06_武器を選び
およそ1000体の魔物を素手で倒した後、一世は本来の目的だったはずの武器の練習をようやく開始することができた。
そしてその内容は、つい先程までやらされていた素手で魔物1000体を倒すスパルタメニューから比べれば随分と優しく普通なものだった。
まずメファーラが教えたのは小ぶりな刃物の持ち方や振り方。
当然ながら良い武器を手にしからといって使い方を知らなければ上手く扱えるわけもなく、一世は彼女の話に真面目に取り組みそれぞれの武器の特徴を覚えながら言われた通りに真面目に動く。
それでもやっていくうちに自然と効率の良い振りの角度や力の入れ加減が分かっていき、あっという間に一世の刃物さばきは上達していった。
ならばとメファーラは次に曲剣の扱い方を教えるのだが、それも勇者の体は難なく吸収し短時間で思いのままに扱えるようになってしまう。
「う・・・うん。刃物の特訓はこれくらいにしようか・・・」
若干引き攣った顔をしたメファーラが次に教えたのは、遠距離武器の扱い方。
近くにあった老木にマト用の円を描き、最初は数歩後ろに下がった所から中心に当てる。それが成功したらさらに3歩下がって・・・と繰り返す単純な方法だ。
復活した時に大剣を背負っていた体なだけあって弓を引く程度の力が十分にあることは分かりきっていたが、決めた場所に矢を当てるための能力も勇者は優れていたらしく、ほんの数回外した程度で感覚を覚えて中心に当てられるようになった。
それは勝手が違うボウガンでも同じで、数度の練習で感覚を覚えた後は弓と同様に狙った場所へ矢を当てられるようになってしまう。
そして弓矢技術の習得は刃物よりも手早く終了してしまい、あっという間に視界の先の米粒ほどのマトの中心に矢を難なく当てられるほどに上達してしまった一世の弓の上達っぷりにメファーラは落胆した。
「教え甲斐が無さすぎて先生ちょっと凹んじゃう・・・」
メファーラはそう言って眉間を揉んでいた。
「俺も自分でビックリしてるんだけど・・・」
ビュン・・・・・・・・・ダン!!
強めに引き絞ったボウガンから放たれた矢は正確に飛び、狙い通りマトの中心へ当たる。
殆どズレることなく一点に矢を受け止め続けた老木は既にボロボロのヒビだらけになっており、最後に当たった矢を中心にベキベキと亀裂が入り、しまいにはボロボロと裂けて崩れてしまった。
「あー・・・まぁ、マトも無くなったし、これで練習は終わりにしよっか・・・実戦いこう・・・はぁ」
一世とメファーラは弓の練習を終わらせ、マトとして使用し続けた結果シーチキンをぶちまけたような見た目になってしまった木の残骸がある所まで戻った。
元はそのほんの数歩離れた所から矢を当てることを始めたはずが、ほんの数時間後には数分歩く距離まで離れた場所から当てられるようになってしまったのだから勇者の身体的スペックは「凄い」という言葉では伝えきれないもので・・・横でため息を吐きながら歩くメファーラの気持ちも最もだった。
「・・・それで、一通りの武器の扱いは分かっただろうけど、気に入ったのはあったのかな?」
「ん~・・・」
出来の良すぎる訓練の結果、街にいた時より若干元気がなくなってしまったように聞こえるメファーラの問いに、まだ使えそうな矢を集めながら一世は悩んだ。
触った武器はどれも、少なくとも一世と勇者イッセイの人生の中では持った経験が一切無かったものではあったが、勇者のずば抜けた能力はほんの数時間の訓練でその全てに馴染んでしまって、正直どれを選んでも「武器が合わない」ということにはならなそうな気もする。
装備屋にいた頃とはまた違う、随分と贅沢な悩みが発生してしまっていた。
しかし武器選びをすることが本来の目的だったはずで、全部を持って行くこともできない。
ならばと消去法で考えていこうと一世は考えた。
まず、一世が候補から外したのはショーテルやシャムシールなどの【曲剣】と呼ばれる武器だった。
三日月のような形に弧を描いた特殊な形をしているこの武器は、地球では盾を構えた敵と戦う事を想定して作られたものだ。そしてこの世界でもその用途は殆ど同じで、盾持ちの人間もしくは固い鱗や甲羅で覆われた魔物などの柔らかい部分を狙うために使われているらしい。
しかし今の一世はあくまでも人間を相手にする予定は無く、また「固い鱗に覆われた敵は普通なら魔法を使うだろうね。魔法が使えない人はよっぽどの理由がなければ相手にしないで離れる方が利口だよ」とメファーラは言っていたため、魔物相手にも曲剣が役に立つ機会はあまりないだろうと踏んだのだった。
次に外したのがエストックやフランベルジェなどの【刺突剣】。
文字の通り突き刺すことを主体に戦う武器で、関節の隙間などの比較的柔らかい部分を狙って刺すために細く長い形状をしている。
ただ刺剣はその細さ故に壊れやすく、これから旅を予定しているのに簡単に壊れてしまうような武器を持って行っても意味が無い。そのため必然的に線が細い武器は全て却下とした。
そんな風に少しずつ武器を省いていった結果、残ったのは短剣がいくつかと、後は遠距離武器がいくつか。その中から一世が最終的に選んだのは【ボウイナイフ】と【クロスボウ】だった。
「この2つはどうかな?」
「ふむ・・・今の軽装備との相性も良いし、それに攻撃手段が複数あれば対応できる幅も広い。
私は良い判断だと思うよ?」
一世の選んだ2つの武器は、戦闘のプロのメファーラからも良い評価が貰えるチョイスだったらしい。
ボウイナイフはキャンプなどで使うサバイバルナイフに見た目が近く、それより少し大振りで幅広になったような形のナイフ。
この世界では戦闘はもちろん魔物にトドメを刺す時や解体する際にも使われるごく一般的な刃物であり、リーチはあまり無いが刺すにも切るにも使える便利な武器だ。
そして何より、一般的な武器なためどこの田舎の武器屋でも扱っていて買い替えや修理に困らない。
ヒロアキとは違い武器に対する愛着やこだわりが無い一世にとっては利便性が最も重要視される部分なため、候補に残った中で最も勝手が良さそうなこのナイフを選んだ。
そしてもう一つは腕に取り付ける形で使う小型のクロスボウ。強力なバネを押しつぶし、それが元に戻る時の力を利用して矢を打ち出す複雑化された弓。
弓とクロスボウを比べたら強さに強弱をつけたり曲線の矢が放てる弓の方が戦闘の多彩さは上だ。しかし筋力や体力に関係無く常に同じ強さの矢が放てる所は弓よりも魅力的で、腕に取り付けられるこのクロスボウは小さい分普通のクロスボウより威力は落ちるが、持ち運びが楽で狭い場所でも戦いやすく、さらに武器を取り出す手間も無いため急な戦闘にも対応しやすいというメリットがある。
可能な限り危険は避けたいのが本音だし、戦う必要があったとしてもできるだけ怪我のリスクを避けた安全な方法で・・・というのが彼の正直な願望だ。
そんな願望を表すように、一世の選んだ武器は小さく迫力も珍しさもなく、しかし隙は作らない構成となった。
「それじゃ、町に戻ってちゃんとした自分の武器を買うまでは貸しておくから大事に使いなよ。
一応それ、ウチのギルドの備品なんだから・・・あ。使ったボウガンの矢も後で請求するからね?」
「わかってる」
メファーラは一世が選んだ武器とボウガンの矢の束だけを渡してやり、選ばれなかったものを元の袋に戻した。
「じゃあ、武器が決まったのなら次は実践だね・・・と言っても、この辺りの魔物はだいぶ減らしちゃったし、また同じ魔物と戦うのも面白くないだろう。
そこで・・・だ。もう少し進んだ先に小規模なダンジョンがあるから、普通なら武器の初心者にダンジョン探索なんて勧めないけど・・・少なくともキミの動きは初心者なんてものじゃないし、実践と行こうじゃないか。
ちょっと遠いから走るよ~」
「え」
どういうことだと聞こうとしても、その頃には既に自分の分だけの荷物を持って走り去ってしまっているメファーラ。
しかも教え甲斐が無い優秀すぎる教え子に対するちょっとした嫌がらせなのか、その表情は遠くからでも分かるに随分と意地悪く愉快そうなものだった。
―――えぇ・・・?
元々の足の長さと身体能力の高さを生かした一歩は驚くほどの距離を静かに跳び、驚いた一世が自分の分の荷物を背負い走る準備に入る頃には既に彼女の姿も音も森の奥の闇にすっかり消えてしまっている。
しかし勇者の優れた感覚と、つい先程強い風が吹き抜けていったかのように他と違う動きをして漂っている魔光虫のお蔭でメファーラの進んだ道を探ることは難しくない。
ただ、いくら魔物が襲ってきたとしてもと素手で楽々対処できると分かっていても、見知らぬ世界の薄暗い森の中に一人置いてけぼりにされてしまうのは精神的には少し怖い所がある。
一世は急いで後を追った。
「・・・・・・うわ!?」
だがしかし、メファーラは道中には急ごしらえの細工を施していたらしい。
ふとした拍子に足に絡まってくる蔦や体を掠めるように突き出た真新しい枝、それらが明らかに人工的に結ばれていたり折られていたり、しかも木の根の影や草の間など、何とも意地の悪い場所にこっそりと隠されながら制作されていたのだった。
ただでさえ魔光虫以外の光源が無い薄暗い空間と草木が自然のままに生えた歩きにくい足場は一世の進行を遅らせる・・・のだが、朽ちた木やトラップを踏んで体勢を崩しても次の一歩で難なく元通りに整えられる抜群の運動神経を持つ勇者の体には、それらはあくまでも安全に進められる障害物競走でしかない。そして、メファーラはそのことを心得た上でこの意地悪をしたのだろうことは容易に想像がついた。
「子供かよ!?」
面倒見の良い姉御かと思いきや子供のようなイタズラをするメファーラへ悪態をつきながら、一世は走る。
その顔が元の運動嫌いなインドア少年の不快そうな顔ではなく、体を動かす事に喜びを覚える勇者の笑顔が浮かんでいた事に、一世本人は気付いてはいなかった。
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