第1章その2 透明
それからおよそ一か月後、再びシフトのかぶる日がやってきた。
僕は先の件をずいぶんと後悔していた。なぜあんな手法をよりによって選んだのか。他に方法がなくいたしかなかったとはいえ、正攻法では他にずいぶん遅れを取ってしまう情けないコミュ力とはいえ、なぜあんな頓珍漢を犯してしまったのか。
よし、なかったことにしよ。よし、なかった。なにもなかった。
そう自身に言い聞かせまくった。だがジョージ・プニッツはどこまで追い出そうとも頭の中に居座り続けた。とんだ野蛮人である。
結局ジョージ・プニッツはなお存在感を増し、ふたたびかわ子と同じシフトになる日が来てしまった。
あー、来るな来るな。
そんなことを思いつつも、もちろん、来てくれることを望むのが男のサガである。しかし僕はそのサガのせいで何度痛い目にあったことか。思い出すだけでチリソースを自分の顔面にぶっかけたくなる。痛ましい思い出が真っ赤な炎のように僕を焼く。
遠目にカウンターが見える。そこから一人が休憩に入った様子が見て取れた。先月わか子がここに来た時間帯だ。僕はカットして並べられたトマトの数をひたすら数えることにした。
1、2、3、、、、、、45枚。
もう一度、1,2,3、、、、、、52枚。
.....................増えた。
もう一度、だめだ。だめだ。なんて無意味な作業なんだろう。そしてわか子は可愛い。そしてトマトは赤い。そしてわか子は優しい。そして僕はジョージ・プニッツ。なんだこれ。そしてチリソースは、、、。
「あのー。」
あ、はい。いらっしゃいませ、あっ。ふっ
「えへ、なんで笑った。あ、そうそう。とりあえず話の続きを聞きに、、。」
ハナシ?ああ。
僕は知らないそぶりをしようとした。だが即座に、そうした自尊心を守るような行為は愚行だと感じた。愚行以前に、そんな軽薄な防御は無意味である。そしてこの直感を信じることは自信のないものにとって勇気のいることだ。ゆえに僕は勇気のいるほうを選ぼうと思った。
「なんだっけ?ジョージ・プットニー?」
ちゃうちゃう、ジョージ・プニッツだよ。タスマニアのね
「そうそう、え?前はルワンダって言ってなかったっけ?」
あー、じゃあルワンダ
「えー、テキトウすぎ」
そう、ジョージ・プニッツはね、ルワンダの奥地に棲むガラス職人なんだよ
「...............へえ。」
伝説のガラス職人なんだよ
「................伝説。」
うん。透明なガラスを作るんだよ。誰よりも透明にこだわってね、世界一透明なガラスを作ってね、インスタに上げたらバズったんだよ
「現代人?」
うん、現代人らしい。
「........へえ。調べてみよ。」
あー、待って待って。ちょっと待った
かわ子はなぜか笑った。僕はその意味が分からなかった。
「なんで止めるの、調べれば出るんでしょ?」
いや、出てこないよ。だって
「だって?」
透明になったんだよ。
「透明?」
そう、透明を追い求めてたら、いつのまにか自分が透明になった
「透明人間?」
うん。ジョージ・プニッツは、この世界から透明になって、いなくなったんだよ。
「・・・・・・・。」
わかこは無言で去っていった。
ジョージ・プニッツをしってるかい? 本喜多 券 @motokitaken44
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