sideSTORY001:レトロゲーム

第58話 アーケイド・ゲーム

「門奈計磨……というのか、きみは」


 門奈計磨は、一言も発さなかった。敵地で、しかも手足は自由だが、個室に閉じ込められてしまえば、胸元に隠したアンプルをぶっ刺してやりたい気持ちに駆られたりもする。

 ハッカーもどきから、怒りのあまり、サーバ侵入してデータをあさっていたら、「シーサイト」から警告が来て、来たくもない日本に呼び出されたところである。



「まさか、ハッカーαが、本社の脳医者だとはね。目的は?」



 無視をしたら、殴られた。ありがちなパターンである。だが、絶対にユハスのことは喋るつもりはない。誰が敵で、誰が味方か信じてなどいないからだ。


 門奈は口に溜まった血を吐きつけた。いらっとした監理人が掴みかかったところで、テーブルの突起に触れて、嫌なガチャガチャ音。


 ドアが開いた。


「宮辺課長」

「やってるねえ……どれ、わたしが代わろう」


 のっそりとしたおっさんが現れた。それが、宮辺俊徳……後の上司のであり、門奈計磨の父親に近しい存在になる、ゲーマー界のドンだった。


 は、今よりはやせていた。何分、十年前の話である。

 門奈計磨、26歳。何でもできると高をくくっていた、ドイツ帝国はzuxiメンスの軍部医者から、普通の医者へと異動したばかりだった。





「おやおや、随分と怖い眼をするねえ、ふむふむ、名前はモンナカズマロ……日本産まれかい」


 ――つまらない陽動作戦だと思いながら、しれっと「母親が国籍のないエージェントです」とやんわり嘘をついた。宮辺俊徳は「ふむふむ」と頷きながら、「両親は日本人だな」とおっさん色の笑顔を向ける。


「きみの使っていたハッカーの乱数は、なかなか面白いねえ。医療従事者なら思いつく数式だ。まるで治療薬のように、美しくクラッシュする。だが、才能の無駄遣いだよ」


「課長! こいつはシーサイトの警告を書き換えて……!」


「いいから」と宮辺俊徳は社員を牽制すると、門奈計磨に向き合った。


「一つ、我が社のゲームをやってみないか」

「ゲームですか。俺は、医者なので興味はないですよ」


 冷たくあしらうと、宮辺俊徳はぱあっと笑った。化粧しているのかと思うくらい、頬を紅潮させている。


「相手がいないんだ。せっかく遊べるのに、独りでは動かせないんだよ。きみとゲームできたら楽しいだろうと思って、やってきたのに。このゲームは、わたしが発案したソフトが入っててねえ……」


 なんだ、このおっさん。


「……わかりました。でも、俺は何も話しませんよ? で、何のゲームですか? 医者の俺に心理作戦は無意味ですよ?」


 宮辺俊徳は「そうだなあ」と考えて、傍に居た社員に「動くかね」と少し遠くのテーブルゲームを指して、尋ねた。


 大きなテーブルの中央に画面を据えて、対角で交互に動かすらしい。時代錯誤のレトロゲームだ、くだらない。


「動くか、では、それにしよう。コインをそうだな、ありったけ」


 ――ゲームがしたいだけか? 疑う門奈計磨に宮辺俊徳は「さあ、勝負だ」と少年のような笑顔を向けた。


 取り調べのような真似事よりはいいだろうと、門奈は腰を浮かせる。殴られた頬がズキズキと重く痛む。軽度の殴打、おそらく腫れる。神経には触れていないが、口の中を切っているから、沁みるだろうな。



「きみ、そっちね」


 昼下がりのぽかぽかした陽気が窓から忍び寄った。門奈計磨は黙って小さな椅子に座る。手前には、大きなでっぱりのようなコントローラーと、ボタンが三つ。


「では、始めよう」

「……何も、話しませんから。Zuxiメンスの本社の人間ですよ。俺は。キャッスルフロンティアKKなど、小さなプレートのひとつでしょ」


「確かにね。……ヒコマロくん、スタートボタンを押してくれ」


 古風な。嫌気が射してきた。そろそろ、本社へ戻れるように、システムでもいじくろうかと思ったところで、大音量でゲーム音が鳴り出した。

 ピコピコピコピコ……宇宙人のようなアイコンがたくさん出て来た。


「これを消せばいいんですか。医者に何をやらせるんだ」

「医者が何をやらかしたんだ、だろう。確かにプレートの一つかも知れない。だが、その小さい中に、可能性があるとは思わないのか? 医者なのに」

「医者だから、可能性はないと言い切ってるんです」


 同じ画面で、対極になって、敵を消し合う。はっと気が付くと、宮辺俊徳は一行を消していて、門奈計磨のほうに、一行が増えて来た。


「そら、どんどん消すぞ。喋っていると、増えて終わるぞ、ヒコマロくん」

「俺の名前、違います」


 喋っている合間に、また消されて、どどんと敵を増やされた。しかし、思ったように動かない。タップで慣れている手が、ボタンの感触に慣れようとしない。


「そら、そら、そら」

「なんだと……? すいません、ハンドル重すぎて……」


 結局ガチャガチャやっているうちに、負けた。俯いて屈辱を噛み締めて、門奈計磨は人指し指を出した。


「もう一回お願いします」



***


 手元のコインは半分に減っていた。単純なゲームだ。思想回路を読めば……しかし単純故に、策略も無意味だ。動きに慣れようとしたが、目が滑る。はあはあ言っているくせに、宮辺俊徳は手元を狂わせず、コンスタントに消してくる。


「また、勝ちだな」

「おかしい……! 俺が負けるはずがない!」


「このゲームはアーケードゲームと言って、とうに社会から消えたゲームなんだよ」

「アーケード? 社会に置いてあったんですか? こんな邪魔なゲームが」

 宮辺俊徳は手元を止めず、またちゃりん、と昔の硬貨を入れて、延長し続けた。

「父の代だったかな、祖父かな。昔はこのテーブルがずらっと並んでいて、ゲームは大人の息抜きだった。いつだって、ゲームは娯楽だったんだ。命を懸けてやるものではない。お、上手くなったな」

 やっと一行を返せて、ほっと一安堵。門奈計磨は手を止めずに、夢中でガチャガチャ音を立てるレトロゲームを操作していた。


 単純明快だからこそ、勝てないことが悔しい。ユハスだってそう言うだろう。それとも、こんなゲームなんて指数乱数を解読すれば、とか御託を並べるか?


 どんなに考えても、タイミングは変わらない。なのに、手がぶれる。

 すると、正確さが上の宮辺俊徳の消した分が伸し掛かる。


「……慣れて来た、ここからだ」


 無償にわくわくした。何もかもを忘れて、レトロゲームを操作する。ただ、たくさんの敵を操作して消すゲーム。それは、患者の中の遺伝子を書き換える治療とよく似ている。


 決して、医療をゲームだなどと言うつもりはない。


『ゲームは娯楽だったんだ。命を懸けてやるものではない』

 宮辺俊徳はなぜ、そんなことを告げたのだろう。



「ああ、負けたよ」宮辺俊徳と、何十戦も戦って、ようやくの言葉を聞いたところで、窓から見える月に気が付いた。無償に、空しさと、やるせなさが沸き上がる。

 疲れがどっと出て来て、頬を濡らした。


「ゲーム、面白いだろう。きみが探していたユハスも、このゲームが好きでね。人は基本に還っていいと思うんだ」


 何か凶悪な言葉があったわけでもない。策略など、このゲームには無意味だ。それは無償の愛に近く、門奈計磨は、訓練の果てに少しだけ身に付いた感覚超越力を思い出していた。


「ユハスは、どうして死んだのか……知りたかった……俺、まだ信じられなかったんです……」


 宮辺俊徳は、うんうん、と笑顔で頷いて、それだけだった。もし、宮辺俊徳が聞き出そうとしたなら、このアンプルごとPC全部に撃ちこんでやるところだったが、門奈はその夜、宮辺俊徳と初めてラーメンを食べた。温かくて、美味しくて、そして夜を歩いて、また会社に戻って来た。


 奇妙な男だ。エントランスホールを一人の女性が駆けて来た。ボブカットのお姉さまタイプ。狐を思わせる華奢でも、肉付きは良さそうだ。


「あたし、帰るわよ! 課長、いい加減に書類の山! 経理にどやされるから!」

「ああ、李咲くん。こちらはZuxiメンスの……テクニカルサポートの出向社員だ」

 平然と嘘をついて「あたし、デートなの、またね」と冷たく去った部下を眺めた。


「冷たい子だろう。けど、管理職の適正はピカ一だから、上司として、安心していい」

「――は?」


「zuxiメンスのほうには話を通しておこう。社員証も、まもなく出来上がる。ああ、きみは今まで通り、zuxiメンス社員と名乗っていいさ。こちらにも籍を持てばいいのだから」


 何を言っているんだ、と言いたいを堪えていると、「ハッカーの技術は見事だった」とお褒めの言葉。大丈夫なのか、この会社。ハッカー誉めてどうすんだ、この親父は。



 ――親父に似ている、な……。



 門奈計磨はどこかに消えた父親を思い起こす。そんな門奈計磨に、宮辺俊徳は一言


「ゲーム、好きだろう? 社会も、何もかも、ゲームにしてしまうんだな、きみは」


と嘲笑うような、ゲーヲタのドンと謂わんばかりのドヤ顔を見せたのだった。



***



「門奈さん、これ、動きそうにないですけど!」


 暁月優利が当時のゲームに興味なんか示すから、追想などを始めてしまった様子である。


「それな、コインがないと、動かないんだ。ガチャガチャやってれば、コインが来る」

「なんすか、それ」


 VRに長時間滞在可能、VR酔いすらしやしない。初の対戦では本気にさせるほどの何かを持つ新入社員暁月優利。無邪気で、それでいて、普通で、無双できる勇者TYPEというより、戦場の端っこの隠れ宝箱を見つける能力だけが有り難いシーフジョブ。

 しかし、まだまだ計り知れない何かがある。


「こうかな。これ、レバーなんすね。固っ……そしてなんだかガチャガチャうるさい」


「おお、そのゲームをやりたいのかね。そのゲームはわたしが……」

「え? 部長、このゲーム作ったんですか!」



 ――コインと、宮辺俊徳がいそいそ来る。と言えば良かったかな。


 また宮辺俊徳は独りの青年の心を掴むのだろう。この、レトロなアーケイド・ゲームで。昔懐かしい風を、門奈計磨は感じるのだった――。


******************


第一部本編は57話で終わりましたが、ここからは2/7までサイドストーリーを少々挟んでみたいと思います。


読者選考中です。

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