sideSTORY002:恋愛SLGゲーム

第59話 胡桃だけの秘密の恋愛シミュレーションゲーム

 あたし、白幡胡桃。

 実は秘密がある。胡桃は、兄曰く、「要領がいい」のだそうだ。赤ちゃんの時から、(あ、この人にはこうすれば喜ぶな)とか、言葉が分からなくても、頭で理解していた。


 特にそれは父と母に向けられた気がする。何故って気に入って欲しかったから。兄よりもずっとずっと大切にしてほしかったから。でも、途中で兄にも大切にして欲しくなったから、私はその「秘密」を兄にも使うことにした。



 幼稚園に通うことになって、友達ができた。友達にも大切にして欲しいから、「秘密」を使う。こっそり、こっそりと。誰もがわたしを気に入って欲しくて。


 そして、暁月優利と出会った。一目ぼれかも知れない。わたしは早速「秘密」を使おうとしたけれど、何故か上手く行かない。

 見えない。

 いつもならすぐに視える、笑顔の耀が暁月優利には全く見えない。



「胡桃ちゃんは、わかっているわね、いい子」

「胡桃は本当に手間がかからなくて。タイミング良くてね」

「胡桃は俺の自慢の娘だ。どんな男に奪われるんだろう」


 先生、父母、兄、全てを喜ばせるように行動を決めて来たのに、暁月優利にだけは「同調」出来なかった。

 しかも、暁月優利は、くるみ、の名前をからかった。その時は泥まみれにしてやって、胡桃の勝ち。

 しかし、「胡桃ちゃんは、いい子だったのに」

 ……みんなが眉を潜める。あの暁月優利が来てから。

 

 胡桃は距離を取ることにした。暁月優利に関わると、「いい子ではいられない」から。しかし、小学校の学校祭で、暁月優利と組むことになった。同じ近所でありながら、あまり仲が良くないからと、先生が心配して、組ませたのだ。仲が悪いわけじゃない。特別、何か話す理由もなくて、私たちは男女の分かれ道にいた。


 この時期の子供は、何故か少ない出生率のためか、よく男女の触れ合いを自然とやらされる。そうして、夫婦に育つ二人もまた多い。


 ――ありえない。わたしは、暁月優利が嫌い。絶対にありえない。


 そう思っていた、学校祭の後夜祭。小学六年生で、暁月優利はぐいっと胡桃の手を繋ぎ、輪になって踊ってくれた。

 ひんやりとした手が、だんだん温かくなってきた。


 ――あ、合わせられるかも。このひと、わたしと一つになろうとしている。


 初めて、暁月優利の内面が見えたのも、この瞬間だ。それからは、暁月優利と胡桃は急接近して、いつしか彼女と彼氏になった。

 しかし、暁月優利はいつからかゲームに夢中のゲーヲタに成り下がった。

 次々新しいゲームに夢中になる。一緒にいても、携帯端末から顔を上げない。飽きて、ちょっとだけゲームの愚痴を聞く。


――この世から、ゲームなんか無くなればいいのに。

――え? 俺、死ぬ。


 胡桃は震えあがった。暁月優利からゲームを取ったら、優利が死んじゃう。そんなの嫌だ。なら、わたしも何かゲームをやってみよう。少しはわかるかも?

 暁月優利に聞くわけには行かず、胡桃はひとつの乙女ゲームを選んだ。


 いわゆる、恋愛SLGというのだが、選んだ理由はただ一つ。攻略キャラの一人が、暁月優利に似ていたから。


「…………自分が分からない」


 コンシューマーゲームのカタチなので、貯金を下ろして、壁掛けTVをこっそり買った。兄にバレるとうるさいので、学校にもソフトをもって行く。


 高校受験前、推薦も貰えた胡桃は、恋愛SLGに勤しんだ。これが結構難しい。主人公の自分のパラメータを相手が気に入るようなものにしなければ告白フラグにならない。暁月優利似の男の子は運動部。なら、部活も同じく入ったら、マネージャーに喧嘩を売られた。

 喧嘩を買ったら、ターゲットに「それはないんじゃないか」と責められた。


 最終的に、奪われて、コントローラーを投げた。ゲームを止めても死にはしないのに。でも、ヒロは死ぬんだって。ヒロには死んでほしくないなぁ……。


 結局二日かかって、そのキャラと両想いになった。ところで、暁月優利を放置していたのを思い出して電話をかけたが出やしない。

 しばらくして、暁月優利からかかって来た。しかし、胡桃はゲームに夢中で、またすれ違う。幼なじみで、彼氏彼女なのに、ゲームが邪魔をする。もうゲーマーのカレなんか、要らない。ゲームなんか大嫌いだ!


 逢えたのは、学校だった。放課後、ゲーマーの彼氏なんか、もううんざりだと言いかけたところで、地震。


「きゃあああ」

「胡桃?」


 咄嗟だったのだろう。暁月優利は先生の机に胡桃の腕を引いて、連れ込む形になった。のしかかったせいで、ごん! と頭をぶつける音。


「わ、ごめん、すっごい音」

「いや、胡桃がぶつけるよりはいいって」


 優利は何も言わず、胡桃を抱きしめた。大人になりかけの二人の四肢が、甘く啼く。本能で、唇を近づけた。

 ――あ、視える。暁月優利の中。キスしたいって言ってるね?


「ん」と胡桃も力を抜いたところで、カサカサと大嫌いな音がして、胡桃は更に「きゃあ!」と声を上げて暁月優利にしがみ付いた。


 わたしはこのころから、この虫を見つけると追いかけまわしている。


「誰だ! まだ教室で遊んでいるなら帰りなさい!」


 ――まずい。二人で教壇に隠れている(成り行きだけど)なんて知られたら、先生に在らぬ疑いをかけられるだろう。両手で口を押えた胡桃のスカートがちらりと舞い上がる。暁月優利がすっくと立ったせいだ。


「――俺っす」


「暁月? 何やってるんだ。さっき、きゃっ……て声が」

「俺が、ゴキ見て悲鳴あげたんです。本当ですって。あ、先生、そっちにでかいのがいるんで、俺が退治しときますから」


 見える足が震えている。胡桃を見せまいと、踏ん張っている男の子の足。


 ――ただ、見ているだけ

 ――しがみつく

 ――ちょうどいいから休んで行こう。


 選択肢は決まった。胡桃は見える暁月優利の足にしがみ付いた。頼もしいと思った。カタカタ震えつつも、しっかりと立っているヒロが。

 そして、思い出す。


 手を繋いだ時に、ひとつになりたい、と願ったこと。どうしても、ヒロの内面だけは読めない不思議、暁月優利には「秘密」を使えないこと。


 どんな相手でも、瞬時に同調してきたはずなのに、暁月優利とは巧く行かない。

 結局、ゲームの話をするのが一番だった。彼はゲーヲタだから。


 あたしの恋愛SLGの暁月優利へのパラメータは、ゲーヲタになること。必死で勉強した。暁月優利が面白いというゲームは、情報を仕入れて合わせたけれど、暁月優利はすぐに飽きて、次のゲームを始めてしまう。

「秘密」が使えたら。暁月優利を怒らせることも、悲しませることもないのに。



 でも、時折近くなる。

 ああ、カレーうどんさえなかったら。今頃きっと一つになっていたのかも……。



****



「門奈さん、あたし、ヒロとずうっと、ひとつになりたいんです」



 すやすやと眠る優利の前髪をいじりながら、胡桃は呟いた。


「独り身のお兄さんに何を言ってくれてんの」


 門奈は不思議そうな表情を浮かべる。分かる。この人、不思議がっていて、先を聞きたがっている。


「でも、優利だけ、視えないの」


 何を考えているの?

 わたしのこと、好き?

 わたしのスキ、伝わっている?


 ――ゲームなんかじゃない、現実の恋愛SLGを暁月優利と。キャラは暁月優利だけで、落としたい。パラメータは何だろう。


 胡桃は頬を押さえて、俯いた。


 ――もうすぐ、暁月優利とひとつになれる。VRMMOにわたしも行ける。ヒロがずっと憧れたゲームの世界を、この心で感じられる。その時は、「秘密」を知って貰おうかな。


 暁月優利の存在はどこか遠くに沈んでしまったらしい。門奈さんが、脳波の話をしてくれた。いいよ、夢の中で、女の子と遊んでても。


「ばかっ! あんたのお嫁さんになんか、ならないからね!」


 あー、すっきり。それでは、一足お先にVR行ってます。ゲーヲタの彼氏に同調するのも、大変です。でも、わたしは暁月優利の彼女の白幡胡桃ですからね。

「秘密」もVRなら、ヒロに伝わるのかな。


 そのうち、暁月優利のことも、全部わかるようになるのかな。今はひとかけらも分かる気がしません。


 分かる時、それがきっと「ひとつになる」瞬間なのかも知れないね。


*****


「これがHMDって言うんだけど……VGOのロゴ見えた?」

「見えた見えた。……視覚だけでも、結構迫力。名前、何にしよかな。くるみ、でいいか」

 ヴァーチュアス・ゴドレス・オンラインは闇のゲームで、暁月優利が見つけた「塔」を投影している。胡桃は、暁月優利の部屋で、VGOの体験中だ。


「いいか、ヴィジュアル映すぞ。一気に引き込まれるから、覚悟しろよ」


 ゲームを操作する優利はいきいきとしていて、カッコよく視える。ゲーヲタなのに。キャッスルフロンティアKKの会社員になったばかりだからかな。好きこそものの……だね、ヒロ。


 でもさ。

「リア充爆ぜろ!」は言い過ぎたかも、ね? でも、謝んない。


 わたしはまだ、恋愛SLGを攻略中。暁月優利とのハピエンに辿りつくまで――。

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