10_徹夜で飲む
「・・・俺はパワード。こいつらは双子のリップスとラヴ。
見ての通り冒険者で、若い頃から長年この3人だけでやってきた仲なんだ」
「「・・・・・・ケッ」」
一世が借りていた宿部屋のすぐ下の階にある酒場の端の席に4人が座ると、深夜押しかけてきた迷惑3人組の・・・リーダーらしい男のパワードが態度を改めて3人分の名を名乗った。
リップスとラヴの態度が酷いままなのはアレだが、嫌われている自分から何を言われたって彼らが態度を改めるとは思えないのでこの際無視することにする。
一世含めた4人が向かいになって座っている木製の丸テーブルの上にはこの国の最もポピュラーらしいミルクを発酵させたキツそうな酒が3つと、一世には果汁とミルクを混ぜたとろみの強いジュース、他には肉や芋を乾燥させた簡単なつまみが少しだけ。後
は男4人分の筋肉質な両腕が戦う意思が無いことを示すために乗せられていた。
それぞれ内側で何を考えているかはともかく、少なくとも今のこの場は飲み物を飲みながら穏便な話し合いをする場所となっていた。
「・・・それで、何であんな強引に俺を誘おうとしたんだよ?
もっと違う時間帯に普通に誘ってきたのなら考えるくらいしただろうけど、あんなやり方じゃ誰でも不快になるだろう?」
「そりゃあ・・・済まなかったと思ってるよ。
だがこっちも色々と焦ってたんだ・・・・・・なぁ、二度としないと約束するし、酒の奢りに免じて許しちゃくれねぇかな?」
「俺はこれでも未成年だ。酒は呑まないから許さない」
一世は銭湯お馴染みのアレとはまた違った味がする牛乳のジュースを飲みながら聞いていた。
話し合いの場を設けることになった理由はパワード一行が深夜の乱暴に押しかけてきたせいで、睡眠を妨害された怒りは彼らが態度を改めたからといって静まるわけではない。もし納得できるだけの大した理由もなくやったのだとしたら、後でそれぞれに強め
なゲンコツを喰らわせるくらいしても世間は許してくれるだろうとも一世は考えていた。
ちなみにそのジュースは普通の牛乳の乳脂肪分を数倍は濃くしたような濃厚さの中に桃やマンゴーのような粘度高めな甘い果物を混ぜ込んだような、悪くないどころかむしろ美味しい、しかし喉の渇きを潤すには少々こってりしすぎているような濃厚な飲み物
だった。
ゴンッ
「そして無礼を承知で頼む!俺達を一時的にで良いからパーティに入れてくれ!もちろんアンタがリーダーで良いから!!」
「話聞けよ。嫌だって言ってるだろ」
「後生だから!!」
「しつこい!」
パワードは一世が「許さない」と言ったにも拘らず、それでも印象最悪で一方的だったつい先程とほぼ同じ条件を突き付けてきた。
大の男に頭を下げられ懇願されるなんてことは元の世界でも一度も経験が無かった一世はその様子を見ながら、非常に冷めた目で数回目の否定をする。しかしパワードは委託訪問者並みに粘り、しかもいい加減嫌になった一世が立ち上がってその場から逃げよ
うとしても両サイドに座っているリップスとラヴががっしりと肩を掴んでくるためそうもいかない。しかもあくまで彼らの今現在の様子は穏便なしつこさであって、それを力ずくで反発しては勇者として以前に一世個人としてもどうかと思う。それでも口だけで
NOの意思を伝えても彼らは折れる様子は一向に見られないため、ならばと一世は一つの妥協案を提案することにした。
「・・・理由を言え。それで俺が納得できるのなら一回だけ同行するよ」
「ほ・・・本当か!?」
「本当だ。ただその代わり、俺が納得できなかったら今度こそこの話はお終いにして他を当たると約束してくれ。でなければ大声で助けを呼ぶ。
この国は過去に俺が人間に殺されたことで人一倍気をかけてくれているらしいからな。いくら冒険者同士のよくあるいざこざだと言っても放置はしないと思うぞ」
「ぐっ・・・わかった・・・」
一世の提案を聞いて一度は喜んだパワードの顔はすぐに渋くなってしまったが、すぐに表情を引き締めて彼なりの、なるべく整理した【理由】を話し始めた。
「まぁ・・・何となく察しがついているかもしれねぇが、俺らは薬草採取とか町の近くに出た弱い魔物を追っ払うとか、そういう安い仕事しか回してもらえない・・・安全ではあるがワリは良くねぇ雑用当番みたいな底辺冒険者だ。
復活したての勇者なら俺らなんとかなるかもしれねぇ・・・と思ってもいたりもしたけどよ、もちろん、勇者の仲間としてついていけるような実力は無ぇってのは元々十分に理解していたさ。
・・・だけどな、今回はどうしても他には譲れない俺らの故郷の・・・しかし俺らのランクじゃ受けようとしても追い返されちまう仕事が貼り出されたんだ」
そう言ってパワードは腰ベルトに括られた雑のう袋から四つ折りにされた黄ばんだ紙を取り出し、それを拡げてイッセイに手渡す。
一世は受け取った紙に書かれたトンパ文字もしくはエジプト文字のような、人や動物を簡易化させたような見た事の無い文字を自分自身に違和感を覚えながらすらすらと読んでいった。
「海の町フィルンまでの馬車の護衛と現地の魔物討伐。リーダーが【緑馬(ウイレンチア・エクォ)】以上の冒険者チームを計12名ほど募集。報酬は1チームにつき金貨6枚。
・・・・・・えっと、これがその受けられない仕事だってことで良いんだよな?それで俺がいれば受けられる・・・ってことは、俺は生前【緑馬】以上の冒険者だったってことでいいのか?」
「え・・・おいおい、魔王軍を退けた英雄サマがそこらの冒険者と同じ階級の訳ないだろうがよ。
アンタは【黒狼(ニグルム・ルプス)】の最高峰冒険者だ。これから旅に出るってのに、これを忘れてるってのはちょっと問題だと思うぜ?」
パワードは話の途中に【冒険者】という存在についてを大まかに伝えてきた。
【冒険者】とは【ギルド】という各地に点在する国家とは独立した大組織と個別に契約し、そこから貼り出される仕事をこなして金銭を得る人々のことで、年齢や生まれに関係無く列記とした身分証明が貰えることから貧民の子供から貴族の老人、種族も人間
から竜人まで様々な者が登録されているらしい。
また彼らはそれぞれ階級分けされ、【白栗鼠(アルバ・シュールス)】から【黒狼(ニグルム・ルプス)】までの7段階に分けられている。階級に比例して世の中への発言力や個人が持つ権利も強くなるため、審査は純粋な強さだけでなく人間としての出来も問わ
れる。それ故に高い階級の冒険者への民衆の信頼度はとても高い。このテの話によくある「力はあるが素行の悪い冒険者」・・・というのは、この世界ではどんなに実績を上げようとも階級を上げるのは難しいし、後で何かしらの悪事が発覚した場合は階級の降格
もありえるらしい。
「へぇ・・・確かに知らないのは問題がある情報だったな」
「・・・な?俺らは確かに腕は並みの冒険者だが、少なくとも今のアンタになら役に立つ知識を持ってると思う。
本当にさっきのことは反省してるし、その分知識やノウハウ、他にも俺らにできることなら協力する。
だから今回限りの付き合いだと思ってこの依頼、受けちゃくれねぇか。旅をする実力も無い俺らがこの町に行ける方法なんて、他に無ぇんだよ・・・!」
「・・・・・・」
パワードは再び頭を下げ、その両脇に座るリップスとラヴも顔こそ不満気ではあったが同じようにしっかりと頭を下げた。
その態度に悪巧みの様子か何かを感じ取ることができればさっさと断る所なのだが、どうにも彼らの今の姿を見る限りはそんな気配も無い。むしろ本当に切羽詰まっているような、藁にも縋るような目をした弱々しい男に見えてしまっていた。
そして元の年齢の倍どころか3倍は生きていそうな大の大人にそういう態度に出られると、他人に頼られるという状況に慣れていない一世としてもバッサリと断ることもできない状況に陥ってしまっていたのだった。
「理由はわかったよ。でも、何でわざわざ安全なこの町を離れて・・・いくら故郷とは言え、依頼書を見る限り危険な町になっている場所へ行こうって思ったんだ?
ここなら裕福とは言わないまでも安全に生きていけるんだろ?」
「そりゃ・・・」
「それはな、俺らの親父さんがこの町にいるからだよ!」
言い渋るパワードの横で黙っていた大男の一人、多分ラヴという名前の方がいきなり大き目な声で会話に入ってきた。
「フィルンの孤児だった俺らを養ってくれた親父さんが・・・この町にいる。いるっつってももう墓だけど・・・このままじゃ俺ら、一生墓参りもできないままここでただの底辺冒険者として終わっちまう。
日銭を稼ぐのが精一杯の稼ぎじゃ高い旅費を払う金も作れねぇ・・・だから、アンタが頼みの綱なんだよっ」
ラヴはそう言って拳を震わせ、涙こそ零れてはいないが目の縁には涙を浮かべていた。
・・・そして、一世にはここで冷たい判断を出せるほどの心は持ち合わせていなかった。
自分だって今現在、前は口うるさいと思っていた父や母に会いたい気持ちや、何とかして元いた場所へ戻る情報を集めようと行動しているのだから。
「ぅ・・・分かったよ。お前らは一時的な仲間で、この依頼を受ける。その代わりお前らは俺に冒険者の知識を知る限り教える。いいな?」
「「「本当か!?」」」
「寄るな気色悪い!」
ゴゴゴン!
強面の大男3人がいきなり見事にハモりながら同時に顔を近づけてくる様子は、密集したスライムとはまた違った精神的ダメージがあった。
ファーストキスを奪うような勢いで近づけてこられたオッサン達の顔面に、一世は脊髄反射で上半身を引きそれぞれの頭にパンチを喰らわせ、力加減がぶっ飛んでいる勇者パンチを喰らった男達の身体は前傾姿勢から180度ほど上半身だけを回転させ、椅子に
尻を乗せたままの姿勢で木の床に後頭部を勢いよく打ち付けた。
「・・・多感な時期の思春期男子に過剰な接近をしてきた方が悪い」
酒を飲んでいた周囲の冒険者たちから好奇心の目を向けられながら、一世は条件反射で振ってしまった腕をそのままの形で残したままで小さく言い訳をした。
「思春期の年齢は過ぎているように見えるんだが・・・・・・?」
「アニキ・・・」
「俺この勇者嫌いっす・・・」
こうして少々不本意ではあるが、一世は一時的な旅の仲間を得たのだった。
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