魔恨〈MAKON〉

つきの

第1話 正義

 ユリエは自分に自信を持っていた。

 自分の信念というものに。

 正義感 と彼女は思っている。

 今まで色々な場面で彼女はそれを発揮してきた。

 基準は自分だ。

 一度こうだと思ったことは曲げない。

 そして正義のためには迷いなく行動する。

 一旦、良く考えて精査するということはしない。

 自分が間違っているかもしれない、などいうことは考えもしない。

 勿論、言葉を選ぶということもない。

 相手は間違ったことをしている人間なのだ。

 そんな気を遣う必要があろうか。


 彼女の口癖は

「恥をお知りなさい!」だ。

 これを人差し指を相手に突き付けながら

 声高に言う時、彼女は正義を執行しているという思いで高揚する。


 30代後半。年上の夫は会社役員。小学生の女の子が一人。

 容姿はそこそこなのに刺々しさが顔に出ているからか人が寄り付かない。それもあって孤立気味だ。


 ただ本人はそう思ってはいない。

 何でも完璧だから近寄り難いのだろう、という認識だ。

 彼女は自分に対しては甘かった。

 当たり前だ。だって間違ったことをしたことが無いのだから。


 確かに間違ったことしていなかった。

 正義の名を借りたそれが、どれだけ独りよがりなものだったとしても。



 ユリエはPTAの会長をしている。

 これも自ら立候補した。

 嘆かわしいことに誰も他に立候補者はなく、ユリエに決まったのだが。

 周りの保護者たちは、すぐにそれを後悔することになった。


 会長は本来、皆の意見を調整したり、取りまとめたりして円滑に進める立場で、独裁者では無いはずなのに、ユリエは他の役員たちに対して粗さがしのように細かなミスを見つけては責め立てる。人の意見は聞かない。


 配布プリントの中の誤字を指摘され、謝った若い母親に

「見直してれば普通気がつくでしょ。注意力が無さすぎよ。配布プリントを回収してから、直して再配布して!」と言い、

「修正プリントを配布するだけではダメですか?」

 と答えれば、

「それでも通るかもしれないけど、あなたにはプライドがないの?」と散々罵倒した挙句、皆の前で「恥をお知りなさい!」と指を突き付けて泣かしてしまう。

 こんなことが日常茶飯事なのだった。


 それはリーダーシップと言ってしまうには強引すぎたし、あまりにも無神経で相手に対する配慮に欠けていた。


 ユリエは気づかなかった。

 思い込みの正義のために酷い言葉を投げつけ、自分はケロリとして寧ろ断罪してやったとばかりに得意げになっている彼女に対する人々の悪意を。

 一人一人のそれは悪意の芽に過ぎなかったけれど、それが日々集まり積み重なって、恨みという大きな塊になっていたということを。

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