第4話
「ここよ」
繪乃のバイト先のカフェは、学校から徒歩十分ほどのところにあった。
学校から近い商店街の一角。
この店の名前は【蜻蛉や】と、言うらしい。
店の前に立つと、濃いコーヒーの香りが漂ってきた。
「ここでちょっと待ってて」
繪乃が、店の前に置かれたベンチに座るよう言ってくる。
言われるがまま、俺はベンチに座り、ぼーっと待った。
それから三十分ぐらいが経って、繪乃からメッセージが届いた。
『おまたせ。どうぞ』
木製の扉を開けると、そこには、ウェイトレス姿の繪乃がいた。
「い、いらっしゃいませ。お一人様です、か?」
待ち構えていたかのように、繪乃に声をかけられる。
「あ、はい」
息をのんだ。
繪乃の店員姿は、可愛かった。
いつもは降ろしている髪を結び、前髪もピンでとめている。
この店の制服と思われるシャツに、自分では絶対に着ないであろう丈のスカート。
すべてが新鮮で、見惚れてしまった。
「では、こちらへ、どう、ぞ」
繪乃は緊張しているように思えた。
こちらも緊張してしまう。
「ご注文が決まりまし、たら、お呼びくだ、さい」
カウンターの席に案内されると、繪乃はそう言って、メニューを渡してきた。
「はい」
なぜか緊張して、うまく返事ができない。
繪乃はメニューを渡すと、そそくさと厨房の中に入っていった。
カフェの内装は、カウンター席が6つ、テーブル席が8つだった。
こじんまりとしているが、木でできたカウンターや、細かな調度品のセンスが良く、とても落ち着く空間だった。
店内に客は、誰もいなかった。
この店に流れる時間は、とてもゆっくりとした、落ち着いたものだった。
「すいません」
厨房で洗い物をしていた繪乃に、声をかける。
「はい」
「ホットコーヒーを、一つお願いします」
「はい、少々お待ちください」
そう言うと、繪乃はコーヒーを淹れ始めた。
ことこと、とお湯の沸騰する音が響く店内が、だんだん、濃いコーヒーの香りで満ちる。
出来上がったコーヒーをカップに注ぐ繪乃の目は、今まで俺が見てきた、どの繪乃の目よりも真剣で、最も自然に楽しんでいるように感じた。
「おー、君が笠崎くんかー。話は聞いてるよー」
俺と繪乃がコーヒーを片手に雑談をしていると、店の奥から大学生くらいの女性が現れた。
「わたしは、ここの店長をやっている、
そう言って右手を差し出してくる。
「はじめまして、笠崎 信です。いつも繪乃にはお世話になっています」
差し出された手を握る。
「いえいえ、こちらこそ。ところで、お二人さんって……、付き合ってるの?」
は?
俺がここに来るまでの説明に、三十分ほどかかった。
「そっかー、全然違ったんだー。ごめんねー? てっきり咲ちゃんが彼氏を連れてきたものかと」
「いえ、そんなに気にしてませんし」
「そうよ、みさ姉さん。全然気にしてないわ」
そう言う繪乃はなぜか不機嫌そうだ。なぜだ。
「それで、今日はバイトの見学に来たんだっけ?」
「はい」
「どう? 今日一日、咲ちゃんを見て、働きたいと思った?」
「俺は……」
「じゃ、また後日、この書類を書いて、持ってきてね」
俺は、このカフェで働くことにした。
そのことを美咲さんに伝えると、即採用された。
『うちは、やる気のある若者は即採用だから!』
と、自信満々に語っていた。
それで大丈夫なのか、蜻蛉や。
何はともあれ、無事バイトも決まった。
これからは、もっと、創作作業ができるようになる。楽しみだ。
カフェから出ると、もうすっかり夕方だった。
「それじゃあ、帰るか」
「そうね」
そう答えた繪乃は、なぜか上機嫌だった。
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