07_ダンジョンに挑み
「・・・あ。思ったより早かったねぇ」
森に取り残されて追いかけた先で十数分ぶりに見たメファーラは、手頃な岩に座りながら呑気に水筒の水を飲み、軽食の惣菜パンが入った包みを膝の上に拡げて呑気に食べている真っ最中だった。
「・・・おかげさまで、良い運動になったよ」
少しはソワソワしたり心配していた素振りを見せてくれても良いのではないか?と思うのだが、彼女の予想通り迷うことも怪我することも、心配されるようなことは一切なかったのは事実だ。
一世は申し訳程度に皮肉を込めた返事とわざとらしいため息を吐きながら、渡された水を飲み干した。
「それじゃ、少し休憩したら【アレ】に挑むよ。
・・・まぁ、キミにとっては初めてのダンジョン探索だろうから言っても仕方無いだろうけど、気楽に行こうじゃないか」
メファーラはそう言って【アレ】の方向を指差した。
「あれが、ダンジョン・・・?」
一世は指差され方向を見て、予想とだいぶ違っているその見た目に疑惑の目を向けた。
そのダンジョンの入り口は、大人が手を上や横に振っても辛うじて当たらないくらいのあまり広いとは言えないくらいのもの。一世の元いた世界の洞窟とそう変わりない見た目をしていた。それだけなら普通なのだが、問題はその奥だ。
一世が知るダンジョンのイメージとは真逆に、内部はとても明るかった。
内部からかすかに吹いてくる風は雨の日のように湿気ていて土っぽく、入口の様子や内部の壁の所々から飛び出ている木の根や草から見てもダンジョンの壁は土製のものなのだろうとは思う。しかしそれなのに、内部に密集して漂っている魔光虫の放つ紫の光が濡れた土に反射し、まるでそこが宝石のアメジストでできている洞窟なのかと錯覚してしまうような色に輝かせていた。
森よりも随分と明るく視界が奥まで見通せ、しかも見え限りでは魔物の姿も影すらも無い綺麗な洞窟。もし事前に魔光虫の情報を知っていなければ観光地とも思えたかもしれないくらいの洞窟だった。
「本当に・・・あんな明るい場所に魔物が?」
「強力なダンジョンほど魔光虫が多いから、ここはまだ暗い方だよ?
というか、ダンジョンは基本的に明るいものだと思うのだけど・・・キミの認識では違うのかい?」
「もっとランタンとか光源魔法を使って進むような・・・」
「・・・遮光眼鏡や光の軽減魔法じゃなくて?」
確かめるように一世が聞くと、休憩は終了とばかりに水筒などを仕舞って荷物を纏めていたメファーラは首を傾げて不思議そうに聞き返してくる。
どうやら一世の知るゲームのダンジョンとこの世界のダンジョンの明るさの認識が全くの真逆らしく、強力なダンジョンほど魔光虫が多く眩しくなっていくらしい。
そのためランタンが必要になるくらいまで魔光虫が少ない暗いダンジョンというのはほぼ無く、あるとすれば何かしらの理由で元の住処から離れた魔物、通称「はぐれ」と呼ばれる魔物が身を隠すために適当な洞窟に住み着いてしまった一時的な場合など、本当にレアケースな時だけ。基本的にダンジョンとは紫色に明るいものなのだという。
一世がダンジョンというものに持っていた暗く陰鬱とした大まかなイメージを簡単に伝えると、メファーラは興味深そうに聞いていた。
「ふぅん・・・やっぱり勇者の世界の話は変わっていて面白いね」
「・・・前の勇者もやっぱり似たようなことを?」
「前の勇者は狭い場所に不向きな武器だったからダンジョンに潜ったことは無いんだけどね。
【ギャルゲトエロゲ】だっけ?・・・その中で学んだっていう魔物の知識を色々と教えてもらってさ。結構役立つ情報も多かったんだよ」
―――もういい。もう何も喋るな。歴代勇者ズよ・・・っ!
またもや出てくる歴代勇者の恥ずかしい情報。
同じ体を使いまわしている身として、一世はあと何度このようなこっ恥ずかしい思いをすることになるのだろうかと内心不安に思った。
「・・・ん?詳しく聞きたい?」
「精神的に辛くなりそうだから今はやめとく」
「了解、了解。それじゃ武器の実践、いってみよっか」
メファーラは笑顔で立ち上がり、そのまま流れるような動作で洞窟へと歩いていき、一世もその後を続いた。
ダンジョンの内部はやはり外から見た通りぬかるんだ粘土質な土でできていて、靴底が土に沈み離れる際に後を引くベチャリとした感触が不快感を生む。しかしメファーラはその上を慣れた足取りで進み、しかもコツでもあるのか足音や足跡すら殆ど残していない。真似してみようと試みるが、流石の勇者の体でも見様見真似でできるものではなく、後日の課題として頭に置いておくことにした。
無言のままゆっくり洞窟内を進んでいくと、途中から段々と僅かな水音が響いてくるのを肌と耳で感じ取る。
見る限り新しい足跡が自分達2人のものしかないことを考えると、音を出している何かが人ではないことは恐らく間違いない。元からなるべく音を出さないようにしていた体をさらに慎重に動かしながら進むと、やがて2人が並んで歩いて少々窮屈に感じる程度の広さだったはずの通路は徐々に縦にも横にも大きく広がり、ただの土を掘った洞窟から鍾乳洞のような場所変化する。そしてその頃になると僅かに聞こえていた水音はハッキリと聞こえてくるようになり、音の発生源だと思われるソレの形が段々と明確になっていった。
「・・・さて、ここが最深部だよ」
何事もなくあっけなくたどり着いたダンジョンの最深部で、聞こえてきた音の発生源の、明らかに人間ではない【何か】に背中を向けながら、メファーラは意地悪そうに笑った。
人類の敵である魔物に背を向けるのは・・・とも思うだろうが、それは安全だと分かっているからこそのものだろう。実際、その魔物は攻撃に入る様子は一切無いのだから。
明らかに隙があるのにこちらに何の反応も示さず、ただ時々体をゆっくりと伸縮させ、その動きに合わせるように湯気の立つ水を体の表面からじわりと浮かせていた。
「・・・なんだあれ」
「スライム」
「俺の知っているスライムとだいぶ違うんだけど・・・」
「あぁ聞いたことあるよ。何でもニホンのスライムは女性の服だけを溶かして・・・」
「そんなスライムも知らないっ」
一世はその続きを言われる前にバッサリと否定した。
そこにいたのはメファーラ曰く【スライム】・・・らしかった。
とは言っても、一世の知っている水色のしずく型で有名なアレや、歴代勇者の知っているいかがわしいソレとはだいぶ違い・・・なんというか、「これがスライムです」と言われてもどうにも彼にはピンとこないものだったのだが。
鍾乳洞の尖った天井から水がポタポタと落ちるその場所には水たまりのような、しかし野球ボール大の肉の塊のようなものが中央にぽつんと浮かんでいて、ただ普通の水よりだいぶ表面張力が効いていて、割られた生卵のようにぷっかりと膨らんだ水たまり。
別に目も口も無くこちらに襲い掛かってくる気配もまるで無い、本当にただ少し変な所がある程度水たまりにしか見えないのだが、しかしこれがこの世界のスライムなのだとメファーラは言う。
「・・・でもこれじゃあ、戦っても意味がなくないか?」
折角靴を泥で汚しながらやってきたのに最深部に全く襲ってこないスライムがいくつかいるだけ・・・という、なんというか歩き損したような気分になる何ともつまらないダンジョン。
それなりにダンジョンという存在に身構えて進んできた結果がこれでは、折角やってきたのに森でやっていたマト当て練習と状況は殆ど変わらないじゃないか、と。
しかしメファーラはニヤリと笑って右手の人差し指をピンと立てた。
「確かにスライムは見ての通り全く襲い掛かってこない。これなら魔物襲い掛かってくる森の方が戦い甲斐があると思うだろう?
・・・しかし、一見何の害もなさそうなこのダンジョンだけど、一気に危険になる条件があってだね・・・?」
そう言いながら左手では何やらポーチから黒いゴルフボールのような球体を取り出した。
そして、一世はそれを見た覚えがあった。つい数時間ほど前の武器の訓練中、投擲武器の1つとしてメファーラに紹介されていたものだった。
「・・・え」
「では気張りたまえよ若者!【透明化(トランスパァレント)】!」
「それをこんな場所で使う気なのか?」・・・と言う前に、メファーラは球体をダンジョンの天井へ向けて放り投げ、ついでに何やら妙な言葉を残して姿も気配も消してしまった。
ドンッ
メファーラが消えたと同時にダンジョン内に響く音。
その原因はもちろん先程投げられた黒い球体によるものだ。
あまり範囲は広くないがそこらの魔物や人間相手なら十分に致命傷を負わせられる爆発性の投擲武器、それが先程メファーラが投げた黒い球体の正体、【爆丸(バクガン)】だ。
使い方はただ強めに握った後に遠くに投げるだけ。
黒い殻の中には空気に触れると爆発する特殊な粘性の液体が入っていて、ゆで卵にヒビを入れるように少しだけ隙間を作った後に放り投げてやれば後は勝手に爆発してくれるという取り扱い注意の便利な代物だ。
・・・さてそんなものを鍾乳洞で投げれば、どうなるだろうか?
「・・・やっぱ教えを乞う相手、間違えたかもしれない・・・」
今更ながらの勇者の後悔する声は、崩壊の音の中に消えていった。
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