史の黒の部分を支えて来た。

 母親が、戦闘員だったせいで、門奈計磨には国籍がない。物心ついた時には、ドイツにいた。母がそこで消えたため、門奈計磨はzuxiメンスのひとりに拾われる。そこにいたのが、ユハス=コーデリアという、天才だ。

 ユハスは不思議な男だった。赤子以前の世界を知っているというだけでなく、この世界は大きな何かに繋がっているんだと、ずっと繰り返し研究を続けていた。

 ユハスはzuxiメンスにおいて、重要幹部になるだろうと、誰もが期待した。一方で門奈計磨には、当初から医療が合っていたようだ。


 Zuxiメンスの寄宿学校で、門奈計磨は進路について打ち明けた。ユハスは多分、このままzuxiメンスの輝かしい道を行くのだろう。かつて、天上で称賛を浴びた天使のように。

 ユハスの考えは時に神々しく、何度も羨ましいと思ったが、ある気持ちが打ち消してしまった。



 ――俺、ユハスが好きだ。



 zuxiメンスの土地柄において、恋愛は規律に護られる。必要以上の好意は、むしろユハスの奇跡の脳の邪魔をする。

 寝る前に、ベッドに転がったままのユハスの髪に触れたい衝動をぐっとこらえた。門奈計磨は「未来はどうなるんだろうな」と呟いたことが発端で、互いの未来の探り合いをすることになった。


「きみは、医者がいい」

「――根拠は?」

「自然の奇跡を信じていないから」ユハスはけだるげに、門奈計磨に告げた。必要以上の力は入れない口ぶりで。


「僕としても、VR心理学の天敵がいたほうがいい。医者になる気があるなら、援助しようか」


 まるで稀代の音楽家が、哀れむような口ぶりに、門奈計磨は閉口したが、ユハスに言われたその日から、医者への道を選ぶことになる。

 ユハスは不思議な奇跡をたくさん遺した。眠っている合間も、脳が生きて入れ替わること、その合間の「幻想」は美しく、映画どころか、全人類の夢を語っていること。

 と、幻想を交互に視るそうだ。


「真実を知れば、世界の大半が光の墓石に変わるだろう。でも、きみにみて貰いたくて、ゲームにすることにしたよ」


 ――天才は時に突拍子もない。


「ゲーム? きみ、国家の飛行プロジェクトにも関わっていなかったか」

「財力で建てただけだ。王家の資産があったから、浪費するのに丁度よかった」


 王族さながら、ユハスは告げると、薄い金髪の睫毛をひくんと動かす。


「きみは、ドイツにいるのに、日本の血が濃いんだな。その真っ黒な目と髪は悪魔だ。はは、天使みたいな容貌の僕とは相性がいい。――日本では、面白い計画が始まっているよ」


 ユハスは「ソーシャルゲームって知ってるかい」と悪戯に目を細めた。


「ソーシャルゲーム? ……ああ、SNSアカウントのみでやる携帯型の」


「繋がるのは、ゲーム依存症。通常、ゲームをしていても、お腹がすいたり、眠くなったり、貯金額を思い浮かべたりするだろ。ところが、この依存症はゲームで全てを壊してしまうんだな。ギャンブルより性質が悪い」


 ユハスは告げると、ばさりと新聞を投げた。ゲーム依存症の記事がある。ゲームだろう?やめられなくなるなんてことがあるのだろうか。

 ユハスはVR心理学をに根差しているので、こういった「依存」や「傾倒」には過剰反応をする。門奈計磨はクールだから、なるほど、医者を目指してもいいかもしれない。

 ユハスがいつか、VR心理学者になった時、その実証する脳の専門家は自分でありたい。


「信じられないという表情」


 ユハスはははっと笑うと、一つのデータの入ったディスクを机に置いた。


「きみに信じて貰わないと、計画が進まないだろう? 試しに、このゲームをやってみるといい。僕が作った。古代にあった塔や、聖書、クドゥルフ神話、宇宙創成秘話までさかのぼって、モデルにした塔のゲーム」


「なんだ、きみは卒論も出さず、ゲームを作っていたのか。俺は医者になるような人間だから。ゲームには溺れない。依存症にはならないからな」


 ユハスは「時期が来ればね」と謎めいた言葉を残し、ドイツから消えた。門奈計磨の脳裏から、このディスクの存在も一緒に消え、しばらくは、医者の卵として忙しい日々を過ごすことになる。


 それなりに充実した日々だった。隣にユハスがいないことを除けば。


 そうして、数年が経ち、訃報が門奈計磨の元に舞い込んで来る。ユハスが日本で死んだ。




 信じられないニュースに、門奈計磨はしばし立ち尽くして、一過性の過呼吸に陥った。対処法を知っていたから助かったが、脳裏は痺れたように動きを鈍らせ、一時期は食事もできなかったのを憶えている。


***


 何か月も部屋に籠った。ユハスの遺体はzuxiメンスが引き取りを拒否したため、本国には戻っていない。そもそも、ユハスは「自殺」だと断定されたので、警察はそれ以上踏み込まなかった。


 ――俺は、何をしにユハスが他国へ行ったのか、知らない。医者を諦めてアンドロイド光学、ロボティクス光学に首を突っ込み、博士になったところで、VR心理学に傾倒した。


 ユハスが志した学問だ、と気楽に考えての介入に、何か、忘れ去ったようなひっかかりを思い出す。


 ――ユハスの遺した、ゲームディスク。急に思い出して、門奈計磨はディスクを探した。劣化しないフッ素素材に、光ディスクの劣化版の記憶メディアは、読み込みこそ遅かったが無事にインストールできた。



『ヴァーチュアス・ゴドレス・オンライン』



 素朴なゲームだった。しかし、綿密な塔のデザインに、書きこまれた台詞がある。「ゴドレス計画」……門奈計磨は息を呑みつつ、ゲームを進めた。


『まもなく5Gで都市化する』

『ディストピアのVRMMOの完成は近い』


 美麗なグラフィックボードに挟まる意味深な記号が気になった。もうユハスの死から数年だが、門奈計磨はひとり、活動を開始する。


 ユハスの使っていたPCを解析すると、ユハスはどうやら日本のゲームに興味を示していたらしかった。その中でも、一番多かったのが、ソーシャルゲーム。そして、ヴァーチュアス・ゴドレス・オンラインは途中で終わっている。


 ――ユハス、この先は?


 答はない。ここでゲームは止まっている。


 ユハスは、何を門奈計磨に見せたかったのだろう? 門奈計磨は懸けることにした。あの時嘲笑わなければよかったと、何度後悔しただろう。「医者だからゲームになど」何度も思い出しては、胸をしめつける。


 あの時、もし、素直にユハスの考えが聞けたなら、このヴァーチュアス・ゴドレス・オンラインだって完成したかも知れないのに。


 だが、門奈計磨にはユハスのような感覚はない。しかし、死後のユハスの「信用スコア」は0に等しかった。完全なる社会不適合者のランク落ちをしていた。

 まさか、それで?



 ――ありえない。Zuxiメンスの王族だぞ? 戦闘員の母上がりの自分はともかくとして。もうこうなったら、日本に行くしかない。



 ――母から聞いた、一度も訪れたことなどない、本当の故郷へと。


***


 夢の中でも、ユハスにあった覚えはない。大人になって、分かり見の深さまで戻っても、ユハスは見つからない。


「気がすんだかい、ヒコマロくん」


 宮辺俊徳がキャッスルフロンティアKKの責任者になって、数か月。アーケイドゲームで繋がった絆を信じるしかない。

 門奈計磨は医者であることも、諦めなかった。すると、ユハスの目指したVR心理学に辿りついた。脳死と、その合間の幻想に夢中になった。この国は脳死反論者が多いが、最後まで夢にしがみ付くことは間違ってはいない。

 なら、それをVRで実証する。


 ユハス、もう一度、今度こそ一緒に歩き出してみよう。きみは、VRの中にいるのだろう?


「宮辺俊徳課長」

「おやおや、フルネームで? なにかな? あ、私の娘に逢ってくれないかね。アンドロイドだよ! ヒコマロくん! ホログラムの実装に成功したんだ! 視覚的マッピングの」


「ゲームにして欲しいゲームがあるんです」


 ――ユハスが遺した、たった一つの世界を駆けのぼるゲームの基盤。「ゴドレス計画」の全貌が語られているこのゲームを、クリアできる人間がいるならば、その時ユハスの遺した謎も解けるかも知れない――。


 ヴァーチュアス・ゴドレス・オンラインをたくさんの人間にプレイさせ、ユハスの高みに登れる人間を探す。気が遠くなる作業だが、やってみよう。


 偶然にも、キャッスルフロンティアKKはVRの実験最終段階に突入。リモートビジネスや、オンラインコールセンター、VR営業や、5G視覚視点、人間への身体的VR疲労など、未知の世界へ踏み出そうとしている。

 きっかけは、HMDの飛躍的な改革だった。コンシューマーとしてのHMDゲームは普及しているが、没頭型VRMMOの仕組みはやっと、出来たばかり。

 VRMMO技術はユハスの告げた通り、脳と相性がいい。門奈計磨は二束の草鞋を履くことになるが、男女共に愛を感じる能力が、開花したとも言えた。


***



「塔が見えたんですって! そこに、女の子がいたら、助けに行くのが当たり前でしょ!」


 ゲーヲタが、ゲーヲタ理論を繰り広げている。


「塔なんか、ないって言っているだろうが。VGOのやり過ぎだ」

「生と死の境目で、視えるんですって!」


 ――うん、その塔をよく知っている。閉じ込められているお姫様は、天使のような笑顔で、悪魔の脳を動かしていなかったか?

 もう、ユハスには逢えない。希望を持たせるなと吹っ切った一週間後、暁月優利は、脳波の臨界を突破、持ち前のVR特異能力で、β波を目覚めさせ、生死を超えた。


 ――感覚超越者、恐るべし。彼女を想えば、死も超える。そのささやかな司令塔への脳の命令は、本当にきみが出しているのかい?



 ユハスに再び逢いたいという、希望は捨てなくて良いようだ。Virtual・realityの中に、きみはずっと生きている。そして、俺はきみに再び逢えるだろう。




 ――NEXT2/7 FirstFinal!

 ソーシャルゲーム多人数集合RPG――VGO-2 暁月優利 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る