第3話 七番目の女あらため九番目の女
1
元の世界を離れて、はや七ヶ月が過ぎた。
ここでの生活にも慣れたもので、ハーレムメンバーはそれぞれ自分の趣味を見つけ、毎日を謳歌しているようだ。
わたし自身、tkgのトッピングに色々こだわってみたり、ビール片手に贔屓の野球チームを応援するくらいには、ニッポンにどっぷり浸かっていた。
正直、元の世界にいたときよりも、よっぽど充実した生活を送れているという自覚はある。
みんなも多分そうだろう。ここでの平民の暮らしは、おそらく元の世界の王様の暮らしにすら勝るのだから。
しかし現在、わたしたちは危機に直面していた。
女魔法使いが、密かに元の世界と行き来していたことが露見したのだ。
こうなると、鬼の首を取ったように意気揚々となったのは、悪役令嬢である。
「これで旦那様があなたたちの面倒を見る必要はなくなったわけですわね!」と扇で口を隠しながら、ホホホと勝者の高笑い。
なにせ妊娠中。ちょっぴり目立ちはじめた彼女のお腹の中には、彼との愛の子がいる。
その自負あってか、日頃から正妻を公言しているくらいなのだ。
彼のご両親はもちろん、政府の人とかも悪役令嬢を正妻と見る雰囲気があった。
外堀は確実に埋まってきている。
いつの間にか序列も変わって、一位に悪役令嬢、二位にメイドさんが収まっている現状だ。
ちなみにわたしは晴れて最下位。九番目。
これの題名も『九番目の女』に変えるべきかもしれない。
それはともかくとして。
女魔法使いは、みんなから恨めしい目で見つめられて、シュンと縮こまっている。
気持ちはわかるよ。わたしだって、ホームシックに駆られることがたまにあるもの。
実際、故郷に帰れるとなれば、是が非でも家族の顔を見に帰るだろう。
ただし、こちらのほうが住心地がいいので、彼のことがなくとも、生活の拠点を移そうとは思わないけど。
だからこそ、もうちょっとバレないようにやってほしかった。
いやまあ、現場を見つけてつい騒ぎにしてしまったのは、わたしなんですけどね。てへっ。
とりあえず、元の世界に帰るかの是非は置いておくとして、全員が妊娠の有無を調べることになった。
あちらの世界では身持ちが固かった彼も、一度貞操という壁が取っ払われてしまえば、あとは野となれ山となれ。
今では全員といたしている。もちろんわたしとも。えへへ。
んで。
検査の結果、わたしは陰性。悲しい。
せめて子どもさえできれば、ほかの人を出し抜くチャンスだったのに。
でも、ほかの人たちも全員陰性だったのは幸いだった。
妊娠派が増えてしまえば、それこそ元の世界への強制送還が決定的となる。
しかし現状は、妊娠派2・非妊娠派7のまま。
こうとなれば悪役令嬢がなにを言おうと、所詮少数派の戯言だ。
純血を捧げている以上、彼には絶対に責任をとってもらうという淑女協定が結ばれ、わたしたちはこの世界に居座ることになった。
2
里帰りが行われることになった。
ただし、彼と彼のご両親、政府関係者や研究者たちも連れて。
大きな声では言えないが、これは人質の意味合いもある。
わたしたちは彼をめぐって争うライバル。
女魔法使いの一存で、元の世界に閉じ込められかねないのだ。
「……じゃあ、はじめる」
場所は、女魔法使いの部屋。
現状では、そこにある魔法陣以外での移動手段はないとのことで、今回行く人がその部屋の中に集まっているのだが――。
「ちょっと! 旦那様以外の男性がわたくしに近寄らないでくださいまし!」
「いたっ! こら足踏むな! っていうか、あんたたちもっと人数減らしなさいよ! 馬鹿なの!」
「うわー! 誰だ、ボクの尻尾握った奴はー!」
上から、悪役令嬢、貴族令嬢、獣人少女だ。
もうおわかりだろうが、獣人少女はボクっ娘である。
まあ、とにかく部屋の中は、たくさんの人でギュウギュウ詰めなのだ。
そのせいあって、「これはかなわん」と天井に避難したのは女盗賊。
「ええい、うっとおしい。いっそ分身して、密度をさらに上げてやろうか」と女師範が危険な発想を口にすれば、聖女が「絶対にやめてくださいよ、絶対にですよ!」とフリのような制止を行った。
メイドさんはいつもどおり無言を貫いているが、ポジション的には彼が彼女のお腹を守る形だ。ちっ。
「もう、なんなんですか! この『寿司詰め』状態は! まるで『通勤ラッシュ』時の『満員電車』じゃないですか! せめて二回に分けてくださいよ、二回に!」
そして、華麗にニッポンスタイルな言葉を操って、不満を露わにするわたし。
もちろん、内心ではドヤりまくりだ。
別に、これといって誇れることはないけれど、ほかの誰よりもニッポン通を気取って、ここぞとばかり優越感に浸った。
しかし――。
「あんた、通勤ラッシュ時の満員電車に乗ったことあるの?」
「え? あ、いや……それは、ないですけど……」
あのさぁ、貴族令嬢さぁ。
思っても黙っておこうよ、そこはさぁ。
そうしている間にも、女魔法使いが呪文を唱え続け、杖がトントン、トトントトンとリズムよく床を叩く。
やがて、床に魔法陣が浮かび上がって、次の瞬間には目の前の景色が変わっていた。
ちょっとだけ、映画のハエ人間的なものが頭をよぎったのだが、それは杞憂。
どうやらわたしたちは、無事に元の世界へとたどり着いたようだった。
「あれ? ねえ、貴族令嬢。女盗賊がいないぞ?」
「はぁ? なに言ってるのよ獣人少女。そんなわけないでしょ――ってほんとだ!?」
――ただし。
天井に張り付いていた女盗賊を除いては、であるが。
さすがにかわいそうなので、女盗賊については明日の朝一番に、女魔法使いが連れてくるということになった。
今すぐ行かないのは、往復分の魔力が足りないためだ。
これだけの人数をいっぺんに移動させたのも、それが理由だったのだが、こうなるとただのくたびれ儲けである。
というわけで、今日は女魔法使いの屋敷で一泊した。
翌朝。
ちょっぴり照れくさそうな表情の女盗賊も加え、わたしたちは竜車で出発することになった。
なお、彼のご両親をはじめとして、ニッポンから来た人たちは竜にビビっていた。
これにはわたしもニンマリ。なんというか、してやったり、って感じだ。
彼らが、女魔法使いの屋敷にいたホムンクルスとかを見て、目を丸くしたときもそうだった。
このちょっとした鼻高な感情は、わたしたち自身がニッポンに驚かせられっぱなしだったからこそ。
今度はニッポンに住むあなたたちが存分に、わたしたちの世界SUGEEEEEEEEEEE!!!! を味わっていただきたい。
……まあ別に、わたしが凄いわけじゃないんですけどね。
ホムンクルスは女魔法使いのもの。竜車も女魔法使いが手配したものだし。
以後は、みんなでそれぞれの故郷を巡った。
もう二度と会えないと思っていた、大切な人たちとの再会である。
その光景は、端から見るだけであっても涙をそそられてしまうほどなのだから、当事者たちの感動は語るまでもない。
一方で、この里帰りは彼との婚約報告の意味合いもある。
ただ彼は、ハーレムという部分に後ろめたさを感じているのだろう。
ハーレムメンバーの故郷が近づくたびに、その顔はひきつっていた。
また貴族令嬢の実家に行く際には、王都にも寄って、王様に報告もしている。
結果、この国とニッポンとで国交が結ばれることになった。
これは獣人少女がお姫様である、獣人国家でも同様だ。
今後はニッポンの技術がこの世界にも流入し、さらなる発展を遂げることだろう。
そして一行は、遂にわたしの故郷であるど田舎村へと到着した。
わたしたちの乗る竜車を見つけた者が、すぐさま招集をかけ、村人たちは全員集合。
ちょっとしたことで大騒ぎをするというのは、田舎あるあるだ。
「お父さん! お母さん!」
わたしの家族も当然そこにいて、わたしは竜車を降りると駆け寄った。
家族たちとの感動の再会である。
まずはお父さんに抱きしめられ、次にお母さんに抱きしめられ。
さらには、ちょっと見ない間にだいぶ成長した弟妹たちが、わらわらとわたしに抱きついてきた。
みんなからは土と太陽の匂いがした。
とても懐かしい匂いだ。嗅ぐだけで、自然と心が安らぐのを感じた。
しかし、どこからか馬糞の臭いも漂ってきて、わたしはすぐに口呼吸に変えた。
彼もまたわたしの家族に挨拶する。
過去には居候として、共に一つ屋根の下で暮らしていた間柄である。
ほかのハーレムメンバーの家族よりも心の距離は近く、その表情も幾分か柔らかい。
これには、わたしもちょっぴり優越感だ。
そののちは、彼のご両親やハーレムメンバー、そのほかニッポンの方々を紹介し、みんなを我が家へとご招待。
しかし、これがまさかの大不評だった。
いや、この反応は当然といえば当然なのだ。
かつて悪役令嬢は、彼のご両親の家をして『豚小屋』と口を滑らせたことがあったが、わたしの実家と比べたらなんのことはない。
はっきり言って、わたしの実家こそが豚小屋である。
そんなわけで、わたしと彼を除く人たちは、町へと戻りそこで泊まることになった。
まあ、別にいいけどね。彼を独り占めできたし。
家族へのお土産は、インスタント食品やお菓子などの日持ちする食料品に、歯ブラシや歯磨き粉などのあちらの世界ならではの日用品だ。
本当はもっと生活に役立ちそうなものを持ち帰りたかったのだが、いかんせん、電気がないと使えないものばかりだった。
まあ、異世界間で国交が結ばれたわけでもあるし、そのあたりは今後の発展に期待したい。
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