第26話

 喬一郎と仙蔵が一緒に飲んだ夜から数日後のことだった。芝居が替わっていて、仙蔵は上野の鈴本の昼席でトリを取っていた。仲入りには圓城が出ている。

 その二日目のことだった。仙蔵が楽屋入りすると圓城が残ってお茶を飲んでいた。

「おや珍しいねぇ」

 仙蔵が圓城に対して軽口を言うと圓城も

「うん、そうだろう。仙ちゃんと話がしたくてさ。初日は何かと忙しいから二日目と決めていたんだ」

 そう言って返した。仙蔵は

「実はそろそろだと思っていたんだ」

 そう言って圓城の言葉を意外とは思っていない感じだった。

「バレてたか」

 圓城がそう言って笑うと仙蔵は隣に座った。そこに前座がお茶を出した。それに口をつけながら

「終わったら何処かで飲むかい?」

 そう誘い水を向けると圓城も

「そう願いますな」

 そう言って再び笑った。


「ま、一杯」

 仙蔵が圓城のグラスに酒を注ぐ、ここは鈴本の近くの仙蔵の行きつけの店だった。

「結構強かったよね?」

 仙蔵がそんなことを言うと

「ま、人並みには」

「馬並みだって?」

 仙蔵は、圓城の返事にそんな軽口を言った。

「落語の未来に乾杯!」

 グラスを重ねて口を着けると圓城が

「次の『古典落語を聴く会』のゲストは圓海アニさんでしょ」

 次の回のゲストの名を口にした

「ああそうだよ。もう告知済みだしな」

「圓海アニさん古典一本槍だけど、実は新作も昔はやっていたんだよね」

 圓城がそう言って兄弟子である圓海のことを語ると仙蔵も

「そういえば聴いた記憶がある。確か俺が前座の頃だったかな」

「うん。末広だか浅草だか忘れたけど、十日のうち二日ぐらいはやっていたんだよね」

「俺が前座の頃、アニさんは既に二つ目で、しかも真打昇進間近だったから覚えている」

「自分は兄弟子だったから良く稽古をつけて貰った。その中には今では誰もやらなくなった新作もあったんだ」

「それは意外だな。復帰してからは古典だけだけどな」

仙蔵にとって、圓海は別な一門だから内情までは分からない。そんな仙蔵の表情を見ながら圓城は意外なことを口にした。

「実はさ、新しい落語集団というか、落語会をやりたいんだよね」

「新しい落語会?」

 仙蔵の疑問に圓城は

「うん、古典と新作の噺家を選んで固定メンバーでさ」

 そう言って目を輝かせた

「メンバーとか人数は?」

 仙蔵の質問に圓城は

「古典派から三人。新作から三人」

 そう答える

「六人かい?」

「いいや七人。名付けて『七人の噺家』」

「なんだい、『七人の侍』のシャレか」

「まあね」

「もう一人は?」

「両刀遣い」

 圓城はそう言ってニヤリと笑った。仙蔵はそれを聞いて、先日喬一郎に語ったことが上手く圓城に伝わったと感じた。

「だから、古典のメンバーを推薦して欲しいんだ。無論『古典落語を聴く会』の中から」

 仙蔵は、少し考えてから

「そうさな。俺は?」

「当然! 俺も出るから」

 圓城がそう言う

「じゃあ、仙蔵、柳生、遊蔵だな」

 仙蔵の返事に圓城も

「こっちは、圓城、小艶、白鷺となるな」

 そう答えると

「じゃあ両刀は決まりだな」

「喬一郎に出て貰う。彼にはその時々で古典をやって貰ったり、新作をやって貰ったりして貰おうと考えているんだ」

 圓城の案に仙蔵は

「あいつの古典は捨てるには惜しいからな。それにアイツは何時か両方の良い所を受け継いで行くような気がするんだ」

 そう返事をすると

「この前、浅草で一緒だった時に色々と吹き込まれたみたいでね」

「それと知って、こうやって話を持って来たんだろう」

「まあね」

「でも実際はどうするんだい?」

 仙蔵の質問に圓城は

「今やってるそれぞれの会、『古典落語を聴く会』『革命落語会』はそれぞれ二月に一度開いているけど、これを三月に一度に変更する。そして、この『七人の噺家』を半年に一度開くという案を持ってるのだけどね」

 圓城の案を聴いた仙蔵は

「次の回は会場も抑えてチケットも販売済みだから、その次からだな。そっちだって次のは決まってるんだろう」

 新作派の対応を問うた

「そう、だからこれは早急という訳じゃないんだ。早くても半年後とかね。来年になる可能性の方が高いとは思っている」

「そうか、全ては今からなんだな」

「そう、古典と新作、これがこれからどうなるかは俺達にも少しは責任があるが、所詮、最後までは見届けることなぞ出来やしない」

 圓城の言葉に仙蔵も

「そう、どうなるかは誰にも判らないさ。風に吹かれるままなのさ」

 第三回の「古典落語を聴く会」は盛り上がりを見せた。ゲストの圓海師の熱演もあって盛況だった。そして会の終わりの挨拶で、仙蔵から「七人の噺家」の発表がなされた。

 そしてマスコミは一斉にこれを報道したのだった。

 翌朝、その報道された新聞を眺めながら乾は

「完全に圓城さんにやられましたね。まあ、これでお互いに危機感を持ってくれれば、それで良いのですけどね。落語は危機感を持たないと駄目になります。もうすぐそこまで講談の波が押し寄せているのですから」

 乾はそう言って話題になっていて爆発的な人気を呼んでいる、講談の真打襲名披露の記事を眺めた。



                                               <了>

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風に吹かれて まんぼう @manbou

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