sideSTORY003:サバイバルゲーム・格闘ゲーム

60話目 VRサバイバルゲーム、総じてSSG《サバイバル・シチュエーション・ゲーム》

  キャッスルフロンティアKKの本社には、トレーニングルームがある。映像トレーニングや、VRのためのモーションキャプチャーのためには筋力をつけねばならず、数名がストレッチをしたり、バランスボールで平衡感覚を養ったり。

 サバイバルゲームの開発などに、反射神経は必須だ。


 堂園誠士は元、サバイバルゲーム(サバゲ―)のチームの一員だったが、突然新開発のゲームに参加しろとお達しが来た。


「なんで俺が!」


 数日後に迫る、VRゲーム用のPRモーションキャプチャーをやれとは、上司門奈計磨の命令だ。


「きみの身体能力くらい、動くキャラだから。ヴァーチュアス・ゴドレス・オンラインという新しい企画なんだけど」


「それ、VRのディストピア系のゲームじゃないすか。俺、ディストピアは嫌いなんで」


 バイ、と話を切り上げようとしたが、門奈計磨は「そう」と笑顔になった。


「では、我が社はきみの訴訟を考えることになるが致し方ありません」

「きったねーな!」


 いや、汚いのは俺。思い出して、堂園は口を噤んだ。夢中になり過ぎて、ゲームシステムの知識があるを良いことに、寝ている間に楽が出来るサブシステムを思い付いた。思いついたら作りたくなった。

 フルオートだが、数倍の速度でパラメータや、ガチャの素数を瞬時に読み取る。すると、いい眼が出て、スーパーレアや、法具トリプルAが当たるから、あっという間にユーザー一位。エンジニアの実力はこんなものじゃない。もっと運営を驚かせてやろう――。


 総じて、世間ではそれをツーラーと呼ぶ。特殊ツールとゲーム会社の闘いはおそらく千日戦争に匹敵するだろう。

 堂園誠士はアカウントを凍結され、呼び出しを食らった。ハイテクノロジー犯罪として登録されると聞いたところで、身元人がいないことが問題になった。

 結果、キャッスルフロンティアKKが観察を引き受ける傍ら、社員としてやり直すことで、免除になったわけだが。


 19歳。自由にやり過ぎた。


「堂園、きみは本来はテクノロジー犯罪者として、管理される運命だというのを忘れ……」

「忘れてねーから。……何? 何やりゃいいんだよ」


 ***


 動きにくい。モーションキャプチャー用のバンドにはマーカーと呼ばれる光彩読み取り装置も、サーモの感知器もない。しかし、固定されているので、動きにくい。


 その上、何やらでかいモニター前に立たされた。


「――起動してみるか。堂園、何かアクションして」


 数名の研究者の前で、中指を立ててやった。問題なく画面が動く。「ふむ、自動起動は問題なし」「では、敵をやっつけてみろ」ばかげた課題に「りょーかい」と手を振って、構えを取る。


 堂園誠士、趣味はゲーム、ゲーセン巡り、ゲーセン破りとも言われるリズムゲームマニアでもある。リズゲーもまた、一世を風靡しやすい。堂園が好むのは、体感でVRドラムをたたき、高得点を出す「VRdrummer」というゲームだ。このゲームはどうやらリズミカルに動き、リズムを生み出すことで、excellent!を貯め、そのまま敵への攻撃になる類と見た。


 しかし、画像では堂園ではないヴィジュアルのキャラが必殺技を繰り出している。


「……素晴らしい反射神経ですね。こんなに動けるのか」

「生きがいいでしょ」と自慢げなロングヘアは、女ボス大河内李咲だ。ちょっとタイプではある。


「充分なデータが取れそうね。……門奈計磨、他のキャラと戦わせてみて」

 門奈は騎士よろしく頷くと、なんと自分がモーションキャプチャーのバンドを付け始めた。


「では、俺が」

「あんた、自分が遊びたいの、バレてるわよ」


 ――面白い。俺は、こいつを叩きのめせるわけか。第一に、俺は医者が嫌いなんだよ。


 ――FIGHT!


 瞬間に懐に飛び込んだが、門奈計磨の動きは水のように流されていく。

「悪いが、少々本気で行くよ」と医者の白衣を脱ぎ棄て、門奈計磨はちょいちょいと挑発した。最初の鋭い拳はうまく入ったが、門奈計磨の動きは幻影のようで、つかみどころがない。重い技を繰り出す堂園誠士とは相性が悪すぎた。


「……必殺技の、エフェクトが弱いわ、手ぬるい。もっと上げて」


 画面の動きに、舞い上がる炎と、砂埃が加わる。門奈は立ち止まると、手を高く上げた。画像では完全に水柱に呑まれ、ライフを示すゲージが大幅に減る。

 それに、攻撃を受けたバンド部分が、僅かに反応する。すると、動きにくくなり、応戦一方になってしまう。

 門奈計磨の闘いかたはともかく腹立たしい。堂園はとうとう怒鳴り始めてしまった。


「――この、スカした医者もどきがぁっ! ゲーム運営潰したツーラーなめんじゃねえぞ!」

「――バカ野郎! おまえのせいで、大損なんだよ!」


 一気に周辺が歪み、堂園は、息を呑む間もなく、吹っ飛ばされた。いや、現実では門奈計磨は振りをしただけが、本当に四肢をもって行かれた疑似感覚が足に走る。

 運営を怒らせるもんじゃねえな、と堂園はひっくり返ったまま、水柱に撃たれた心地で、歪んだ天井を見上げていた。


「……まだ、しびれるか?」

 はっと気が付くと、医者の顔に戻った門奈計磨が覗きこんでいるに気が付いた。


「――最後の、なんだったんだ」


 門奈計磨は立ち上がると、元通りに白衣を着こむ。


「感覚超越……VRの応用だ。きみは感覚が鋭い。だが、いいプロモーション画像が取れた。このままこのキャプチャデータは流用しよう。いくつかのパターンも欲しいところだが、きみはVR警備向きだな」


 ――あ、そういうのたりーんで。断ろうとしたが、先ほどのVR格闘ゲームに魅了されてしまって、引き下がるも惜しくなった。


「俺でいいなら、virtual・reality、やってもいいけど」

「そうだな。それで損させられた分もチャラになりそうだ。何しろVR産業は売れるし、俺としても興味深い」

「医者だよな? それ、コスプレ?」


 聞いたところ、門奈計磨は「コスだな」と告げた。今頃云うが、大嘘つきの悪徳医者。でも、ツーラーでいつ運営に見つかるか冷や冷やしながら崖っぷちで走るよりは、いい。


「さっきの、面白かったから」


 この時の堂園誠士は少年だったと、のちに門奈計磨の笑いのネタにされる未来など、視えようもない。


 ――こうして、堂園誠士はシーサイトの一員になったが、業務は変わっていた。むしろ夜に集中するサーバー攻撃の撃退が任務である。




「堂園さま、来ますわよ」

「どうする? あたしらが出ようか?」


 双子の戦士二人を引き連れた、夜な夜なのハッカー狩りは多忙を極めた。それでも、モーションキャプチャーそのものの世界を駆けまわるのは楽しかった。

 キャシーとジェミーも強いので、格闘PTとしては申し分ない。その上、門奈計磨が加わり、治癒やサポートを寄越す。


 ゲームなんかよりずっとずっと、生きている感覚がする。


 堂園誠士は生き甲斐という言葉を噛み締めた。家に帰れば、温かいご飯がある。そんな日はなかった。だから、なんでも「タバスコ」を掛けるような味覚になったが、それを文句言うやつもいない。

 孤独に慣れて、麻痺してゲーム破りをしては、ゲーム運営会社を潰してきた。しかし、キャッスルフロンティアKKだけは、そんな莫迦でも何かできるのだと見抜いたのかも知れない。


 そんなら、働く。それだけの話だ。キャッスルフロンティアKKがどうだとか、門奈計磨の素性がどうだとか。一切興味はない。流儀を尽くす、それだけだったのに。



****



 ある日、門奈計磨が新入社員が決まったと、告げた。ハッカーβ……どうしてβなのだろう。聞けないまま、VR実装テストθ。ゲーミングPCから移設するための、VRの技術や、リモートビジネスの構築も、行われ始めた頃だ。


「は? そいつ、使えるのかよ」


「VGOにほぼ半月ほどの時間。ツーラーかと思ったら、生身の人間だ。運営のタイム警告も、休憩しましょうも無視して、ずっとアクションバーを握りしめていて、なおかつ、普通に生活している」

「半日だと?」


 VGOはかつて体験したが、堂園誠士は精々一日要られればよかった。強烈なVR酔いに加え、VGOは奥深さが漂っていて、これ以上は進みたくないと思わせた。

「そいつ、狂ってんな。――どんなヤツ?」


 VRの射撃場で、キャシーたちを監督しながら、堂園誠士は尋ねた。


「極度のゲーム依存症の重篤患者ゲーヲタ


 ゲーヲタ、の言葉に医者らしさを滲ませながら、門奈計磨はせせら笑った。


感覚超越者ヴァーチュアスだ。彼のログを見てみると、ブレがない。まるでツールだ。感情に乏しいのかと勝負を仕掛けてみたが、なかなかに熱い。クラックが無ければ、俺が勝った」


「運営が本気でユーザー叩くなよ。……シーサイトも人数が増えて来たな」


 キャシーたちの加入に、続いてよくわからない兄弟、それに星座の名前を模した戦闘員を増やすと聞いた。


「それほど、ハッカーβってやばいのか」

「――国家プロジェクトに牙を剥いているから。狙いはここのVR世界を破壊することなのか、何一つ、わからんが、高度な技術インセプションを持っている」


 話の途中で気にかかった。β、というなら、αもいるはずだと。しかし、何故かこの時、堂園誠士は門奈計磨に問うことは出来なかった。





 タイミングを逃した好機は、VRの中に埋もれて行く。


 謎解きは好きじゃないんだ。俺は俺として、戦えればいい。例えVRの中で脳の死を迎えても、最後の一瞬まで堂園誠士を忘れないだろう。

 世界の要、VRキャプチャーを担っていたアーサーが死すと、外観はあっけなく崩れ去った。

 有能な、感覚超越者こそが、VRの世界を支えている。


「――行くか」

「門奈さん、あいつは? 新入社員の暁月」


 門奈計磨は、お決まりの銃を背中に担いだまま、無言になって、ただ、押し寄せる水平の焔を見詰めている。


「――帰れと言った。俺は、彼女を利用してまでも死ぬ人間の奇跡と、脳データが欲しかったのでね……胡桃ちゃんは特殊だから、どうしても……」


 こんな門奈計磨は初めて見る。やめてくれ。そんな弱いあんたは観たくない。

 堂園は「ゲーヲタの怖さわかってねーな」と呟いた。

 暁月優利のことだから、きっと、現れる。多分、ゲーヲタってのは、だろうし、探しに行く。承認欲求とは違う、またそれも、正しい欲求だ。


「命がどうのこうのより、ゲームが始まれば、骨の髄まで満足するまで最後までやり遂げる。オウムをこんがり焼かれたんだ。可愛がっていたのにな……」


 ヨロヨロ出て来た無残なオウムは思い出したくない。加熱するサーバの中に飛び込んで、システムを繋げて戻ろうとしたのだろう。

 しかし、圧に負けて、羽を焼かれた。それでも、子供のオウムはよろよろと外に出て、主人を探そうと飛ぼうとした。


「きみもお人よしだな。あれ、PAIだろ」

「――うっせ。俺のPAIなんか三日で消えたのに。……門奈計磨、元気だせ」


 門奈は驚いたような顔になった。格闘ゲーム上等、サバゲ―上等、リズムゲーム上等。


 ――暁月優利は、きっとくる。来られずにはいられないだろう。


 爆風をやけにリアルに頬に感じながら、堂園誠士は告げた。


「ゲーヲタ舐めんな。ゲーヲタは、一度始めたゲームはとことんやりつくす。差し伸べた手は、最後まで差し出すから、ゲーヲタなんだよ」


 あんたの手、掴んだぜ。やっと勝てた気がしたが、多分それは幻覚だろう。

 サバイバルの中の、ほんの気迷いだ。そんくらいが丁度いい。

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