第11話 他人の可視化、広がるVR世界とは
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『ヒロ―っ!』
先日と同じ、初台までのあまりに不自然な電車の空き具合をいぶかしみながら、キャッスルフロンティアKKの自社ビルまで辿り着くと、受付に座っていた高遠笑巳子が席を立って、走り寄って来た。本当は
「ああ、高遠さん」
『違う。次に会う時は、エミって呼んでって言ったわよね。あ、水割り、つめしぼ?』
――たしか、おやっさんの奥さんがモデルだと聞いた。
水商売モードのアンドロイドに苦笑いしつつ、暁月優利と書かれたネームプレートを受け取る。
まだ、夢心地ではあるのだが、奇妙な話、モナに
また、
手首につけられた細いブレスがぴっと音を立てた。
『暁月優利さん、
「いや、まだAフロアだけだよ、高遠ちゃん。いくら気に入ったからって全部の許可は困るな」
いつもの黒スーツに緩めたネクタイの門奈計磨が降りて来て、まっすぐに優利を見た。
「門奈計磨さん!」
「社会人経験、ゼロだろ。挨拶は?」
言われて慌てて頭を下げたが、「話は
聞いたら、タイデン体質だと答えが還って来た。
「門奈さん」
「俺は主任だよ。でも、計磨さんでいい、暁月優利……暁月は呼びにくいな、優利くん? いや、ヒロでいいか」
「はい。よろしくお願いします」
開いたドアから、ゆるい紫煙がくねっているのが見える。しかしどうやら煙草ではなく、ミントに近い香りがした。
「――また、最下層で蠢いているのか」
ヴァーチュアス・ゴドレス・オンラインの
「俺は、ずっとあの天上面にいたわけだが、負けた憶えはなかった。あの時、何か異常があったんだ。フリックではなかった。脳に激しい衝撃がして、思わずHMDをはぎ取った。ほんの数秒で、きみの兇刃が俺を真っ二つにした」
あの、フリック現象だ。あんなにはっきりと世界が揺らいだなら、門奈計磨自身だって打撃を受けたは想像に容易い。
再度エミに計測をしてもらい、数値が許容範囲に下がったのを確認すると、門奈と一緒に面接では来られなかったエントランスへと向かう。
「あのアンドロイド、またバグっていましたよ。俺、お水の接客されました」
「いや、おやっさんは元々キャバクラで奥さん見つけたらしいから」
納得。
施設の中は、まるでスケルトンのテーマパークのようだった。まず、吹き抜けの天井には、遮光ガラスが何十枚と埋め込まれ、壁にははっきりとケーブルの数々が模様のように彩りをくわえている。その上で、興味を持ったのは中央の大きな
「このビルには、およそ3000人の労働者がいる。脳テクノロジーの研究室、ホログラフィ実験施設、PJ遠隔コミュニケーション、VRアバターコミュニティ研究、virtual・realityタイムマシンに壁型シアターの販売促進課、そして、ヴァーチュアス・ゴドレス・オンライン開発推進チーム、ねこやしきKK,我が社、キャッスルフロンティアKKに
エレベーターの中に浮かび上がった会社名や組織名を見ながら、門奈計磨は説明を続けた。
「きみが所属するのは、
ドリンクのタダ貰いは嬉しい。会社自体がまるでVRゲームのように、あちらこちらにARが組み込まれているものだから、視線がついつい踊りそうになる。
「視線が定まらない」
「――にしては、きみはプロの視線運びをしている。VR……VGOはどのくらいプレイした?」
「あ、もう三年になります。一日の大半、VGOにいます」
「異常は? 例えば、眠れないとか、吐き気が止まらないとか、三半規管の疲労が抜けないとか、ああ、目が痛むとか、片頭痛に悩まされているとか……鬱になったとか」
「ないですね」
門奈計磨は「ないの?」と少しばかり驚き、考え込んだ。合間に、エレベーターは29階で停止し、ドアが開いた。歪曲したドアの向こうは、ただの空間だ。「きみのHMDだ」と渡されたHMDを被ると、そこは無人のオフィスだった。
「このフロアはVR研究施設になっていて、HMDを付けないと、作業ができない。手前にパネルが見えますか」
ふと見ると、手のひらあたりに、パネルが浮かんでいる。「ボタンが並んでいます」「どれでもいいよ、押してみて」言われて右側のキーに触れた。
一瞬で草原になった。風が吹き、地平線のどこまでも息が吸えそうな。包の前には、ラクダのような動物が停まっている。
砂漠の砂の香りに、遠くからキャラバンたちの足音まで。
「俺、砂漠にいるんですけど……どういうことですか?」
門奈計磨のせせら笑いが遠くから聞こえる。
「没入型VRMMOのテクノロジーを昇華させたものだよ。では、左側のキーを押してくれるか。俺と並んで歩けるようになる」
言われた通りに押してみた。脳波が強くなった気がする。目を開くと、「よ」と門奈計磨の姿が視界に飛び込んだ。
嘘だ、ありえない。VRに一緒に存在するなんて。だが、目の前、VRの視界に、門奈計磨の姿は確かにある。
「ボリュームレンダリングという技術だ。VRの欠点は、リアルタイムで作業ができないことにあったが、この研究で、視覚アルゴリズムを正確に扱えるようになり、他人の可視化が可能となった。ヴァーチュアス・ゴドレス・オンラインの多人数集合RPGはそのモデルケース。訓練次第で、もっとたくさんの人間が見えるようになるが、俺が見えれば上出来だよ」
静かにVR画面が遠ざかり、HMDを両手で外すと、元の無人の部屋に戻った。
「んっとにVR酔いしないんだな。俺は酔い止め打ってるくらいなのに」
ぶつくさいいながら、足を会議室の奥に向ける。
「俺の仲間に会わせよう。キャッスルフロンティアKK、VR実践課、シーサイトプロジェクトチーム。これからチームとなる面々だ。みな、楽しみにしていたみたいだから何しろうち、ブラックだからな」
言葉は嬉しかった。だが、優利に不安もまた生まれる。そんなに期待して貰って、もし、業務ができなかった時の失望が怖い。買いかぶりだ。そもそも、特技はなし。ゲームが好きで、思考が飛ぶ。
――そんな自分の居場所になれるのだろうか。
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