第5話 六番目の女とは(完)

 時計の針が午前零時を過ぎ、夜も存分に深まった頃。

 されど女たちは眠らず、家の一室にて秘密の会議を開いていた。


 出席者は、勇者のハーレムを構成するうちの八名。

 貴族令嬢、聖女、女師範、女盗賊、獣人少女、女魔法使い、悪役令嬢……はすでにベッドでぐっすりないい子ちゃんなため、不参加。

 メイドが悪役令嬢の代理も兼ね、これで七名。


 そして、最後の女――魔王。


 もともと、魔王がこの密会を提案したのだ。

 現在この家の家事を担当している、『村娘』について話したいことがあるから、と。


 だが、集まったのはいいものの空気は重い。

 貴族令嬢・聖女・女師範・女盗賊のいわゆる『好戦派』が、やや敵意をはらんだ、疑念の視線を魔王に送っているという状況だ。


 なにせ元は敵同士。

 全力を傾けて殺し合った仲である。


 共に暮らし始めてからそれなりに時間は経つが、どちらから歩み寄るわけでもない。

 ようじょがいる手前、見かけ上はなにも問題がないように努めてきただけだった。


 ちなみに、この場のほかの三名はというと――。

 獣人少女はうつらうつらと船を漕ぎ、女魔法使いはことの善悪にあまり頓着しないため我関せず。

 メイドに関しては事態の推移を見守るように静かに座っていた。


「気持ちはわからんでもないが、むしろその敵意は、滅ぼされた側である私にこそ相応しいのではないか?」


 このまま議題に入ることを良しとしなかったのか、現状を見かねた魔王が言った。


「なに言ってるのよ! さんざん人間を苦しめておいて!」

「それこそお互い様だろう。もとを正せば、我々の土地に人間が入り込み、魔物たちを虐殺したのが『先』だ。我々が人間を苦しめたというのなら、我々も人間に苦しめられた」

「うっ……」


 魔王を叱責するも、無惨に言い負かされて口ごもる貴族令嬢。

 すると貴族令嬢を援護するため、「それは――」と人間側の正当性を口にしようとしたのは聖女だ。

 普段の仲の悪さも、相手が魔王となれば戦友となる。

 しかし――。

 

「おっと、お前たち人間の価値観を押し付けてくれるなよ。私には私の正義がある。これは決して譲れぬものだ。

 仮に自分の正義を論じ、相手に受け入れてもらおうというのであれば、まず自分から譲歩するべきだ。我々の価値観を理解し、認めろ。こちらにだけ譲歩を迫るな。

 できないだろう。お互いに決して相容れぬからこそ、どちらかが滅ぶまで殺し合うことになったのだから」


 聖女は唇を噛んだ。

 一方、貴族令嬢は魔王に対する敵視を強めたが、なんのことはない。

 魔王は涼しい顔だ。全く意に介していなかった。


 それからしばらくは沈黙が続いた。

 獣人少女も完全に寝てしまい、メイドは一見静かに座っているようだが、実はこちらもとうの昔に意識はない。目を開けたまま、鼻提灯をつくっている。

 また女魔法使いなどは、携帯型ゲーム機のスイッチを入れ、ピコピコとゲームをやりはじめる始末。

 

 こうなると、意地を張ることのなんと無駄なことか。逆に馬鹿らしくなってくる。

 ややあって、女盗賊が言った。


「……もういいだろう。俺にも思うところはあるが、ここに集まった以上、個人の感情抜きに魔王の話を聞くつもりだったはずだ。

 関係ないことに囚われても時間の無駄でしかない。明日に差し支える」


 これに女師範も賛同し、頷いた。

 すると、貴族令嬢と聖女もさすがに機会を窺っていたのか、あっさりと本題に入ることを認めた。


 かくして、ようやく会議の始まりである。

 仮にこれまでの経過を文字にするなら、実に1388文字。

 集まってからすでに一時間以上が過ぎていた。


 なお女魔法使いは、ゲームを続けるか会議に参加するかどうかを迷い、そのままゲームを続けることを選んだ。

 しかし、女師範にゲーム機を奪われて電源を消され、「あぁ!」と悲鳴を上げた。


「――で、村娘あの子のことだっけ?」


 先ほどまでの剣呑な空気もどこへやら。

 貴族令嬢があっけらかんとした様子で尋ねると、魔王もそれに小さく頷いた。


「言っちゃなんだけど、どこにでもいるただの村娘でしょ? そりゃ色々助けられたけどさ。主に身の回りに関しては、だけど。別に戦闘員でもないし、魔王であるアンタが気にする必要なんてないと思うけど?」


 それを聞いた魔王が、フッと鼻で笑った。


「人間は猿から進化したというのがニッポンでの定説なようだが、どうやら頭の中だけ猿のままの者がここにはいるらしい」

「なんですって!?」


 人を小馬鹿にしたような魔王の物言いに、貴族令嬢が奮然といきり立つ。

 ただし、ほかの者たちがウンウンと頷いていたのは秘密だ。

 貴族令嬢の日頃の猪突猛進ぶりをよく知っているがゆえである。


「あれがただの村娘などと、フフッ、あんなのがゴロゴロしていたなら、我が魔王軍は即座に白旗を上げたぞ」

「はぁ!? あっはっはっ! 言うに事欠いて、どっちが猿よ! ねえみんな!」


 ――が、返ってきたのは、しーんという沈黙。


「え? ちょ、ちょっと冗談よね? なに? みんなして私をからかおうって腹なわけ? ちょっとやめてよ、友達でしょ!?」


 これには貴族令嬢もオロオロと焦った。

 誰も味方してくれない事態に、『もしかして私嫌われてたの? 魔王よりも!?』なんていう危惧が、その慎ましい胸に浮かんでいた。


 もちろん、どちらの味方をする、という話ではない。

 彼女たちにも、村娘の異常性に多少なりとも覚えがあるのだ。


「……ただの村娘が、なぜお前たちの旅についてこられた。挙句の果てに、私との最終決戦まで。

 今でも目に焼き付いているぞ。無数の魔法が飛び交う中、水と救急箱を手に平然と走り回る、あの娘の姿が」

「え? あ、いや、そこはあれでしょ。アンタが非戦闘員は狙わない的な武人気質な一面を見せた、みたいな」


 とりあえず普通に話が進められたことに、ホッとしつつ、貴族令嬢は答える。

 すると、「そういえば」と口を挟んだのは女魔法使い。

 皆の視線が集まるのを待ってから、女魔法使いは話しはじめた。


「……私が内緒で元の世界と行き来していたときだけど。誰にもバレないよう認識を阻害する結界を張っていたのに、あの女は簡単にそれを破って、平然と部屋の中に入ってきた。普通はありえない」

「いや、だからそれは魔力とかに鈍感だったせいじゃ。私たちの中であの子だけ魔法使えないし」


 貴族令嬢の返答にはまだ余裕がある。

 対して、「あの、私も……」と小さく手を挙げて発言したのは聖女だった。


「冒険の途中、炊事をよく手伝ったんですが、あの人、お肉とかを現地調達するんですよね……。普段はクマとかオオカミとかを素手で捕まえてきたりするんですが、……いや、それも十分おかしいんですけど、一度『ちょっと待っていてください』とか言って、どこかへ消えてしまったときがあって。

 少しして物凄い獣の雄たけびが聞こえたと思ったら、そのすぐあとに、あの人が巨竜の頭を担いで帰ってきたことがありました……。ちょっと衝撃的すぎて、記憶から排除してしまっていましたが……」

「そっ、それはあれよ。落ちてたんでしょ。道端に。たまたま竜の頭が」


 段々と貴族令嬢が思いつく理由が苦しくなってくる。

 さらに、「実は俺もあるんだ」と語り始めたのは、女盗賊だ。


「俺が盗賊だってことは、いまさら言うまでもないことだろうと思う。――で、仕事の際には、奪った金銀をばらまきながら逃げたりするんだが、これは別に市民に配ろうってつもりじゃない。基本的には追手を分散させるためだ。

 ばらまいたものを放っておけば、誰が拾うかもわからないからな。どうしたって人数を割かなきゃならない。

 あとは、ちょっと重いなと感じたら、身を軽くするために多めに捨てるかな。そういった部分が勘違いされて義賊と呼ばれることになったりしたんだが、まあ、それはいいか」


 長い前置き。

 ひと呼吸空けてから、女盗賊が本題へと入る。


「とにかく、俺が言いたいのは、だ。

 悪徳官吏から金銀を奪って逃げている際に、いたんだよ。あいつが。俺の真後ろに。俺が投げ捨てていった金銀を全て拾って。

 それが俺とあいつとの初めての出会いだったわけだが、正直、心底震えたな。あの野獣のような目。口で言わずとも語っていたよ。早く次を投げろってな。

 俺はあまりの恐ろしさに、手に持っていたお宝を全てばらまいたんだが、それを女師範の分身もかくやというレベルで一瞬のうちに集めて……いや、決して分身じゃないんだ。

 残像。あくまでも身体能力のみ。しかし、分身に錯覚させるほどの身のこなしだった。

 まあ、結局そのときの金銀は全部官憲に持っていかれ、おまけに泥棒の犯人と勘違いされて、泣きを見たらしいが……」

「そ、それは、あの子があまりにも意地汚いから……」


 もはや貴族令嬢のそれは、理由になっていなかった。

 そして、女師範もその口を開く。


「私は強いて言うなら、あれかな。ようじょを助けたときに、魔王城に連れて行かれたことがあったろう。

 恥ずかしながら私は途中でリタイヤしてしまったんだが、その直前まで、彼女がずっと私のサポートについてくれていたんだ。いつものことだったから全く気にも留めていなかったんだが、よくよく考えれば、息も切らさず、というのはちょっと化け物じみているな……」

「……」


 貴族令嬢は、もうなにも言えなかった。

 なぜなら、貴族令嬢もその場にいたのだ。


 前方を行くのは、「こっちこっちー」と勇者の手を引くようじょ。なんとか遅れまいと、息も絶え絶えで魔王城へとたどり着いた。

 そのとき、「大丈夫ですか! これを飲んでください!」と水を差し入れてくれたのは誰だったか。


「――そうだ、あいつは強い。それもとんでもなく。そこで思い出してもらいたい。神託とやらを」


 魔王が言うのは、勇者誕生の神託のことだ。

 それは以下のようなもの――。


『さ、最強の勇者の誕生じゃ! 世界は救われる! かつて、どの勇者も倒せなかった魔王を、容易く倒すレベルの最強の勇者が現れるぞよ!』


 これをもとに、教会の者たちはど田舎村へと勇者を探しに行ったのだ。

 魔王は言葉を続ける。


「あの男は確かに強い。だが、私を圧倒するほどだったか? 違うだろう。あの男だけだったのなら――、もしお前たち仲間の存在がなかったのなら、戦いは私が勝利していたはずだ」


 それが意味するところは、つまり……。

 この場の者の意見が概ね一致する。いずれの顔にも、悟ったような表情が貼り付いていた。

 それを見て、魔王がこくりと頷いてから言う。


「――あの村娘が本物の勇者だ」

「えええええええええええええええええ!!!!!!」


 と一人やかましく驚きの声を上げたのは、貴族令嬢だけだった。


               〈おわり〉















貴族令嬢「でも、なんでわざわざそんな話を?」

魔王「なに、お前たちがあの男に求めているのが勇者としての血だけなら、それは間違いだと教えておきたくてな。残念ながら・・・・・、脱落者はいなかったようだが」

貴族令嬢「……私やっぱアンタ嫌いだわ。魔王とか関係なく」


          〈本当の本当におわり〉


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界『ニッポン』生活 〜ハーレムの中でも六番目くらいのモブ勢だったけど、勇者を追ってニッポンまでおしかけちゃいました〜 羽場 @mikawa-santaro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ