08_スライムと戦い
ゴトッ ゴゴゴゴゴッ
メファーラは小規模な爆発を起こす投擲武器【爆丸(バクガン)】を投げ、そのまま何の説明も無しに消えてしまった。
いくら粘土質で湿った土とはいえ強い衝撃があればそれなりに崩れるし、自然にできた場所なのだから岩や砂も混じって落ちてくる。
幸い水気が多い土だったせいか落ちてくる土の量は少なく連鎖的な崩壊も起こさなかったが、天井にはしっかりと大きな穴が出来上がり、その下には落下した土や岩の合わさった小さな山もできていた。
当然、崩落した物が落下した場所にあった水たまりもといスライムもいくつか犠牲になり、ただの水にしか見えない体の残骸をあたりに飛び散らせていた。
そこは流石に無反応ではなく逃げるなりしたほうが良いのではないかと思うが、それがスライムという生物の生き方なのだろうか。
爆発地点からそれなりに距離があったため一世がいた場所には崩落の影響はなかったが、素手で魔物1000匹討伐や森に置きざりにしたことも含めてメファーラの教育方針はスパルタではなくただの乱暴なのではないだろうか。
そもそもこの世界は勝手に町近くの森で魔物を1000体も狩ったり、一部とはいえダンジョンを爆破しても生態系や法律的に問題無いのだろうか?
そんなことを一世が考えていると、どこからかまたあの勝手極まりない人物の声がした。
「ほら突っ立ってないで、そろそろ戦闘の準備でもしな!」
「どこにいるんだよっ!というか俺にとっては今日が生まれて初めての戦闘なの説明もなしにコレは酷すぎないか!?」
焦った声で問いかけてもメファーラからの返事はそれっきり何も無く、一世は悪態をつきながら荷物を置きボウイナイフを構え、ボウガンの矢が入ったポーチを開けておく。
・・・しかし、爆丸を投げる前の会話の内容からスライムがこの爆発に反応して襲ってくるのかと思って身構えはしたが、崩落中もそのまま潰されて崩落が収まっても無事なスライムたちは無反応のままだ。
来た道は一本道でその道中には何もいなかったのだから、背後にある通路から他の魔物がやってくることも考えにくい。何か起こるとしたらこの空間内だとは思うのだが・・・しかし待っても何も起こらない。
メファーラの言葉で一体何と戦わされるのかと不安になる心は自然と心臓の動きを早めるが、もともと少なかった土煙が完全に収まる頃になっても一向に何の動きも・・・
ビュン!
急に、予備動作も何も無く一瞬の間に伸びてきた【何か】。
一世はそれを認識することはできなかったが、しかし体は反射的にそれを目で捉え足を動かし、ギリギリの距離で攻撃をかわしきった。
バチン!
「・・・・・・?」
一世は自分の横に急に振り下ろされた細長いソレをようやく頭で認識し、その後にぽかんとした顔でソレが伸びてきている根元の場所、先程爆発してできた天井の穴へ目を向ける。
ポタッ・・・ポタッ・・・
大きく開いた天井の穴の中には・・・・・・【何か】が、沢山、ぎっしりと、いた。
先程急に襲いかかってきた溶けたチーズのようにぐにゃりと伸びている何かの根元の部分にあったのは、お馴染みの肉塊入りの水だった。しかしその形状は水たまりではなく宇宙空間に浮かぶ水のような、40~50cm大くらいの不定形な球体のスライムだった。
ついでに言えば、良く良く見ればその天井の穴の奥には無数の魔光虫が漂う空間があり、先程攻撃してきた球体スライムと同じ見た目のスライムたちがいくつも漂っている。
そしてさらに奥には均等にくりぬかれたような穴があり、その1つ1つには小さなスライムが詰まっていて・・・。
―――ハチの巣・・・?
何となくだが、一世は察した。
ダンジョンの最奥の天井にはスライムの巣があり、見たところ彼らの生態はハチのように巣をを形成しながら集団でやっていくものらしい。
そして【個】に手を出しても無反応な彼らの【巣】に、メファーラは爆弾で穴を開けてしまった。
そうすれば一体どうなるのか、というと・・・。
「あー・・・お住まいを破壊したのは俺じゃなく・・・」
・・・ベシャ
ベシャベシャベシャベシャベシャベシャベシャベシャベシャベシャベシャベシャベシャベシャベシャベシャベシャベシャベシャベシャベシャベシャベシャベシャベシャベシャ
一世の弁解虚しく・・・というか聞く耳があるのか不明だが、爆発で空いた穴や鍾乳洞の隙間から絶え間なく、さらにただの水たまりのように静かだったはずの地面のスライムまでもが球状に浮かんで、まるでハチの巣をつついてしまった時のハチようにスライムの大群が一世に襲い掛かってきた。
「・・・うッぷ・・・」
大量のモンスターを相手に下戦闘は経験済みだ。しかし今回はそこよりもなによりも、全く同じ見た目の丸い物体がみっちりと何十体も密集している光景は・・・・・・・・・なんというか、駄目だった。
本能的な所から来るような気持ち悪さと生理的な嫌悪感が一世の体を一気に襲い、寒気にも似たゾワリとした感覚が皮膚を逆立て、胃から喉へと絞り出すように食べた物を戻そうとする。
しかし彼らの目的は巣を壊した犯人(冤罪)の撃退のためであって、その気持ちの悪い集合体は一世の体調に関係無く体をムチ状に伸ばして次々と襲い掛かる。
そんな状況で吐いているような時間の余裕などなく、一世は出てきそうになっているものを無理やり押し戻して地を蹴って避ける。
「ぅぐ・・・・・・くそッメファーラ!!一生忘れねぇ!!」
「ん?一生感謝してくれるのかい?先生は幸せ者だなぁ!」
「逆だっての!!」
一世は吐き気からくる涙と酸味のある唾液をを垂らしながら襲い掛かってくるスライムのムチをナイフで切り飛ばす。
しかしスライムには痛みの概念が無いのか切った所で何の反応も示さず、切られ残った体を再びムチに変えてくる。
「だぁ!」
バシュ!
ならばとナイフを持ったままの右手でポーチから矢を1本取り出し、その間も飛んでくるムチ攻撃を避けながら手頃なスライム1体に左腕を向けて素早く装填したボウガンを放つ。
至近距離からの矢はゼリー状のスライムの体を難なく突き抜け、元々そこが弱点ですと主張するように浮いていた肉塊のような物の中心を貫き、そのまま鍾乳洞の1本に打ち付けにした。
ベチャン
「!・・・まぁ、お決まりだよなっ」
肉塊の部分を貫いたスライムは途端にゼリー状の体をただの水のように変え、唯一形が残った肉塊もそのまま動く気配もない。
一世は攻撃を避けながらスライムが絶命する様子を目で確認すると、ナイフを仕舞いポーチから矢を一掴み分取り出し、素早くボウガンを装填して再び肉塊に向けて矢を放つ。
バシュ!
森とは違い動き回りながら放った2発目の矢は、肉塊をわずかに掠めた程度でスライムに大した致命傷になるような傷は与えられなかった。
「もっかい!」
バシュ! ベチャン
「よし、次!」
バシュ! ベチャンベチャン
しかし最初のうちは3発で1匹が、しばらくすると2発で1匹を確実に仕留められるように慣れていき、早い所この地獄の光景を何とかしたい思いと、矢をなるべくケチりたいという倹約家根性は一世のボウガン技術を急激に向上させていく。
そして段々とみっちりと詰まっていたスライムたちの間に隙間ができはじめ、地面がスライムの残骸で一面水浸しになる頃には、1発で最大3体のスライムの急所を同時に貫くスゴ技までも会得していた。
バシュ! ベチャンベチャン・・・ベチッ
「くそ・・・」
ただ、腕に取り付ける小さなボウガンでは1度に絶命させられるのは2体が威力の限界だった。
3体目を貫く頃には矢が即死に至るまで刺さらない所で中途半端に止まってしまい、戦っているうちに瀕死状態でもがくスライムをいくつか作ってしまう。
彼らに生物らしい意識があるのかは分からないが、元々何もしてこなかったはずの彼らを無理やり戦闘に引きずり出してしまった立場上、半溶け状態の体で弱々しく震えるスライムの姿を見るのは若干心が痛んだ。
バシュ! ベチャンベチャン
「・・・・・・・・・っはぁ・・・!!」
そして数分後のスライムの襲撃が完全に止んだ水浸しのダンジョン内の中、一世はやっと収まってきた首の鳥肌を撫でながら大きく息を吐いてしゃがみ込んだ。
「やあやあ、流石だ」バシュ「おっと」
消えていたメファーラが再び現れるなり、一世は彼女の眉間めがけてボウガンを放った。
スライム単体としての強さはそこまで脅威ではないだろうが、集合体恐怖症でなくても吐き気を催す最悪な見た目はとんでもなく厄介だし、それに数の暴力で無数のムチに叩かれてミンチにされる危険だって十分にあるダンジョンだった。
もちろんハチの巣をつつくような馬鹿な真似をしなければ無害ではあるのだろうが、この女はそれをわざわざ、しかも何の予告も説明もなくやってくれた。
この世界で敵を作らないようにしようと気を付けている一世でも、矢の一発くらい喰らわせたくなるというものだ。
「ほらほら怒らない、怒らない。キミの強さなら問題無かっただろ?」
「精神的には大問題だ。スライムはしばらく見たくもないし、ついでに人間不信にもなりそうだ」
「あららそりゃ大変だねぇ」
「もう1発良いか?」
「冗談、冗談!」
自分よりも・・・少なくとも今現在の一世よりも遥かに強いであろうメファーラにいくら矢を放って凄みをきかせても、所詮彼女にとってはまだ戦闘経験の浅いひよっこ戦士が吠えているだけでしかない。彼女がその気になれば今頃勇者の身体を復活1日目にして死体に逆戻りさせるくらいのことは十分にできるはずだ。
一世もメファーラ本人に「そういう」気が無く戦闘を教えようとしてくれていることは頭では理解できていたが、それでも少しくらいは反抗したくもなってしまう。
実際、肉体的にはよくても精神的にはある意味ギリギリの戦いだったのだから。
「・・・・・・」
「もうゴメンってば。ホラ、武器の扱いにも慣れただろうし、これ以上何かしようって気はないからさ。後は町に戻るだけだから、ね?」
「・・・そう言ってまた帰り道置いてけぼりに・・・」
「しないって。私は隠し事はするけど嘘はつかない主義だよ?」
今現在の一世から見るメファーラの人としての信頼度は、出会った時から比べるとだいぶ低くなっていた。
メファーラの方も一世の心を荒ませてしまった自覚くらいはあるらしく、そこはきちんと否定して一世を立ち上がらせる。
「それじゃあ戻ろうか・・・ああそうだ。スライムの分泌液は植物の栄養になるから、生きているなら町で買い取ってもらえるよ。
1匹銀貨10枚くらいにはなるはずだけど・・・いくつか持って帰るかい?」
「ならそうする・・・でも、こんなに殺して問題無かったのか?」
金銭はいくらでも欲しいと思っている一世は頷いた。しかし、今2人がいる場所はスライムの死体だらけで、後は辛うじて生きているらしい瀕死の個体がほんの数体程度。天井の穴から巣を見る限り他にスライムの姿は見つからず、瀕死ではあるが生きた個体を持ち帰ってしまったらスライムの巣としての機能が無くならないかと不安に思った。
「大丈夫、大丈夫。兵隊スライムが全滅しても女王スライムさえいればすぐに分裂して元の数に戻るから」
・・・のだが、やはりそこもハチと同じような生態で心配いらないらしい。
2人は瀕死のスライムの体というか分泌液を切り落とし、生肉入りの煮こごり料理のようになってしまった加工済みスライムを予備で持ってきていた袋に入れる。
生きていたスライムは全部で8匹と少なかったためすぐに加工と袋詰め作業は終わり帰路につくことができたのだが、しかし大量に殺したスライムの水気を吸った足場は来た時よりも悪くなり、荷物が増えて重くなった分余計に足がぬかるみに沈む。当然その足取りは行きよりも重く遅くなり、だいぶ多くの時間を使ってダンジョンを脱出した。
だが、わかりきっていたことだが、ダンジョンを抜けた先は両手を広げて喜ぶような外ではなく木と草と魔光虫が視界を延々と埋め尽くしている薄暗い森。土が草に変わった程度の違いしかない相変わらずの魔物の住処だった。
「はぁ・・・」
歴代プレイヤーが作り上げてきたのであろう勇者の身体は長距離の移動や大量の魔物との戦闘の後でも疲れを殆ど感じていない。しかし頭の方は全くの別問題で、異世界に来てしまったことや慣れない戦闘、ついでにスライム集団の精神的ダメージで既に限界ギリギリになっている今の一世にこの道のりは辛かった。
綺麗だと思っていたファンタジックな魔光虫の光はいつの間にか幻滅の色となり、見慣れた白い太陽の光が見たいと思うのは人の性なのだろうか。
メファーラは今度は言葉通りに急に走り出したりせずに前を歩いてくれるのだが、もう走ってくれても良い。
早く町について、宿を探して、そのまま何も食べず風呂にも入らずベッドに倒れ込みたい。そんな思いが一世の足を速く動かした。
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