要救出少女~同人戦記~

低迷アクション

第1話 要救出少女

要救出少女


 

不快な感覚が鼻、目、耳、口といった外と繋がる全ての器官を通じて体内に侵入してくる。少女はそれが自身を死に追いやるものと理解している。ここは底なしの沼地。足につけられた重りは外せそうにない。


最も、外して陸地に上がったところで、上にいる連中は同じ手順をもう一度繰り返すだろう。一瞬で死ねたらどんなに楽か?・・・


彼女は考える。既に視界は黒一色。濁った水が体の中まで入ってきている。この苦しみは今まで感じた事もない。いや、感じる事もなかった。何故?考えたい事はたくさんある。だが、今はそれよりも


「死にたい。」


その感情だけが支配している。この無限ともいえる痛みから解放されたい。何でも良い。これを終わりにして!誰でも良い。


早く。早く。早く。早く!


声にならない悲鳴は、逃げる事のできない暗闇の中で永遠に続く。ふいに腕に何かが触れる。柔らかく長い紐のようなもの…手で握ってみる。


それは彼女の手の中で膨れあがり、やがて体全体を覆っていく。良くないものだという感覚があるし、理解もしている。だが、今更それも気にはならない。


この苦しみから抜け出せるのなら。少女は笑ってみる


(きちんと笑っていられるか、自信はなかったが・・・)


その体は上へ上へと、地上を目指し、浮上していった・・・

 



 「こちら、ボストーク6、拘束した‘同人’連中を護送中だったが、問題が発生した・・・」


スカル・トルーパースーツに仕込まれた通信端末を操作しながら、右﨑は後方を窺う。

そこには3時間前に“共闘”した“同人の兵隊”と、それを先導する同僚のトルーパーが続く。


“狂うJAPAN”の影響化、何でもありの世界などと言った方が早いかもしれないが、とにもかくにも、そんな漫画的要素の連中が現実化した世界の


“国境”警備を担当させられた自分達の部隊は壊滅した・・・


指揮官である隊長と同調した部下数名による虐殺行為・・・それに反対する形となった

右崎達に加勢したのは、皮肉にも敵であり、捕虜となっていた


“同人部隊”の兵士達だった。魔法や特殊能力、右﨑達の着ているスーツのような最先端技術、それらもろもろの特撮、漫画的要素を奪取するために潜入してきた傭兵部隊?


という事らしいが、その存在はかなり異質だ。最も、彼等が持つ戦闘能力と

粘り強さ(悪く言えばしつこさ)は右﨑も認める。現に虐殺部隊のほとんどを倒したのは彼等だ。兵士達の先頭を歩く男、


“同人”の指揮官サンダー軍曹がこちらの視線に気づいてか、軽い会釈を返す。

戦闘が終わり、同人以外の捕虜(街から逃げてきた逃亡者の一団)を逃がした軍曹は、

次の動きを気にする右﨑達に自身らの投降を提案してきた。


「逃亡者達を逃がす代わりの手間賃だと思ってくれると助かる。」


そう言って笑う軍曹の提案を、とりあえず呑む事にした。本部への説明、部隊の再編…

どっちにしろ、今後の対応には必ず彼等の存在が必要だ。


軍曹の部下達も抵抗する様子はない。とにかく事態を収拾せねば・・・冷静に調整を図ろうとする右﨑達に早くも問題が現れた・・・


 「こちらサンダー軍曹。副長、副長、応答しろ。」


軍曹が喋る旧式の通信機と手元に携えたAK突撃銃は、投降といっても武装の解除までは、行わなかった右﨑達の判断だ。数分前、“同人”の副指揮官と、元国境警備の隊員1名が

姿を消した。状況は不明だが武装を解除しなかった事が役に立ちそうだ。

軍曹に覆面の兵士が駆け寄る。


「隊長、バックファイアの野郎が見てたんですが、消える前に副長、頭にハチマキを巻いてたようです。」


「ハチマキ、まさかっ!?勝負ハチマキ?本当かバックファイア?」


軍曹が後ろを振り返り、M79榴弾発射器を背にかけた兵士を見る。頷く様子を確認し、

頭を抱える軍曹に声をかける。


「何か・・・わかったのか?」


右﨑の問いはあまり的確ではなかったらしい。とても言いにくいといった様子で軍曹が喋り始める。


「恐らくクールジャパン、狂うJAPANの兵隊さんなら、ご存じだと思うんですが、何というかウチの副長も女性、あれを女性というかは若干の不明ですが、で国境警備の女の子、霧流ちゃんと言いましたか?女の子同士が両方消えるとすると、考えられる可能性は・・・」  


「ハッキリしねぇな?どういうこった?」


いつの間にか右﨑の隣に並んだ同僚が先を促す。軍曹が続ける。


「いや、そうですね。なんといったら言いか・・・そうですね。いわゆる副長の奴ぁ、ソフトな百合的嗜好を持ってましてね?自分も詳しくはないでんすが・・・そう、めしべとめしべ?女の子二人で!時には複数でイチャイチャ?用は女の子同士の恋愛行為ですね!」


唖然とする2人のトルーパーの横で、ふいに茂みに座り込んだ巨漢の兵士(確かコワルスキーと呼ばれていた)が何かを拾いあげる。


「隊長・・・!」


短い声で軍曹を呼ぶ。彼の手には明らかに脱ぎ散らかしたと思われる女性物の衣類が掲げられていた。

 

 「野郎共。状況コードレッド(緊急事態)ウチの副長が、まだ色んな意味で幼い新芽に手を出しやがった。」


「隊長、生々しいですぜ。興奮しますけど・・・」


焦った軍曹の声に、興奮を隠せないと言った調子で覆面の兵士アスクが続く。彼の部下達も同様に頷く。


「よし、総員、邪な気持ちを一切取り払い、この脱いだ衣類をたどり一気に二人を確保するぞ。」

「サーイエッサー(全員)」


「その結果、二人が表現できない程の過激な感じだったとしても、我々は冷静に。そう冷静に!例え何も身につけていなくても、冷静に事態を“見”に集中し、状況を収拾する必要がある。」


「サーイエッサー(コワルスキー以外全員)」


「よーしいくぞー!フヘへへ。」


「サーイエッサー!フヘへへへ(コワルスキー&バックファイア以下略)」


「いや、ちょっと待て・・・」


異様なテンションで盛り上がる軍曹達を右﨑が制する。完全に流れを“同人”達に持っていかれそうだ。


「話はだいたいわかった・・・だが、俺達が止める必要あるのか?こんな事を言っては何だが、事が済むまで待ってから、声をかけても・・・」


冷静な右﨑の言葉に一瞬、虚をつかれたような表情でこちらを見る軍曹達。言葉を続けようとする右﨑の肩を同僚がポンと叩く。


「落ち着けよ。右﨑。考えてみろ?もし、ウチの霧流ちゃんにその気がなかったら、これは無理矢理という事になると思わないか?つまり、そうなると犯罪だ。国境を護る者としては、こういう事態は避けるべきだと思うんだよ。そう思わないか?決してそういう濡れ場を見たいわけじゃないんだよ。俺達は!!」


弾んだ同僚の声に軍曹達が激しく、とても激しく頷く。こちらに付く味方はいないようだ


(若干、コワルスキーはこちらにつきたそうな、表情をしている。)


何かこの、流れを変える言葉はないか?後が無くなり、黙り込む右﨑に同僚がとても遠慮がちな様子で声をかける。


「なぁ右﨑、こんな事言いたくないんだけど・・・もしかして右﨑って、その、なんというか・・・ホモ・・・?」


その言葉に続くように“同人”のメンバー達が訳知り顔+とても優しい顔でこちらに

ぬるい視線を向けてくる。ここまでのようだ。トルーパースーツの上からでも充分わかるくらいに大きく肩を竦ませ、ため息をつく。


「分かった・・・街に向かう前に二人を探そう。」


「サーイエッサー(コワルスキー、右﨑以外全員で)」


心得たとばかりに軍曹が銃を掲げて叫ぶ。


「よーし、全員の気持ちがそろったところで、捜索再開といこうぜ。続け!野郎共、やましい気持ちは一切抜きだ。ただ、もし銃のサイトについているガンカメラが誤作動して、ナニかが映ってしまっても、それを咎める権利はねぇ。」


兵隊達が喚声を上げる。そのまま走りだす軍曹の後ろを怒声やら、笑い声を上げ、彼の部下達、同僚が続く。景気づけに銃弾を発射する奴までいる始末だ。取り残された右﨑はのろのろと移動を開始しながら呟いた…


「こんなの絶対可笑しいぞ・・・」

 

 



「前方200メートル先に民家を確認。」


突撃銃のスコープを覗きながらコワルスキーが冷静に報告する。


「こんなところに村があるのか?」


応じる軍曹の表情は訝しげだ。一向が進んできた道はお世辞にも整備されているとは言えないようなものだった。


「廃村っていう所ですかね?その辺はおふたがたの方が詳しいんじゃぁ?」


首を傾げながら、話の矛先をアスクがむけてくる。右﨑にとっても初めての場所だった。所属柄、配属された時にここら一体の地形データは全て頭に入っている。そうでなくとも、彼が被っている骸骨マスク、トルーパースーツのGPS機能を使えば、


今現在自分達が何処にいるかをすぐに教えてくれる筈だ。


「少し、待て・・・」


つい数時間前に戦闘があったとはいえ、機能の方はイカれていない。数分でデータが弾き出される。


「・・・可笑しいな・・・ここに村はない。あるのは小さな丘と沼くらいのものだぞ?地形データも衛生画像にもそう映っている。」


その言葉に軍曹達が身を固くする。先程の浮かれ気分は微塵も見せない。


「とりあえず行ってみよう。同人!低速で前進。」


コワルスキー、バックファイア、アスクが銃を構え、慎重に進む。

その後ろに軍曹と2名の兵士が続く。それに習おうと歩を進める右﨑の肩を何かがそっと掴む。見れば同僚が静かに彼の動きを止めていた。


「どうした?・・・女の子2人の秘め事を覗きにいくんじゃなかったのか?廃村なんて、連中やお前にとっちゃぁ、おあつらえなシチュエーションだろ?」


右﨑としては精一杯考えた軽口を叩いたつもりだったが、同僚は答えない。相変わらずしっかりと右﨑の肩を掴んだままだ。見れば、その手が震えている。


「消えた村だ・・・」


「?・・・消えた村?」


訝しむ右﨑に同僚が続ける。


「もっと早く気づくべきだった。ここはヤバイ。理由は後で話す。とにかく、彼等を呼び戻そう。」

「一体・・・何の話だ?訳がわからんぞ?」


「いいか?狂うJAPAN以降、俺達もそうだが、ありとあらゆる漫画的要素が一緒くたに現実化した。変身ヒロインに特撮ヒーロー、超能力者、そしてそいつらが押し込められたこの街、この国境。だが現実化したのは俺達だけじゃない。わかるだろ?」


2人の会話を他所に、同人部隊の一番先頭を進むコワルスキーのブーツを冷たい水が包む。


(妙だな?村の手前に川でも流れているのか?)


そうでなければ先程見えた民家は

水の中に立っている事になる。ますます可笑しい。後方に続く味方を止めようと振り返った彼の足を何かが掴む。


抵抗する暇もなく水に中に引きずり込まれるコワルスキーの巨体。前方の異変にアスクとバックファイアが気づく。だが、すぐに二人とも同様に引きずり込まれる。


「野郎!」


叫び、自ら身を躍らせ、水に飛び込む軍曹。一瞬の出来事に取り残された二人の兵隊と

トルーパー達・・・


「一体・・・何が起こっているんだ?」


呟く右﨑の問いは不気味に淀めく水面にかき消された・・・

 



飛び込んできたのは、テレビでしか見た事がない外国の兵隊だった。少女は首を傾げる。いろんな人間がこの水に捕まり、引きずり込まれたが(先程は半裸の女の子が2人。)


兵隊というのは初めてかもしれない。続けて飛び込んできたのも2人の兵隊。

沈み、彼女達の住処に落ちていく3人を見送った視線のすぐ前に


もう一人の兵隊が飛び込んでくる。頭から突っ込んできたところを見て、

先の3人を助けにきたようだ。


(馬鹿な人ね・・・)


精一杯の哀れみの目で男を見つめる。

勿論、気づく筈もないが・・・ふいに男が顔面を上げこちらを見る。驚く少女を面白がるように


「にかっ」


と一瞬笑い、そのまま沈んでいく。


(見えている?・・・まさかね・・・)


体の隅々がうずいてきた。彼女達の主人が催促をしている。また嫌な時間が始まる・・・

彼女は目をつぶった。再び目を開けた時には、先程の思考はとうに停止し、

落ちていった4人の獲物を追いかけるように動き始めた・・・




「ひでぇところに来ちまったな。」


覚醒した視界に真っ先に飛び込んできたのは灰色の建築群と赤黒い空。ひっきりなしに聞こえてくる短い悲鳴のような騒音。仕上げは足元にちらばる肉片のようなもの…


「べとなむの方がまだマシだぜ・・・」


呟き、軍曹は装備を確認する。捜索対象となっていた女の子の一人、霧流が纏っていた

“武器娘なドレス”は無限に武器を収納、外に出す事ができる。


彼等が部隊を再編成できたのは、このドレスのおかげだ。最も、先程発見された衣類の中にはドレスも含まれていたから、補給はできないが・・・


「AK突撃銃の弾倉4本に45口径が3本、手投げ弾が3つにナイフ1本。まずまずってところか。」


どの銃器もまだ使える。一息つく彼の前に先程、眼前で消えた3人が走りよってくる。全員、装備品の方は無事のようだ。


「隊長、この村なんですが、色々可笑しいですぜ。」


水に湿った覆面で呼吸できるのか?そんな軍曹の疑問を全く無視で元気に喋るアスクが吠える。


「人っ子一人いねぇ上にどの家も水浸しか真っ赤かで、おまけに聞くに耐えない悲鳴みてぇなもんまで聞こえてくる訳でして。」


「状況はあまり良くないな。脱出ルートは?」


軍曹の問いに、コワルスキーが冷静に答える。


「普通なら救出ヘリを頼むところですが、状況はそうじゃない。水に呑み込まれて、沈んでいったのなら、ここは水の底という事になりますが、現に村と空があり水中でもないとすれば・・・」


「別世界、もしくは誰かが形成した固有結界的な空間に連れてこられたって訳か・・・?」


元空挺隊員の冷静な分析に舌を巻く軍曹。ふいにバックファイアが村の方角を指差す。

悪い前触れはいつも唐突だ。


白く濃い濃霧が彼等を包み込むように静かに這うように

周りに立ちこめる。その霧の中にチラホラと人影が立ち始める。


「前方50メートル、濃霧の中に複数の人影。さっきまでは誰もいなかったのに・・・」


緊張した様子でアスクが報告する。手元のMP5短機関銃はすでに安全装置を外している。全員が同様の動きをする。


「おあつらえ向きのシチュエーションだな。全くこの国はサイコーだぜ。」


呟く軍曹が手で合図をする。“狂うJAPAN”以降、ありとあらゆる戦場を網羅してきた

“同人”の兵士達。その指揮官である軍曹の直感が確信を持って言っている。


「あ・れ・は・ヒ・ト・で・は・無・い」と。


指揮官の合図でバックファイアがM79を構える。装填された榴弾は暴徒鎮圧や市街地での戦闘を想定した触発弾だ。殺傷能力は通常の炸裂弾に比べると低いが、

現状では充分役に立つ。


「頼むから魔術的思考で現用兵器は通じないとか、そういう設定は無しだぜ?」


軍曹の杞憂を打ち消すようにバックファイアの手元から榴弾が発射される。放物線を描き、着弾した弾は激しい閃光と爆発を起こし、周りにいた人影と霧を吹き飛ばす。


露わになった影達の正体は軍曹の予想通りのものだった。姿形は普通の人間だが、

白濁した眼球、両眼から流れる血のような液体、加えて腐敗した顔面のあちらこちらから溢れる蛆たかり。体も同様で一部欠損した固体も少なくない。


’生ける屍’、’屍人’、’ゾンビ’、B級ホラー映画の代名詞たるフリークス達が

現実の脅威となって、軍曹達の目の前に立ち塞がる。爆発が合図となったのか、

死者の群れが一斉に咆哮を上げた。


不協和音MAXのハーモニーは彼等の立つ大地を不気味に揺らす。


「さ、最近の映画じゃ、ゾンビはよく走るけど、ありゃ、作り話ですよね?」


軽口を叩いたつもりのアスクの眼前で死者達が怒声を上げ、猛スピードで突撃を開始してくる。軍曹から射撃開始の号令がかかり、アスクも一番先頭にいた腐敗頭を撃ち抜く。


「もう、ホラー映画とか見ねぇ・・・」


滑るように足元に倒れこんでくる死者の頭をブーツの踵で踏み砕き、アスクは次の標的に銃口を向けた・・・

 

 

「部落差別の風習を知ってるか?」


懸命に水をかき回し、消えた軍曹達を探す右﨑に遠くで見ていた同僚が声をかける。声の様子は先程とは違い、落ち着いたようだ。右﨑は動きを止める。


“同人”の兵士達は相変わらず捜索を続けているが、状況は変わらない。もうここはただの沼だ。自分達を引きずり込む気はないらしい。


「この街に国境が設けられる以前、ここには小さな村があった。極東の島国に古くから残る差別の風習、その子孫の村がな。」


同僚の言葉に残っていた“同人”の兵士達も耳を傾ける。


「勿論、そんな風習、時代錯誤と鼻で笑う奴もいるが、俺んとこのばあちゃんなんか、今だにその話をすると、顔をしかめる始末。


弱者を作る慣習は今だに人間の根底に根付いている。俺達が同人連中を、はみ出し者やテロリストと同じように、


この世界における反社会的な連中として見ているのと同じようにな。」


彼の言葉に兵士達は何の反応も示さない。もう慣れた事なのだろう。少し言い足す必要があったのかもしれないが、構わずに話を続ける。


「そんなこんなで差別は無くなっても、世を憚り、ひっそりと暮らしていた連中の村に、凶事が起こったのは16年前の1999年、2000年問題とか世紀末とか騒がれてた頃の話だ。」


話の雲行きが怪しくなってきた。水から上がる右﨑。兵士も同様に続く。


「いわゆる信仰宗教のたぐいなんだろうが、一人の馬鹿がある日こういったんだ。この村は呪われている。アンゴルモアとか何とか詳しくは知らんが、災厄を回避するには生け贄が必要だと。考えられない話だが、小さな村の事だ。さらに周りから、少なからず孤立した閉鎖的空間では、その狂信的ともいえる考えはあっという間に広まった・・・」


同僚がいったん話をきる。話の結末が見えてきた。正直聞きたくはないが、先を促す。


「1999年2月、寒い夜の事だ。一人の少女が沼に沈められたらしい。やったのは狂信者の一派。といっても村の幹部連中だったらしいが・・・そして、その日の内に村が消えた。


何が起きたかはサッパリわからない。言えることは村の存在自体が消えた。後には沼と小高い丘しか残らなかった。しばらくしてある噂ができた。消えた村に近づけば同様に消える。この街の国境にある都市伝説の一つだよ。」


その情報ソースは何処からきたものか?全てが、らしいという点も気になるが、現に目の前で軍曹達が消えた。それは事実だ。


「どうすれば助けられる・・・?」


その言葉に同僚が首を振る。方法まではわからないのだろう。ふいに兵士達が水辺から何かを拾いあげる。右﨑に差し出されたのは水で濡れた1枚の写真だ。だいぶ古ぼけてはいるが・・・


「コイツは一体・・・」


写真には一人の少女が写し出されている。その両眼は黒く塗りつぶされていた・・・




 1発、2発、3発、コワルスキーの持つ銃から発射される5.56ミリの弾丸は確実に死者達の頭部に穴を空けていく。


戦闘が始まってから数十分…


「頭部を撃ち抜けば動きが止まる!映画じゃだいたいそうだ。」


そういった軍曹の見立ては正しかった。

コワルスキーが仕留めた敵の数は40人。そのおかげで道が開けた。

バックファイアの榴弾で、敵の動きがバラついた所を軍曹含む3人の銃撃で周りを蹴散らし、現在は家々の間を盾にして連中の巣の中に中にへと進む作戦だ。


状況のほとんどが不明。無限にわき出す化け物の群れに、銃弾がもつのか?

それすらもわからないが、この状況を自分は楽しんでいる。確信を持って言える事だ。


隣ではアスクが民家の土間に上がり込み、庭先に広がる死者の群れに

短機関銃を乱射している。


背後を確実に守れる場所に陣取る姿勢は悪くないが、

際限なく沸く敵にはあまり効果を持たないだろう。アスクの後ろにふいに人影が立つ。


以前は幸せな家庭を築いていたのか、花柄のエプロンを羽織った女性の死者だ。

その顔の半分は陥没し、羽虫と蛆の温床となっている。


射撃に集中しているアスクは気づかない。女性が大口を開ける。

その手が首筋に触れる瞬間、コワルスキーの銃弾が彼女の頭を綺麗に吹き飛ばす。


倒れ込む音、近くで響く銃声にアスクが後ろを振り返る。

礼を言おうとこちらを見た覆面面が恐怖に歪む。


コワルスキーの後ろで風を切り裂く音が響く。間髪いれず振り向き、

アーマー尽きの腕で凶暴な爪先を捉える。


「キシャァァァ」


悔しさを込めた悲鳴が聞こえる。彼の眼前には巨大な爬虫類の怪物が

今にも、もう片方の腕をくりだそうと構えている。


ぬめりのある筋肉、頭部から肩に広がる肉腫瘍。“怪物”の名に相応しいその体に銃口を押しつけ、


弾倉に残った弾丸全てを叩き込む。全身を穴だらけにして崩れ落ちる敵の生死を

確認する間もなく後方に控えたもう1匹が、奇声と共に飛び上がる。


後方のアスクが放つ銃弾は驚くべき敏捷性で全て回避された。


「面白い!」


低く呟き、コワルスキー自身も飛び上がる。空中で組み合う二つの影。

怪物の放つ巨大な爪を腕のアーマーに絡ませ、そのままへし折る。


相手の上げる悲鳴に倒せる確信を持つ。腰から引き抜いたナイフに全身の力を込め、

組み合う怪物の頭に深々と突き立てる。


「これで2匹」


そのままの姿勢で落下する彼等にアスクが駆け寄った。見れば、死者の群れがいつの間にか家の中に上がり込んでいる。身構える自分達の前で、その群れが突然蹴散らされた。


爆発したように飛び散る血の霧を纏い、頭にカラーコーンを被ったような巨漢が新たに

進んでくる。


「お次は何だ?」


低く呟き、コワルスキーは突撃銃に新たな弾倉を押し込んだ・・・




 「服のサイズは大丈夫ですか?」


遠慮がちに頷き、着替える“国境警備の少女霧流”に一声かけ、

副長は外で響く銃撃音に耳をすませる。


恐らく、サンダー軍曹達が自分達を探した結果だろう。相変わらず騒がしい連中だ。

今、彼女達が身を潜めているのは赤錆びた二階建ての民家。上がり込んだその家の

娘と思われる部屋で状況を見ている。霧流を半ば強引に連れ出し、


水辺近くで合法的に脅して(説明する手間は省くが)脱がしたまでは良かったが、

その直後に水の中に二人揃って落ちて、気がつけば死者の群れに追われ、身を隠す始末…


「あ、何とか着れるみたいです。ちょっとキツイけど。」


嬉しそうな霧流の声が聞こえてくる。


「OKです。それでは様子を見て、ここを出ましょう。不本意ながら軍曹達と合流します。」


伝え、腰に下げた2丁の自動拳銃を引き抜く。霧流も慌てて自身の拳銃を構える。二人の装備は僅かだ。最初はほぼ、何も身に纏っていない中で、

ここまで揃えられたのは奇跡に近い。


「“武器娘なドレス”があれば・・・」


霧流が残念そうに呟く。その体を無言で押し倒し、これまた無言でお尻をはたく。


「ひゃんっ!」


「お黙りなさい。霧流さん!無いものを後悔しても、しょうがないでしょうが。」


「で、でも、脱がしたのは・・・」


怯えた目でこちらを一瞥する霧流のお尻にもう1発。


「何ですか?言いたい事があるなら、はっきり言いなさい。それとも色々お仕置きされたいですか?」


無言で首を横に振る涙目+霧流のお尻を最後に力強くはたいてから、ようやく解放する。副長のイライラの原因は明確だ。目の前に蹲る少女を色々嬲ろうとした矢先にこの有様…


「どうしてくれよう。やり場のないこの憤懣と欲求。」


突如、家の中が暗くなった。そのまま天井を突き破って4本の丸太ばりに太い腕が侵入してくる。何とか副長は躱すも、蹲っていた霧流は間に合わない。


「イヤー」


悲鳴を上げ、そのまま外に掴み上げられる霧流のスカートを咄嗟に掴み、一緒に引き上げられる副長。


「副長、脱げます。脱げちゃいますぅ。」


「構いません。私は一向に構いませんよ!」


そんなやりとりを続けていく内に、天井を抜け、自分達を捕まえた二匹の巨人の前に

引き出される。黒い頭巾を被り、装甲車のような肉体を持った2体の怪物だ。


両怪物の片手には巨大な斧が携えられている。敵が動き出す前に副長の方が早く動く。

掴んでいたスカートを離し、空中で2丁拳銃を両怪物の頭部に連続して発射する。

9ミリパラベラムの高速弾は一発も外す事無く、吸い込まれるように2つの頭部を炸裂していく。


彼女が半壊した民家の屋根に降り立つまでには両拳銃とも弾丸を撃ち尽くしていた。


「ギィニャァァァ」


一瞬遅れて落ちてくる霧流を受け止める。次の動きを頭で考える前に体が動く。

瞬間、先程まで彼女達のいた場所が2本の巨大斧によって破壊される。飛び散る破片を

避けながら、そのまま地面に降り立つ。


「15発ずつ、それぞれぶち込んだのに・・・タフですね。」


呟く副長達の頭上に黒い影がさす。見上げれば怪物の一人が家に突き刺さった斧

そのままに二人を掴もうと巨大な手を伸ばしてくる。弾丸を入れ替える時間は無い。


副長は霧流を強く抱きしめ、自身の体で覆う。次の瞬間、怪物の黒頭巾が激しく爆発する。


「ヒーハァッ!大丈夫かぁい?」


耳障りな声に引き続き、聞き慣れた7.62ミリの銃撃音。顔を上げた彼女の目に

こちらへむかって、走ってくる軍曹とバックファイアの姿があった・・・


 「この化け物共はかなりデジャブ!!」


叫び、射撃を続ける軍曹の後ろをバックファイアが間髪いれずに榴弾を発射する。

30発弾倉のAK突撃銃はすぐに空になっていく。弾倉を入れ替え、副長達を誘導する。


「無事かっ!?二人共?特に霧流ちゃんは大丈夫?変な事とかされてない?」


恐ろしい勢いで副長に頬を張られる軍曹。


「殺されたいんですか?この若年性(ロリコン)は!」


これまた恐ろしい勢いでほとぼしる鼻血を気合いで止め、反撃の言葉を言おうとする軍曹だが、その前に恐ろしい剣幕で返される。


「その銃は弾が入っていますかっ!?」


「いや、そんな事より、今ね、なぐ」


「入っていますか?と聞いているんです。」


「は、はい。入っています。」


「貸しなさい。」


そのまま銃を奪われてしまう。


「バックファイア、1匹目の頭部を撃ちなさい!2匹目は後で対処。軍曹、手榴弾を

寄越しなさい。」


言われるままに2つの手榴弾を渡す。素早く受け取ると射撃を再開する副長。

その攻撃は全て頭部に集中している。


そのまま片手で1匹目の足元に1発の手榴弾を

転がし、爆発と同時に接近する。崩れ落ち、顔を上げる怪物の頭巾に残りの手榴弾を放る。


「耐えてみなさい。」


復讐の女神真っ青な、冷酷声で告げる。数秒後、巨大な血柱が上がり、辺り一面を真っ赤に染めた。


「まずは1匹。」


その一方的な攻撃に2匹目の怪物が後ずさる。


「隊長、状況は?」


2匹目の動きを確認し、副長がこちらに声をかける。


「と、とりあえず死者の群れに囲まれてる。コワルスキーとアスクはあの化け物の後ろくらいの家で応戦中ってところだ。」


「それなら戦力を集中する必要がありますね。隊長、弾倉!」


強く言われたその勢いで残りの弾倉を渡してしまう軍曹。


「2つか。少ないですね。バックファイア!殿を頼みます。霧生、拳銃で援護。コワルスキー太尉達に合流します。」


副長の指示にてきぱきと動く部下達。それに続こうとする軍曹、しかし、その行動は1発の銃声にかき消される。倒れ込む軍曹…


見れば右足から感覚無視の激しい痛みと血が噴き出している。恐ろしい予感は的中した。副長が凄い笑顔で白煙やまぬ銃をこちらにむけている。


「ホントにゴメンなさい隊長☆!後ろを見て!凄い数の死者!生け贄が必要です。

バックファイアは榴弾担当。霧流さんはその、まぁ、私のおかずぅ?そうするといらないのは、サンダー軍曹!あなただけで~す♪」


テヘペロばりの笑顔でその場を去ろうとする副長。他の部下達は戦闘に夢中で、

こちらに気づかない。たまらず声をかける。


「待てや。副長!このタイミングで!こんなの絶対可笑しいよ?戻ってきて。かむ、かぁむ!バァァック!!」


喚き散らす軍曹の声にようやく副長が振り向く。さっきの笑顔は相変わらずだが、声は氷のように冷たい。


「せいぜい残りの時間を楽しんで下さい?自分用に弾1発とっとくのをお忘れなく~♪」


笑いながら2匹目の怪物に襲いかかる副長達・・・軍曹は死者の群れのただ中に取り残された・・・

 

  


一人の兵士が足を撃ち抜かれ、怪物の中に取り残される。少女が何度も見てきた光景の一つだ。狂気の末に仲間を見捨て自分だけが助かろうとする、それが何度も繰り返され、


最終的に全員が自分達の仲間となる。彼女の役割はその誘(いざな)いを手伝う事だ。


撃たれた兵士はよくもった方だと思う。片足を引きずり、

家の中に立て籠もった彼は拳銃を発射し応戦した。


1体、2体、また1体と築き上げる屍は多くても、弾が尽きれば、それで終わり…

だが、兵士は抵抗を止めなかった。ナイフを引き抜き、近づく死者達を芋刺しにしていく。


やがてナイフを穫られ、死者達が彼の体に覆い被さる。肉を削がれ、

ボロ雑巾同然になった段階で少女は怪物達を退がらせる。


そろそろ自分の姿を見せる頃合いだ。

兵士に近づく。言葉はかけない。姿を見せた段階で、ある者は正気を失って笑うか、

絶望の涙を流すだけだ。兵士がこちらに気づく。


血にまみれた目が驚きに見開かれる。少女は静かに両手を前に出す。


「やべぇっ・・・」


兵士が呟く。何だか様子が可笑しい。彼女は少し首を傾げる。


「?・・・」


「マジ、天使ぃぃぃぃ!!・・・」


「!?・・・」


彼の鼻から滝のように鼻血が流れ出す。思わず後ずさる少女。

それを追いかけるように兵士も立ち上がる。見れば右足の傷が塞がっている。

訳がわからない・・・


「グ、グヘへへへへ!!まさか、こんなところで幸薄+若年性少女に会えるなんて、

パワー全開!!色々グレートォォ!!ずぅぅっと俺のタァァァーン」


兵士があり得ない角度で反り返り、咆哮する。こんなパターンは初めてだ。

今や恐怖を与えるべき立場が逆転した。少女は死者達の動きを再開させるも、


すぐに無駄だとわかる。先程より一回りくらい大きくなった気がする兵士は

その両手を勢いよく振り回し、死者の群れを一撃で薙ぎはらう。


そのまま肉片を大量に飛び散らせ距離を詰めてくる。

おぼつかない足取りで逃げようとする彼女に不気味な声が追いかけてきた。


「逃げるこたぁないですぜ!お嬢さぁぁぁん。かすかだが、ここに落ちる前にイイ匂いがした。それは貴方の匂いのようですね。お嬢さぁぁぁん。イヒャヒャヒャヒャ」


思わず尻餅をついてしまった彼女に怪物のような兵士が覆い被さる。

熱く荒い息が顔にかかった。


(食べられちゃう・・・)


自身がこの地獄と契約した時以来の恐怖が蘇る。少女は目をつぶった。だがその瞬間が

いつまでたっても訪れない。何故?目を開ける彼女の前に


先程とはうって変わった優しい表情の兵士がいる。


「と、冗談はさておき。」


兵士の声色が変わる。


「脅かして、すいませんね。お嬢ちゃんを傷つけるつもりはねぇ。用があるのはあんたのボスでしてね?この茶番な空間形成には覚えがある。」


兵士の顔が小刻みに震え始める。それはすぐに、この空間全体の振動だとわかる。


「おいでなすった・・・」


低く呟く彼の周りに黒い影が渦巻き始めた・・・


 「空間の形成要素となる依り代がピンチとなりゃあ、出てくるしかないよな?」


面白そうに呟く軍曹の前に黒く巨大な姿が現れる。軟体動物に似た巨大な頭部、

人の頭2つ分の赤い目。黒くのたうつ数十本の触手で形成されたその姿は醜悪を

欲しいままにした“邪神”である。


「ほんのちょっと・・・ほんのちょっとだけ、混沌な娘っ子ちゃんを期待した俺が大馬鹿だったぜぃ。」


本気で残念がる軍曹を巨大な触手が吹き飛ばす。邪神の登場でほぼ全壊状態の家から

数十メートル宙を飛ぶ。


落ちた先は幸か不幸か、副長達が戦う民家の屋根。

そのまま突き破り、突撃銃を腰だめに撃つ副長の足元に落ちる。


見れば、アスクとコワルスキーはカラーコーンの巨漢と戦闘中であり、

バックファイアと霧流はおそらく倒したのであろう2匹目の巨人を盾に応戦中。


「よう、副長。殺しやんな美女にはAKが似合うな。勿論、アンタの事だぜぃ!」


瞬時にして顔面を踏みつけられる。豚みたいな悲鳴を上げる軍曹。


「あれっ?可笑しいですね。何か声が聞こえたような…気のせいですよね。」


あくまで軍曹を死んだ者扱いな副長の目に彼を追いかけ、

ふわふわ浮遊する幸薄+若年性少女が映る。

無言で顔ひしゃげまくりの軍曹を立ち上がらせ、AKの銃床で殴りまくる副長。


「この若年性予備役が!誰が現役に戻れといいましたか?生きる場所は、まな板の戦場ですか?お嬢さん大丈夫?この豚野郎に変な事されてませんか?


後でお姉さんともう一人のお姉さんと一緒に確認しましょう。色々・・・(怪しげに笑う)って何ですか?


この子、若干透けてる?オイっ馬鹿(※軍曹の事)何を喪失させちゃってるんですかっ!?」


今度は銃弾を発射されそうな勢いの副長にたまらず言葉を返す。


「落ち着け副長。ツッコミが追いつかねぇよ。とりあえずその娘がこの空間の形成元だ。ここにいる化け物共も、この村も全て、その子の負の感情を増幅させて作っているんだよ。あのタコ野郎がな。」


軍曹の指差す先から黒い雲が立ちこめる。その中に蠢く邪神の姿を副長は確認した。


「スダール?いや違いますね。軍曹、その口ぶりからすると、あの敵を

知っているようですね?」


先程までとはうって変わった副長の声に頷く軍曹。


「倒せますか?」


こちらに迫る巨大な触手の群れ。周りの部下達も気づく。


「倒せるといっちゃ倒せるが、力が足りねぇ。足す方法はわかるな?」


ポケットから手榴弾を出す。火薬の量は半分に調整してあった。

副長が無言で霧流を前に出す。


意図のつかめない顔をする彼女の足元に転がし、小さな爆発を起こす。爆風で露わになる霧流の下着…


「ヒャンッ」


咆哮を上げる軍曹


「爆風チラリズム!!ルッキーカラーはホワイトゥゥゥ!」


そのまま空中に飛び上がった軍曹は黒い煙にまっすぐ突っ込んでいった・・・




 この空間の創造主たる「邪神」は、一撃で貫かれた頭と自身の足にあたる触手に立つ男を驚愕の目で見つめていた。何が起きたかわからないが、自分がこれから死ぬ事、

この目元に傷のある自分以上の怪物を何処かで見た事に気づく。


「満足か?」


男が尋ねる。邪神は答えない。答えるだけの力が残ってない。


「満足か?」


男がもう一度聞く。別に返事を期待している訳ではなさそうだ。男はそのまま喋り続ける。


「満足だよな?可愛い女の子囲って、そいつから出る負のエネルギーでパワー全開なんざ、あやかりてぇもんだよ。この野郎?


何処かの戦場であった猫野郎も言ってた。思春期の女の子、つまりロリだよな?が持つエネルギーは凄いもんがある。


それこそ宇宙すら変えるぐらいのものを持ってるそうだ。おたくもそれを狙った口だろ?


全くこりねぇ。あんとき、決まった話だろう。お互い領分をわきまえる。それを超えたら戦争。手打ちになった筈だ。」


邪神の脳裏に様々な映像がフラッシュバックする。


「まだ思い出せないか?1930年、場所は南極の山ン中。狂っちまった調査隊の代わりに俺達が派遣された。アーカム所属、武装専権隊・・・」


全てを思い出した。あのときと寸分変わらぬ姿…この男、最後の声を振り絞る。


「バ・・ケモノ・・・」


軍曹がニヤリと笑った・・・




「終わったみたいですね。」


黒い煙が晴れる。その中から、こちらに歩いてくる軍曹を撃つべきか?副長は悩む。

とりあえず今は止めておく。周りの様子も変化してきた。灰色の建物も怪物の姿も消え、今やこの空間すらも消えかかっている。先程まで漂っていた少女の姿もない。


「そっちは大丈夫か?」


軍曹の声が、かかる。部下達の頷く様子(霧流だけは涙目で睨んでいたが・・・)

を確認し、素早く指示を出していく。


「恐らく、もう大丈夫だ。ここはじきに水の底になる。全員、装備を捨てて、

水面に上がれ。」


その声に敬礼するも、どこか腑に落ちない副長。そのまま疑問を口にしてみる。


「隊長は?」


「俺は後からいく。少し、やり残した事があるんでな。」


“何をっ?”と聞こうとする副長。その直後に全てが水に包まれた・・・





不快な感覚が鼻、目、耳、口といった外と繋がる全ての器官を通じて体内に侵入してくる。少女はそれが自身を死に追いやるものと理解している。


ここは底なしの沼地。足につけられた重りは外せそうにない。

最も、外して陸地に上がったところで、上にいる連中は同じ手順を

もう一度繰り返すだろう。


悪夢が繰り返される。少女が死に、怪物と契約した場面だ。もう何度目の場面かわからない。結局、何も変わらなかった。


少女は明るい水面に手を伸ばす。そろそろこの場面は終わり、

また新たな犠牲者を迎え入れなければならない。


彼女は目を閉じる。その手を何かが掴む。いつもの感触ではない。力強く逞しい人間の腕だ。そのまま一気に水面に引き上げられる。星が輝く夜空と暖かい空気が肺に満たされる。


「もう、大丈夫。何も心配ない。」


優しい声が聞こえる。顔はぼやけていて、よくわからない。だが、その声は何処かで聞いた事がある。少女はそれを確信した・・・




 「16年前、この村ではある信仰宗教による事件がありました。」


黒髪をなびかせ、説明する女性職員の声に同僚達が納得顔で頷く。

軍曹達が水で溺れた事、村の入口に沼があることなどを本部に確認したところ、

地元の人間が派遣されてきたという訳だ。


「一人の少女が村で生け贄にされようとしていました。誰が彼女を助けたのか?

今だにそれはわかっていませんが、


とにかく少女は助かり、犯行を行った一派も全員逮捕され、今にいたる訳です。ただ、この村も2年前に沼の水が増水する事があり、ほとんどの世帯が水に浸かってしまって。村の入口近くまで水が通ってるんですよ。


お連れの方達もおそらくそこで、溺れたのでは?」


「なぁに。元々は囚人みたいなもんですからね。タフなもんです。」


冗談まじりの口調で返す同僚に微笑む女性。右﨑は疑問を隠せないでいた。

なんだか、わだかまりがある。自分の頭の中に解決していない問題が・・・

拾った写真を見る。


「あ、そこに写っているのは私です。自宅にあったはずなんですけど、

水で流れてきちゃったかな。」


女性の嬉しそうな声が響く。写真には無邪気に笑う一人の少女が写っていた・・・

 



(凄い連中もいたもんだ。)


端末に上がってくる同人兵の、いや、途中から同人部隊として動いた連中の報告書は国境警備隊の不祥事との戦い、更には、そこから傘黒町で噂されていた“都市伝説ジャンル”の暗件もついでに解決したようだ。ふと時計を見れば、とっくに勤務外の時間になっている。

 

 (帰るとするか。)


役所内を見渡せば、ほとんどの席が空いている。夢中になりすぎたようだ。彼は鞄を掴み、巡回のゴブリン守衛に挨拶を交わし、外に出た。


暗くなった夜空を見上げる。これから宇宙(そら)に行こうと言うのだろうか?噴煙を上げたロボットが上昇していく姿が遠くに映る。


電光掲示板に流れるニュースには、これまで見た事もない、新しい敵が

黒傘町市内の中学校に襲来し、同校の魔法少女チームが撃退したというものである。


“狂うJAPAN”…この現象が世界を覆い、あらゆる事象が可能となった。

“夢が現実に現実が幻に”そんな言葉が日常化した昨今…


混迷の時代はまだまだ続くだろう。そんな中を突き進むためには、希望と不安が同じレベルで存在している。


だが、今日は希望が勝った。同人のような“本物ではない、だけど本物”といった

不明瞭な者達が世界を救う可能性が今日、証明された。


紹介してくれた友人にはお礼を言いに行こう。やがては彼等と会ったっていい。様々な分野と得意を持った者達が集い、新しい世界を創生する。友人の言葉を借りるなら、これだって同人活動の一つだ。


微笑む彼の目が3人の男女を捉える。男2人は屈強な兵士風、1人は大きな獣耳が

特徴の女の子だ。嫌がっている彼女に男2人は凄みを利かせて

何か脅しのような文句を垂れている。


 「よう、獣なねーちゃん、“先生”がそう簡単に諦めると思ってないだろうな?」

 

「オマエみたいな奴ぁ、今のご時世じゃ、珍しくねぇ。有名ジャンルでもねぇ、インディーズなあれ、何て言ったか?」


どうやら、報告にあった獣耳の子らしい。不快な気持ちが溢れ出てくる。彼等の言う事は間違っている。彼女は立派なオフィシャル(公式)な存在だ。


彼らが言いたいのは…


答えを出そうとする2人の後ろに男が立つ。目元に特徴的な切り傷のある御仁は2人の頭を一気に掴み持ち上げる。笑い声のような咆哮と共に男が叫ぶ。剣防の心は

たちまち爽快感で満たされた。


 「同人って言うんだよ?間抜けども!!覚えておけぃ」…(終)


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要救出少女~同人戦記~ 低迷アクション @0516001a

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