第2話 兆候
その日もユリエはPTAの役員会で、ある役員に説教をしていた。
「山本さん、ちょっとあなたね、これは故意だったとしたら問題になる事項なのよ!」
「いえ、そんな大袈裟な……今までこの件でそういう問題視されたことはないと先生方からも伺っていますし……」
「そういうことじゃないのよね。慣習だからって全部正しいわけじゃないんだから。これはね、良心の問題よ!あたしの基準ではこれはね……」
「はい……」
「ああ、いつもの説教だよ」「長くなるな、気の毒に」「山本さんも運が悪かったね」
そんな囁きがあちこちから聞こえていた。
「また例の、恥をお知りなさい!が出るんじゃない?」
うんざりという表情で、みんなが顔を見合わせた時だった。
「アイタッ!」
ユリエが顔をしかめて首筋に手をやった。
だのに手で触ってみても、それらしきものはない。
ただ芯熱をもったようなムズムズする厭な感触が首筋にあって気持ちが悪い。
「ふぅ……今日の……役員会は、ここまでにしましょう」
「ただし、山本さん、この件についてはPTA会長のあたしが立会いの下で校長先生にご相談するということで。いいわね?」
みんなのホッとしたような、やっと解放されるという空気がユリエに感じられるはずもない。
ユリエは小さなことを問題にして議論するのが大好きだった。
その議題が例えば、運動会でゼッケンの周り全部を手縫いで付けるか、四隅だけとめるのでもいいかという、ほとんど、どちらでもかまわないようなことでも。
それによって肝心の進めなければならない議題が停滞しても。
ユリエの言い分では、四隅だけ縫い付けるなどという手抜きは愛情不足でとんでもないこと、になる。
勿論、両面テープでとめておくなどは論外だ。
万事がこの調子で少しでも反対意見や折衷案をいうと、それはユリエ曰く、故意の手抜きとなり、
「恥をお知りなさい!」と一方的に断罪されてしまう。
周りはわかっているが、事を荒立てても、ユリエが変わるわけでもないので、任期までの辛抱だと苦い顔をしつつも何も言わないでやり過ごしていた。
それを免罪符を得たようにとらえて、ユリエはますます図に乗る。
運悪く、ユリエにつかまって議論を吹っ掛けられた人は、皆から「
皆がわかっているとはいえ、生贄にされた人はストレスだし、気分が良いわけはない。
実際、PTA役員会の出席率は下がっていたし、それでまた、ユリエの機嫌は悪くなるという悪循環だった。
「あたしは間違ったことはしていないのに!」
ユリエは家で夫にヒステリックに喚いた。
夫は、またいつものやつかと密かに溜息をつく。
これもいつもの事だった。
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