09_ようやく町に戻り

 ダンジョンを抜けてさらに森を抜けてようやく日を見た時には、既に出発した時にあった太陽は空を一周してさらに過ぎ、空が赤く染まり出した頃だった。


 人間は太陽の光で体内の時計を調整すると聞いたことがあるが、昼も夜も同じように魔光虫が飛んでいる魔物の生息地に留まりっぱなしでいるとやはり体の時間が狂ってしまうらしい。

 太陽を目にして自分が丸一日以上起きっぱなしで戦っていたことを自覚した体は町に到着するなり急速に睡眠を訴え出し、借りた荷物の返却とスライムの換金を終えた一世はすぐにメファーラと分かれて適当な宿を探し部屋を取った。

 予定ではギルドに返却したものと似た武器を探して微調整などの細かい注文をしておきたかった所なのだが、精神的に疲労した頭で命にかかわる道具選びを済ませるわけにもいかないだろうと、休み無しのスパルタ講義ばかりしてきたメファーラもそこは休むことを勧めてきたのだった。





ミシッ



「・・・・・・はぁ」



 町の人々に勇者として尊敬されている青年は、あまり質の良さげではない、しかし今は何よりも有難く感じる一人用の宿部屋のベッドへ体重に任せるまま仰向けに倒れ込んだ。



 編んだ藁の中に乾いた草が詰められただけのガサガサとした枕に、目が粗く肌触りの悪いシーツ。

 【故郷】のものに比べると随分と質の劣るものばかりだが、しかしこれでも周辺よりそこそこ良いものを揃えている宿なのだという。


 そして、いつ魔物がやってくるかわからないこの世界では純粋に旅行を楽しむ者などそういない。いるのは魔物を倒して生計を立てている血の気の多い冒険者か、元いた故郷にいられなくなった犯罪者、もしくは何かしらの言えない理由持ちの訳あり者だ。

 そんな人たちばかりを受け入れている宿が元いた世界の宿と同じわけもなく、扉の外側や床の下からはまだ夕方だというのに既に呂律の全く回っていない酔っぱらいの声や物を壊す音。時には明らかに物騒な喧嘩声や悲鳴だって聞こえてくる。


 頭は睡眠を欲しているのに、防音設備なんてあったものじゃないやかましい酒場を一階に構えた宿で安眠することなどできるはずもない。

 ただベッドに寝転んで目だけを瞑る形だけの睡眠を取る事しかできないこの環境のまま過ごしていれば、たとえ疲れ知らずの勇者の身体だとしてもいつかは肉体的にも精神的にも持たなくなってしまう。



―――これは、早めに対策考えないとなぁ・・・。



 ドアの外で騒ぐどこかの誰かに心の中で罵声を浴びせながら、一世は浅く短い睡眠を取った。





ダン! ダン!



「いるんだろ?勇者サマぁ~?」



 ・・・そして、そんな質の悪い僅かな睡眠時間すらも途中で妨害されてしまうのがこの世界らしい。



「・・・・・・。」



 元々寝るか起きるかのギリギリの状態だった頭は一瞬で覚醒し、深夜の月と星の光だけが頼りの暗い部屋の中でむくりと起き上がった一世。


 電気がないこの世界にはスイッチをつけて明かりが点くなんて便利なものはない。月明りを頼りにベッドの横に置かれていたはずのランタンを見つけ、理科の実験でしか使ったことがないマッチを慣れない手つきで火を点ける。ぼんやりとしたランタンの明かりの光で浮かび上がったその顔は、誰が見ても非常に不機嫌だということが分かるほどに目が据わっていた。



「お~い聞こえてるンならさっさと出てきてくんねぇか?それともこのドア蹴破ったほうが早いかよ?」



―――アホか。その場合は俺は別の部屋を用意されてお前が宿に修理代を請求されるだけだろう。



 扉の外から聞こえてくるダミ声の主へ向けてそんなことを考えながら、一世はランタン片手に扉へと向かう。

 もちろん扉の外にいる人物が時間の常識も守れず知らない相手に敬語も使えない野蛮な人物だということはしっかりと認識しながら、万が一のための心の準備をした状態で。



ギィ・・・



「何の用ですか」



 一世が扉を少しだけ開けて外の様子を窺うと、短い間隔で五月蝿く扉を叩いたり耳障りな声で喋っていた安眠妨害の犯人たちがいた。



「おう、随分と時間がかかったじゃねぇかよ」

「アニキを待たせるんじゃねぇよ!」

「まったくなってない野郎だぜ!」



 扉の前に立っていたのはいかにも素行の悪そうな言葉使いと、それによく合う品の無い顔をした男が1人、そしてその後ろに広くはない宿屋の廊下に窮屈そうに並んだ大柄な男が2人の3人組だった。

 日に焼けて荒れ放題の肌と白髪交じりでボサボサの髪、目尻に入った皺からしてそれなりに歳だろうに、着ている防具は店で見た牛の皮でできた安価な皮鎧によく似ている。しかし腰に下げた斧やメイスだけは年期こそ入っていそうだが素材も状態も良さげな所が妙に目立つ・・・それ以外は全体的に安っぽい男たちだった。



「こんな夜遅くに訪ねておいて・・・・・・冒険者は随分と一般常識を知らない連中なんだな」



 一世は敬語使いをやめて呆れの感情を隠しもせず、3人を見てわざとらしいため息を吐いた。


 このようなタイプの人種にそういう態度を取ることは、日本の常識として考えればやり過ごせたはずの厄介事や暴力沙汰に発展しかねない危険な行為なのだと思う。

 しかし一世には一方的な礼儀知らず相手に自分を下に見せなければならない理由も無く、おまけにここは頭を下げれば穏便にやり過ごせる日本の常識が通じるとは限らない。



「俺は優しいから今のは聞き逃してやるけどよぉ・・・【勇者イッセイ】ってのは死んでも復活するが、その代わりに魔法どころか剣の握り方すらサッパリ忘れちまうってのは、この国では有名な話なんだぜ?

復活したてのヒヨっ子野郎の分際でそんなこと言ってると、出てきたばかりの墓にまた埋まることになっちまうかもな?」

「・・・俺が弱いうちに殺して金銭でも奪おうと?」



 ニヤケ顔で遠回しでもないあからさまな脅しをしてくる連中に、一世の表情は寝起きの不機嫌顔から鋭く険しい戦闘態勢の表情へと変化する。

 しかしそんな雰囲気を察したのか、男は両手を胸の前で広げて笑った。



「いやいや、救国の英雄サマを殺すなんて国家級の犯罪者になっちまう。それに俺らは見た目はこれでも手を汚すことは一切受けねぇ綺麗な冒険者で長年通してんだ。

信じられねぇかもしれねえが、俺らがここへ来たのは親切心からなんだぜ?」

「親切心だって?」



 男はそう言ってニヤニヤと笑い、その後ろの2人も似たような表情で首を縦に振った。

 その態度や表情からは「親切」なんてものからは程遠いものを感じるのだが・・・と、一世はドアの隙間から疑いの目を向けて警戒したが、男は構わず目の前の勇者に得意げな顔で続きを話した。



「・・・何、俺らは右も左もわからない勇者サマが元の勘を取り戻すまでの手助けしたいってだけのお節介焼きな先輩冒険者だと思ってくれればそれで良い。

俺らはアンタに冒険者として稼ぐ方法や戦う知識を教えて、アンタ昔の勘を取り戻すまでの俺らのパーティーに入る。

別に授業料を要求しようって気もねぇし、後ろから首を切るような真似だってしねぇ・・・・・・な?良い話だろう?」

「・・・・・・」



 確かに、その話だけを聞けば悪くはない。

 しかし本当に善意で言っているのならわざわざこんな時間に強引な形で会いにくるような真似はしないし、この3人の見た目は無償で人助けをするような慈善の心や余裕のある暮らしをしているようには到底思えない。

 それより何より・・・



「たとえその話が本当に善意のものだったとしても、断るよ」

「何だと?」

「見た目も悪い。態度も酷い。相手の都合も考えずに名前すら名乗らず一方的に要件だけ言ってくる自分勝手な大人。

そんな奴らと一緒にいたって、とてもじゃないが上手くやっていけるとは思えないからだよ」



 別に一世だって潔癖というわけではないし、教養だって一般家庭育ちの高校生程度のものでしかない。しかしそんな一世から見ても、彼らは見た目も態度もなっていなかった。


 寝起きの不機嫌も相まって日本人の美徳である言葉の曖昧さも無しにハッキリとNOの意思を伝えると・・・まぁ予想はできていたのだが、3人組は案の定、今にも手が出てきそうな表情と、いつでも拳を振れるような構えの姿勢へとみるみる態度を変えていった。



「・・・考えを改めるなら今の内だぜ?別に殺しさえしなけりゃ、冒険者同士の喧嘩や大怪我なんてよくあることなんだからな・・・!?」

「だから・・・そういう、すぐ暴力に訴えようとする所も俺は嫌いなんだ。

やっぱりアンタらとは仲良くできる気がしない。新人スカウトなら他を当たってくれよ」

「形だけの勇者が調子に乗りやがって!!」



 思っていたことを大きくも小さくもしないままストレートに言っただけの一世に、逆上して右腕を構え殴りかかろうとしてくる男。

 ・・・しかし一世は最初から、辛うじて顔だけ見えるくらいに扉を少し開けて話していただけだ。そんな状態で男の拳が向かう先なんて扉の隙間に見える一世の顔面だけしかなく、動きを読むとか以前の問題でその動きはわかりきっていて・・・。



ガンッ



「ぐぅああ!!」



 酒の回った冒険者の声で賑わっていた深夜の宿屋に一瞬響いた男の汚い悲鳴。

 しかし彼らがつい先程言っていた通り・・・



「うぉぉ・・・痛ぇ・・・痛ェ・・・放せぇぇぇぇ!!」

「「アニキィィィィ!!」」



 男の拳は案の定、目当ての場所にたどり着く前に閉められた扉に挟まれて痛みで絶叫を上げた。それはどう考えても薄い壁で隔てられているだけの他の客室や、階段を降りてすぐの所にある酒場に聞こえるだろう音量だったのだが、様子見に来る足音どころか会話の途切れる様子の静まりすらも感じられなかった。



「放せ放してくれぇぇぇぇ・・・頼む・・・頼むからぁぁぁ」

「その1、二度と俺に危害を加えるような真似をしない。その2、何故こんなことをしたのか理由を話す。その3、もし破ったら何をされても文句を言うな。

・・・この条件、すべて呑め」

「呑む!呑むから!全ての条件呑むから頼む放してく痛だぁああああ!!!」

「お前らの言葉は信用できない。まずは武器を全部出せ」

「あぎゃああああああ!!」

「「アニキィィィィ!?」」



 寝ている所を起こされた恨みの分もプラスされた圧力に男の拳は段々と横方向にプレスされ、次第に扉なのか骨なのか、ミシミシとした軋み音が徐々に聞こえだす。そうすると最初のうちは痛がりながらも高圧的な態度だったはずの男の態度は段々と弱体化していき、仕舞には子供のように顔を振りながら泣きはじめる始末だった。





ギィ・・・



 言質を取った上に武器も残さず提出させた一世が扉に力を込めるのをやめてやると、男は震えながらそろそろと扉から右腕を引き抜き、無事な左腕でそっと支えながら涙ぐむ目で状態を確かめた。

 ほんのつい先程までは品の無い笑顔を浮かべた高圧的な態度の男だったはずが、今の様子はか弱い女性でも倒せてしまえそうな弱々しさ。2人の大男はそれでも一世のことを睨んでくるが、リーダー格だったはずの男がこの有様なせいか単に武器を取り上げられ丸腰になったせいなのか、報復を仕掛けてくる様子も一切無い。


 扉の前にいる3人がひとまず安全になったことを確かめて、一世はようやく扉を開けた。



「それじゃ、飲み物でも飲みながら訳を話してもらおうか?もちろん代金はそっち持ちでな」

「・・・はい・・・」



 ちなみに、一世の今の恰好は鎧の一つもつけていないインナーのみ。

 元の武器は売り払い借りた武器も返却してしまっていたため対抗手段も殆ど無く、もしこの場で刃物でも出されていたら最悪部屋の荷物を諦めて逃げ出さなければいけない状況だったのは、彼らには秘密だ。

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