第5話

 バイトの給料が入った。

 給料の半分は、当初の予定通り、作曲用の音源を購入した。

 もう半分は、財布に残しておくことにした。

 一応手元に残すが、使うことはないだろう。

 もし、使うとしたら、それはとても大切なもののために使うだろう。




 夏休み前半。

 今日はバイトがオフの日だが、繪乃に呼び出された。

 昨日の夜、繪乃から、『明日、十時集合』とだけ言われたのだが、用件も聞かずに、俺は承諾してしまった。

 夏休み中なので、学校の屋上ではなく、駅前の広場で待ち合わせることになった。

 現在時刻は午前九時四十五分。

 集合時間の十五分前だ。

 あと十五分の暇をつぶそうと、ツイッターを見たりしていると、急に後ろから、

「信」

 と声をかけられた。

 振り返るとそこには、夏物のワンピースを着た、黒髪美少女がいた。

「あ、あぁ。繪乃か、びっくりした」

 一瞬誰だか分らなかった。

 いつもは暗い色の服ばかり着ているが、明るい色もよく似合う。

「どう、かしら? この服」

「あー…いいんじゃね?」

 うまく言葉を出すことができなかった。

「そう。それはよかったわ」

 なぜか繪乃は嬉しそうだった。




 とりあえず、移動をすることになったので、歩きながら繪乃に聞いてみる。

「それで、繪乃。今日はいったい何をするんだ?」

 俺はまだ、繪乃から、今日の予定を聞かされていなかった。

「今日は、夏休みの準備をするわ」

 は?




 ショッピングモールの中にある、本屋についた。

 繪乃は速攻、海外文学コーナーに向かった。

「へぇ、繪乃は海外文学好きなのか」

「えぇ、とても大好きよ」

 真剣な目で陳列された本を見つめる。

 店内に流れるジャズが、ゆったりと時間を流している。

 時々、繪乃が本を手に取って、裏表紙を読む。

 そんな繪乃を俺は後ろからずっと眺めていた。




 二時間ほど、経っただろうか。

 繪乃が唐突にこちらを振り返って、話しかけてきた。

「あの、信」

「どうした」

「ちょっと、持っててくれないかしら」

「まだ買うつもりなのかよ……」

 すでに繪乃は、持ちきれないほどの本をかごに入れていた。




「お、重い……」

 結局、繪乃は、持ちきれないほどの重さの本を買った。

「お前それ夏休み中に読み切れるのか?」

「じ、自信はないけれど、やってみなきゃ、わからないわ……」

 なんだか、無理矢理重いものを持たされてるようで、見ていてかわいそうだった。

「はぁ……。持つよ」

 俺は、そう言って、繪乃から本の入っているビニール袋を奪った。

「あ……、ありがとう……」

 繪乃がうつむくので、なんだか俺も照れくさくなってしまった。




「どう……? 信」

 自信無さそうに更衣室から出てきた繪乃は、可愛かった。

 お昼ご飯を食べた後、俺たちは洋服を見に来た。

 見に来ただけのはず。

 繪乃はいま、店員さんの着せ替え人形になっていた。

「いいッ! 最高ですよお客様ッ! ねぇ! 彼氏さん!」

「あっ、えっと、はい。かわいいです」

 この店員さん、圧がすごい。

「そ、そう?」

 繪乃は照れたように、その場でくるりん、と回る。

 繪乃が今着ているのは、黒のプリーツスカートに、白のノースリーブシャツ。

 肌の白い繪乃にとてもよく似合っている。

「お客様、どれになさいますか?」

 店員さんが持ってきてくれた服を全部試着して、店員さんが笑顔で聞いてきた。

「あ、あの、えっと」

 そうだ。こいつ、さっき大量に本を買って、お金がないんだった。

 あまり他人とコミュニケーションをとるのが、得意ではない繪乃にとって、「やっぱり買いません」と、言うのはハードルが高い。

 本当は使わないつもりだったけれど。

 俺はポケットから、財布を取りだした。




 帰り道。

 二人並んで駅まで歩く。

「あの、今日はありがとう……。本当に」

 服屋を出てから、繪乃はずっとこの調子だ。

「気にすんなよ、俺も楽しかったし」

 繪乃は服を試着している間、本当に楽しそうだった。

 俺は、給料の半分を、使った。




「お金、ちゃんと返すから」

 繪乃はレジでそういった。

「いや、いい。俺からのプレゼント、ってことで」

「プレ、ゼント?」

「誕生日だよ、お前の。来週だろ?」

「なんで知ってるの……?」

「そりゃ、まぁ、一応は、半年一緒にいますし、いろいろな?」

 俺は繪乃から視線をそらして、しどろもどろになりながら、言った。

「そう……。たぶん、今までで一番うれしいプレゼントだわ」

 ドキッとした。

 こっちを見た繪乃の顔は、最高にかわいかった。

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黒髪美少女と好きなものを探す話。 360words (あいだ れい) @aidarei

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