03 03 鈍色は青く、そして混じる。

 数日後のことでした。


 補修の終わり、今日も疲れるものでしたね、と妙に足取りを重く感じる靴箱で靴を履き替え外に出る、靴を取る手はいつも通り灰色で、いつも通り溜息をつきます。

 これをどうにかしてくれるというオカルトじみた話に関しては、朝起きたらなんと、誰かから教えられた電話番号の存在しか思い出せないという、何ともぼくらしくない醜態を晒してしまい、かと言いつつもそのままやはり何も思い出せないのでした。妙にそこだけ抜け落ちてしまっているこのとんでもない違和感は、どうしても誰かの手によってもみくちゃにされ、有耶無耶にされ、グシャグシャにされたような、そんな奇妙なものでした。


 そのような思考を何度も繰り返しそのまま何の収穫もなしにその思考が落ち着き、そのぐるぐるとした頭の中のまま校庭をとぼとぼと物思いにふけながら歩いていた時……。


「……すみません」

 唐突に声をかけられたのでした。

 目の前の女性、と言っても同級生のようですが、彼女はぼくと違って色づいて見えているはずなのにどこか空虚に見える方でした。そして、その方は右手の方にメモ帳を浮遊させていて、ぼくに声をかけた時にもそのメモ帳に止まることなくメモをする手を走らせていました。


「この方があなたにお話をしたいということだったので、少々お時間いただけますか?」

 と、彼女はいい、後ろの方に視線を送ります。その言動をしている最中にも彼女のシャープペンシルは止まることを知りません。

「……ぼくに?」

 ぼくはそんなあまり記憶のない来訪者に不思議がるようにその方向を見ました。そこには、


 どこか悲しげな彼女がいました。


 彼女と言うのは、ぼくの幼なじみの同級生の方でした。少し男勝りな部分があり、泣き虫なぼくをいつも守ってくれるような強い方でした。そして、最近ろくに話をしていない仲でもありました。

 というのも、ぼくの父が事故で亡くなった時、ぼくが散々泣き喚き散らかしたあの時、ぼくは唐突にこの呪いのような能力『青空の外』を患いました。

 正直それに驚いていた、他人と違うぼくを見て他人が怖くなった、そのような理由も考えられますし、何より父の死がショックでそれどころではなかったのでしょう、その日から他人と全くと言っていいほど話せなくなりました。他人に話しかけられても、どこか怯えるようにガクガク震えることしかできず、同時に他人側もそんなぼくをそっとしておくことしかできなかったのでした。

 結果、他人から話しかけられる事も極端に減りました。その極度の変化に従う形で、ぼくと彼女の関わりも、なくなっていったのでした。


 流石にその時から今まで誰とも話さなかったというと過大表現になります。勿論事務的な事、家族間などは会話なしで一年をやり遂げることはできません。しかし、学校のみんな、そしてその中の彼女とは、特別話す事も少なく、ぼく自身もこの能力のことが怖いまま、誰にも話せないままでしたので、彼女ともそこで終わりなのかなと、ぼく自身少し物寂しげに思っていたところだったのでした。


 それが悲しかったのでした。



「⋯⋯あのね、前からのことなんだけど、」

 彼女が、口を開き始めます。


 ……割愛です。


「……また、一緒に喋ったら、だめ、かな?」

 驚きでした。

 彼女に、こんなに苦しい思いをさせていたということを、ぼくは直にぶつけられたのでした。まるで今までぼくだけが苦労しているかのような物言いをしていたことを、ぼくはずっと言い続けていたのだと思い知らされたようでした。


 そして、

「……曇りでいい。そこからまた、晴れに戻せば、いい、よね?」

 ぼくはこのことを、久しぶりに思い出したのでした。

 彼女は、能力を持っている。彼女が『曇天の空』と言っていたその能力は至ってシンプル、天候を曇りにするもの。昔ぼくに自慢げに語りかけていたこと、彼女もぼくと同じく能力を持つ人間であることを、ぼくは随分久しぶりに思い出したのでした。


 そして異常な以上の話から、ぼくは一抹の希望のようなものを感じました。



 ……彼女になら、僕の『青空の外』を話せるのではないだろうか。



 思った時には、口の摩擦力は皆無に等しかったです。


「……一つ聞きたいことがあるんですが……」

 彼女が私の方を見ます、泣きじゃくりながら吐き出すように先ほどまで話していた彼女にしては、ずいぶん綺麗な顔立ちだと思いました。


「ぼくは、モノクロのまま消えるように見えますか?」


 ぼくとしてはかなり真面目に話したつもりでした。しかし、彼女はブッ!!と吹き出してしまいました。彼女らしい笑い方に恥ずかしく思いつつも懐かしく思っていました。


「あなたは今ワタシの前にちゃんといるよ?今までずっとワタシの後ろにいたんだよ?」

 そして彼女のこの返答。

 もう、希望は微かに確信に変わりつつありました。


 2人で笑うその時間は、微かに、確かに、嬉しいものでした。

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リ・セット。 波ノ音流斗 @ainekraine

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