第2話

今日の目覚めも最悪だった、朝から2ヶ月前に配属になった先の相棒、裏生尚一郎に電話で呼び起こされた。こんなことだから携帯(特にスマホ)は持ちたくなかった。規制のテープに近づいていくと毎度のことだが、警備の奴らに止められた、まあ仕方がない俺を止めなきゃ誰を止めると言うような出で立ちである、妻は丁寧にしてくれるのだが気に入ったものしか着ないせいで垢のついたズボンとジャケット、と茶色いコート、シワの目立つ顔にボサボサの髪、酔っ払いや浮浪者に間違えられても文句は言えない。しかしこちらにも言い分がある。5時に起こされてまだ新聞も来ていない中急いで出てきたのだ、仕方がないだろう、言い訳も面倒で帰ろうかと思った。そこへヒョロッとした裏生が通りかかる、いいところに来た。

「おい、裏生、裏生」

「あっ、肘本さん、そろそろ来る頃だと思ったら案のじょうこれだ」

まったくこいつはいつもそうだが、人に対する配慮が足りない、

「いいからさっさと通せ」

「警察手帳あるでしょう」

とブツブツ言いながらどうしようもなく諦め顔で警備の奴に声を掛けてテープを開けさせた裏生は俺の横に並んで事件の概要について話し始める。

「害者は、おそらくこの学校に通う生徒です」

「誰かに確認させたのか」

「いや、それができないんです」

それで理解する、門を入るとすぐの中庭がビニールシートで隠されているどうやらこの「コの字型」の校舎が現場のようだ、しかしおかしい

「飛び降りだろ、どうしてこれだけの奴がいるんだ」

得意げに鼻の穴を広げて答えを発表しようとする、それがこいつの癖だ。若い頃だったら蹴りをいれたくなるような憎たらしい顔だ。

「ええ、最初はそう思われました、しかし、害者は何一つ身につけておらず全裸で発見されました、それにスマホや財布など身分を示すものを何一つ持っていなかったんです」

「そうか…」

こういう奴は驚く顔をすると図に乗るから普段から顔に出さないようにしている。

「じゃあ、害者の身元を示すものは何も無いわけか」

ええ、と同意を示すようにして悔しそうに下唇を噛んでいる、若いなと改めて実感した。現場を隠したブルーシートを潜ると数人が挨拶してきたしかし皆忙しく動いており粛々と自分の作業を進めていく。

それにしてもいい中庭だった縦長で端にはそれぞれバスケットボールのリングが置いてある、さすが進学校と謳うだけはある。

「あの奥にあるのがご遺体です」

その一番奥の方を指し示す、ブルーシートをめくってご遺体を確認し、手を合わせ合掌する、その遺体は、40年近い刑事歴でも上位を争うほど酷いものだった。血が固まって胸にはいくつもの刺し傷がわかり、落下したのは間違いなく顔は識別でき無いほどだ。

「す、すみません」

裏生が慌ててブルーシートの外に駆け出ていく、しかしこの状況では若い奴には無理だろう。できれば俺も離れたいこれではいくら親しくとも見分けはつかないだろう。

「皆さん集まってください 」

「コの字型」の末端の部分から1人の刑事が校舎に入るよう促す、「コの字型」の縦に長い一階の廊下でどうも右は職員室のようだ。

「害者の身元が判明しました、この伊予学園西伊予高校の生徒、2年4組横山飛鳥でほぼ間違い無いと思われます」

どうやって確認したんでしょうか、と当然な疑問が若手から出てくる、しかしそれも想定内だったようだ。

「ええ、実は屋上で鑑識により遺書が発見され、家に連絡を入れても昨夜から行方が知れないとのことでした」

ざわめきが起こった辻褄が合わないのだ、まあ簡単な事ではある、遺書を偽装すれば良いのだ。早速それが言われた。騒然とした状況は続く。

「落ち着いてください、それを調べるのが我々の仕事でしょう」

吹き出したくなるようなド正論だった。

「早速ですがここで一時的な分担をします…」

何かがおかしい、刑事の勘がそれを知らせにくる。

「肘本さん、肘本さん行きますよ」

「あ、ああ俺たちは」

いつのまにかあたりの刑事は何処にそそくさと移動していた。裏生がバカにしたような目で見てくる、やっぱりこいつは、

「俺たちは2年4組の事情聴取ですよ」

生徒のいない学校に空チャイムが鳴り響く。第二校舎の大会議室を仕切って事情聴取は始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

青い学校 予州松山 @YOSHUUsyouzan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ