第4話 そしてまたハーレム要員が……
1
事件が起きた。
この世界から、彼という
もっとも、彼がちょうどこの世界に舞い戻ってきていたというのは、反乱軍も知らぬこと。
すぐさま鎮圧部隊が編成され、そこに彼とハーレムメンバーも加わって現場に急行したのであるが、そのときの反乱軍の驚きようといったらもう。
まるで、聖女のプリンを盗み食いしたのがバレた、獣人少女のような慌てぶりであった。
しかし、油断はならない。
勇者がいない隙を狙うつもりだったとはいえ、国を相手にしようとしていたのだ。
反乱軍はとっておきを用意していた。
――それはまだ五、六歳の少女だった。
『ようじょ』と呼ばれ、特殊な首輪によって操られていたのであるが、このようじょが持つ力はまさしく格別。
勇者である彼にも匹敵するほどの強さだった。
「そんな馬鹿な……! 勇者に匹敵するほどの力を持つ人間がいるなど……! こんなこと絶対にありえません!」
わたしたちのうちで最も取り乱していたのは、聖女である。
「ありえないって言ったって、実際にありえてるんだからしょうがないでしょーが! つーか、戦いに集中しなさいよ!」
「それでもありえないんです!」
普段からいがみ合っている仲の貴族令嬢が至極当然のツッコミを入れるも、聖女は頑なに認めなかった。
「聖書において、勇者は人類の守護者――絶対的存在として記されているんですよ! もし人間の中に勇者と並ぶ存在があったのなら、それは教義の否定! すなわち、私たちの信仰が根底から揺るがされているといっても過言ではないんです!」
正直、聖女ほど信仰に篤くないわたしからすれば、宗教どうのこうのは「あっそ、だからなに」って感じだ。
でも、勇者に並ぶ力を持つ人間というのは、それだけありえないということだけはわかった。
「……まさか」
すると、そのからくりに気付いたのは女魔法使いだった。
なんとこのようじょは、勇者と魔王の細胞から生み出されたハイブリッドだと、女魔法使いは言うのだ。
さらに、女魔法使いがそれに気づいたのにも理由があった。
まさかもまさか。このようじょには、かつて女魔法使いが起こした事件――『どきどき☆勇者100人化計画』の技術が流用されているとのこと。
つまり、今回の反乱は半分くらい女魔法使いのせいだった。
こうして、全員が全員女魔法使いに罵詈雑言を浴びせながらも、ようじょとの戦いは激化。
その一進一退の攻防は、魔王との決戦を彷彿とさせるほど、凄まじいものとなったのである。
まあ、わたしは非戦闘要員なので、あんまり関係ないんですけどね。
でも、合間合間に水や薬などを差し入れるくらいの、手助けは行っている。
なんだかんだ、わたしもたくましくなってきたな、と自画自賛した。
んで。
最終的に彼が操りの首輪を砕き、ようじょは自分を取り戻した。
そして、このようじょの無害化こそが今回の反乱の決着でもあった。
ようじょがいなければ、勇者である彼に対抗できる者はおらず。
反乱軍の者たちはあっさりと捕縛され、連行されていった。
彼らはこれから罪を問われ、重い刑に服することになるのだろう。
うん。自業自得なので、はっきり言ってどうでもいいです。
一方でようじょに関しては、勇者である彼の口添えもあり、すでに許されている。
それというのも、自分を取り戻したようじょの有り様は、見た目通りの純真な子どもでしかなかったのだ。
「パパー」
ほら、今も無邪気に彼へと抱きついている。
彼の細胞から造られたためか、どうやら彼のことを父親と認識しているようだった。
あっ、これハーレムに加わるパターンだ! なんてことも思ったりしたが、それについては心配ご無用。
「大人になったらパパと結婚すりゅー」っていうのは定番ではあるものの、近親相姦はよろしくない。
そのあたりの常識は、彼が最も大事とするところだ。
だとすると、この子どもはあくまでも彼の子どもでしかないわけで。
はたして、誰を母親とするのかが気になるところなのだが……。
その瞬間、自然とわたしの喉は鳴っていた。
これは千載一遇の好機だったのだ。
ようじょの年齢は六歳ほど。
言うまでもなく、これから生まれてくる子よりも年上。つまり、長女となる。
なんとか義母の座に収まることができれば、正妻になることも夢ではないだろう。
だが、どいつもこいつも考えることは一緒。
一同が集まってようじょの今後について話し合うと、「じゃあわたしが母親に!」と、ハーレムメンバー全員の声がハモった。
そこからは、わーわー、ぎゃーぎゃー、いつもの醜い争いに発展だ。
というか、おい悪役令嬢。
お前はもうお腹の中に子どもがいるだろうがよ。
自前ので我慢しろ、自前ので。
しかし、これは実のところ無益な争いだったのだ。
ようじょはわたしたちの争いをあざ笑うかのごとく、特大の爆弾を落とした。
「ねえ、パパ。ママもいるんだよ?」
うん? ママ? と皆が目を点にした。
明らかにここにいるわたしたちのことを言っているのではない。
ならば育ての親か。まあ、彼と関わり合いがないのならば、どうとでもなるだろう。
――そう思っていた。
「こっちこっちー」
と、すぐそこに案内されるように、彼がようじょに手を引かれ、わたしたちもそれについていく。
しかし、その「こっちこっちー」は国を越え、大陸をも横断した。
そして、まだ着かないのかよ……、とそろそろこの突然の大冒険にもうんざりしてきた頃――。
というか、もう半分以上がギブアップしている。
悪役令嬢とメイドさんは身重なため無理できないし、聖女と女魔法使いは体力が皆無。
瞬発力に特化しているせいか、持久力はそれほどでもない女師範も、途中でついていくことを断念した。
とにかく、ハーレムメンバーのうち貴族令嬢までもが音を上げはじめた頃、ようやく到着したのだ。
ようじょに案内された場所は、かつて彼とハーレムメンバー(わたし以外)が命を賭して戦った、――魔王城。
そして、そこにいるのは――
「げぇっ、勇者!?」
驚きの声を上げたのは、白銀の髪をした褐色肌のとんでもない美女。
しかし、その頭には羊のごとくうねった双角があり、その耳は人間よりも長く尖っている。
――そう。
死んだはずの魔王がそこにいたのである。
すると、「ママー」と魔王に抱きつこうとするようじょ。
まさか、と思った。いや、当たり前だ。彼女は勇者と魔王の細胞でつくられた存在なのだ。
勇者である彼が父であるなら、魔王である彼女こそが母。
しかし問題なのは、子どもが親と認識していても、親が子どもと認知しない場合。
「私に子どもなどいるか! 穢らわしい、寄るな!」
魔王は取り尽く島もなくようじょを拒絶した。
まあ当然だろう。身に覚えがないのであれば、否定はする。それが、子どもに対する態度として、適切であるかはともかくとして、だ。
魔王としての沽券に関わる問題でもあるし。
しかし、相手はまだ幼い少女。そんな道理などは通用しない。
こうなると次に起こったのは、「ふぇ……」から始まる大号泣である。
ようじょは泣き出して、その身に秘められた恐るべき魔力が暴走した。
ひいい、と無数の悲鳴が城内にこだまする。
わたしもやばいと思った。操られていたときとは桁が違うその力は、明らかに勇者である彼や魔王よりも上。
大地が震え、突風が吹き荒れ、城も崩壊寸前。おまけに彼と魔王も吹き飛ばされかけている。
「なんとかしろ、勇者!」
魔王も、敵であるはずの彼に助けを求める始末。
そこで彼がなんとか事情を説明し、魔王も背に腹は代えられなかったのか、渋々母であることを認めてようじょに謝罪した。
かくして、辺りはようやく落ち着きを取り戻した。
「ひっぐ、ひっぐ」と泣くようじょを、なだめるように抱っこする魔王。
なお、ものすっごい微妙な表情を魔王はしていた。
気持ちはわからないでもない。
でも、我慢してほしい。わたしたちの安全のためにも。
ようじょはまるで歩くニトログリセリンなのだ。ちょっとしたことで爆発してしまう。
それも威力は一級品で、現在の弱りきった魔王程度ならば、ようじょの敵ではないらしい。
もう少し精神年齢が高くなるまで、取り扱いには注意が必要だろう。
――というわけで、なし崩し的に魔王が仲間に加わった。
2
里帰りを終えて無事ニッポンに帰ると、緊急ハーレム会議が開かれた。
というのも、現在夜の順番は一時中断となっており、その代わりといってはなんだが、魔王様が彼と寝室を共にしていたのだ。
別に魔王様がハーレムに加わったというわけではない。
わたしたちのようなチョロインと違って、本人は至ってイヤイヤだ。
だが、そうしないとようじょが泣き出すのである。
泣く子には勝てない。もちろん物理的な意味で。
魔力が暴走し、すでにこの家は三軒目だった。
「――で、なんかないの? あいつを取り戻す起死回生の案は」
議長である貴族令嬢が問いかけるも、返ってくる意見はない。
一同沈黙である。
中でも、悪役令嬢とメイドさんは素知らぬ顔だ。
お腹に子どもがいる彼女らは、すでに安定期に入っており、そもそも彼といたせる状態にない。
だからこそ、むしろここにいるメンツが彼と
もちろん、彼と魔王様の仲を疑う様子もこの二人にはない。
『勇者』と『魔王』は互いに反目し合うのが真理――。
だから、男女の間違いは起こらないと思っているのだろう。
だが、本当にそうだろうか。
年頃の男女(魔王様は四百歳を超えるらしいけど)が同じ布団の中、娘を挟んでいるとはいえ、本当になにも起こらないのだろうか。
一応、皆で様子を探ってみたのだが、その寝息は実に静かなものだった。
それから数日が経った朝のことである。
彼もハーレムメンバーも国から与えられた仕事に邁進しており、すでに朝食を食べて、職場へと出かけていった。
一方、国から仕事を与えられていないわたしも、せっせと家事に精を出している。
そんな中、ただ一人無職を貫き通しているのが、魔王様だ。
仕事組と入れ違うようにようじょと起床すると、朝食をとり、その後はソファーにどかりと座って、新聞を眺める。
国からの度重なる協力要請も、知ったことかと悪びれもなく拒絶し、生活費だけはしっかりと請求していた。
――THE・ゴーイングマイウェイ。
他人の反応をまるで意に介しておらず、ただひたすら我が道を行くって感じの魔王様の振る舞い。
わたしには絶対にできない生き方なので、ちょっぴり尊敬もしてしまう。
でも、結構常識人っぽいところもあるのだ。
「どうぞ、コーヒーです」
「うむ」
ほら、今もそうだ。
わたしがコーヒーを出すと、ありがとうという言葉こそないが、返事はしてくれる。
魔王様のツンとした態度の中にある、ほんのちょっぴりのデレ。
わたしは心の中で、ふふっと笑いつつ、台所に戻ろうとし――。
しかし、その足は止められた。
絨毯の上で、ぬいぐるみ遊びに夢中になっているようじょが、ふと目に入ったのだ。
その手の中ではお馬さんとヤギさんが、上になったり下になったりして激しく暴れていた。
「ようじょちゃん、なにしてるの?」
これはいけないと思って、わたしはすぐに声をかけた。
なにせあの強さだ。ぬいぐるみのごっこ遊びを通じて、暴力的な性格になられても困る。
この先ようじょが成長し、反抗期にでも突入すれば、一大事になること請け合いであるからして。
「んとねー、パパとママのまねー。ぷろれすっていうの!」
「え? ぷろれす……?」
自然な形で注意するつもりだったのだが、意外な言葉が返ってきて、わたしは首をひねった。
プロレスと言えば、確かパンツ一枚で肉体と肉体をぶつけ合う格闘技だ。
なかなか奥深いらしく、彼の部屋を掃除していた際に『Fカップだらけの濡れ濡れローションレスリング! ポロリもあるよ!』なるブルーレイディスクをベッドの下から発見したのは記憶に新しい。
どの棚に戻せばいいかわからなかったので、とりあえず机の上にわかるように置いておいた。
探していたことだろうし、わたしグッジョブ。
しかし、彼と魔王様の真似というのは、どういうことだろうか。
男女がパンツ一枚で、体を絡ませあうなんてそれはまるで……って、あっ!
わたしはようやく気付いて、魔王様へと振り返った。
すると魔王様は、読んでいた新聞でわたしの視線を遮り、「んんっ!」と咳払い。
――確定である。
魔王の『魔』は魔物の『魔』であるが、魔法の『魔』でもある。
部屋の中の音を書き換えるなど、魔王様にしてみたらお茶の子さいさい。
要するに、いたしていたのだ。男女のプロレスを。
『全然、彼のことなんて興味ありませんよ』みたいな顔をしながら、毎夜毎夜、彼と愛のサブミッションをかけあい、ずっこんばっこん地獄突きを決められていたと。
それも、ようじょが隣で寝ているにもかかわらずに。
これはとんでもない食わせ者がいたようですなぁ。
というか、幼子の隣でとかいかんでしょ。どう考えても、子どもの教育によろしくない。
なので、皆が帰ってくるとすぐに報告し、当然のように対策が取られた。
そもそも、なんでこんな簡単なことに気づかなかったのか。
リビングに全員で川の字になって寝ればいいのだ。
これならようじょがパパとママと離れ離れになることもないし、プロレスごっこ(意味深)だって防げる。
そして電気を消すと、チッという舌打ちが聞こえた。
それが誰のものであるかは言うまでもないだろう。
3
――とまあ。
こんな感じで、わたしたちのニッポン生活は続いていった。
なんだかんだ、楽しくにぎやかにやっている。
もっとも、決して平和な時間ばかりではない。
わたしたちはこの世界において、あまりにも稀少だ(わたしを除く)。
万金の価値がある(わたしを除く)。
そのため諸外国に狙われたり、秘密結社に狙われたり。
はたまた実はこちらの世界にも魔法が存在し、その隠匿のために皆殺しの憂き目に遭いそうになったり。
でも大丈夫。なんてったって、わたしたちはあの魔王様を倒した勇者とその仲間たち(わたしを除く)。
おまけに、その魔王様まで今は味方なのだ。
特に、ようじょが魔法組織に攫われたときなどは、魔王様が意外な母性を発揮し、大変な怒りようだった。
相手の使者は、魔法で情報を抜き出されたのち、それはもう残虐に殺された。
周囲で監視していた敵方の者たちも、ことごとくがスプラッターな運命をたどり、この人は絶対に怒らせないようにしようと、ハーレムメンバーで話し合うほどだ。
『魔王』の肩書きは伊達ではないのである。
でも、魔王様の怒りなんて軽い軽い。
なにを隠そう、人質となったようじょこそが最凶最悪レベルの人間兵器。
早めに家に帰さないと、魔法組織のアジトなんて一瞬で塵と化す。
というか、実際に消し飛んだんですがね。
――そんなわけで、場面はとある外国。
その日、突如として天に突き立った光の柱が目印だった。
わたしたちが駆けつけた場所には、本来、緑豊かな大自然に囲まれた城があったはずだ。
しかし、今では一面に更地が広がっており、元の景色などはどこに求めようもない。
そこにはただひとり、わんわんと泣きわめくようじょの姿があるだけだった。
もちろん、無傷で。
「ぅゎょぅι ゙ょっょぃ」
誰かがそう呟いたのが、風に乗ってわたしの耳に届いた。
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