夏の風物詩
真田 とら
その鳴き声
愛情とは何か、じっくりと考えたことはない。ただ、最近になって思う。その裏側にはいつも憎しみが潜んでいる、と。
エアコンの効いた涼しい部屋でグラスが汗をかいている。窓から見える景色の一寸先は陽炎。外に行かなくともわかる。全身にこべりつくような湿気と熱気。午後の予定をキャンセルしてしまいたいとすら思う。
耳をすませてみる。
何台も行き交う車のエンジン音と、それにかき消されまいと叫び続ける蝉の声が聞こえた。
ミーンミン、ミンミン
ミーンミン、ミンミン
夏の風物詩。風鈴の音色や花火の轟音も夏の訪れを感じさせる。ただ、最近はうるさいと苦情が入ることもあるらしい。悩ましいことだ。しかし、夏の暑さは怒りの熱さとよく似ていると思う。
グラスの汗がひんやりと手の平を潤してくれる。ズズズ、とストローでアイスコーヒーを吸い上げ尽くし喉も潤った。床に転がったままのメモ帳を拾い上げ、ペンはどこだったかと目線をさまよわせる。ペン先がむき出しになっているペンが机の下に落ちていた。はて、私は何を書いていたんだろう?まっさらなメモ帳に黒い線を引き始める。グラスの汗が伝う手の平のせいで、ペン先の空間がぐにゃんと曲がり始めた。お構いなく。私は線を引き続ける。細い線、太い線、黒い丸、まだらな模様。時々手を止めつつ思い返しながらじっくりと。
渾身の一作だ。
誰に自慢するでもなく、それを高々と持ち上げる。窓から入り込む日差しにほんの少し目を細めた。
ミーンミン、ミンミン
ミーンミン、ミンミン
叫び声に合わせてメモ帳を小刻みに揺らす。手の中にあるのは、私が生み出した夏の風物詩。木にしっかりと足を引っかけ、まるでビーズのようなまん丸の黒い瞳には何が映っているだろう。雌を求めて叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。室内の蝉は確かに雌を求めていた。
指で真ん中から切れ目を作る。そのままゆっくりと真下におろせば、求愛中の蝉は虚空に消える。煩わしいほどの叫び声も今は遠くに聞こえるだけ。二つになったそれをさらに細かくちぎってゴミ箱に降らせた。ヒラヒラ舞い散る桜の花びらのようで、「あぁ、春は良かったなぁ…」と、恋しく思うのだ。
夏の風物詩 真田 とら @Sanatora_1
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