05_戦闘を学び
突然だが、一世は生まれも育ちも都会の純都会っ子だ。
学校は40人くらいのクラスが1学年あたり6クラスはあり、最寄りの駅は広く大きく、数分に1度の頻度で電車が来る。
家の徒歩圏内にはあらかたの用事が済ませられる店舗や施設が揃っていて、真夜中でも光が点いたままの店が沢山あるため住宅街を抜ければ一日中人通りが多い場所だらけ。
おまけに共働きの両親がたまに休暇を取った時も一世の希望で遠くへ旅行することはなく近場の日帰り旅行ばかりで、一世にとって田舎の風景なんてものはテレビの中だけの、行くことの無い別世界のような認識だった。
だからこそ、この光景には城よりも町よりも驚いた。
「な・・・なにも無い・・・・・・!」
「?・・・ちゃんと草と森があるじゃないか」
城下の街を抜けてその街を囲む石壁を抜けた先にあったのは、馬車や人の行き交いで草が無くなった土道が寂しく伸びているだけの草原。地平の果てまでただただ草木のみで埋め尽くされた、ひたすら緑しかない光景だった。
この世界で暮らしてきたメファーラからすればごく普通の見慣れた光景なのだろうが、コンクリートで埋め尽くされた緑の少ない環境で暮らしゲーム以外への一切の関心が薄く自然への慈しみ精神も無かった一世には、人間の一人どころか人工物すら全く見当たらないこの景色は「俺、この世界で生きていけるんだろうか・・・」という元からあった不安が更に増す結果となってしまっていた。
「しかも魔物もいない・・・」
「当たり前だろう?魔物が頻繁に出るような場所で畑仕事や子育てができると思うかい?」
「・・・そう言われれば、そうだよな」
メファーラの呆れたような目を見て、一世は自分のゲーム的思考を反省した。
一世のゲームの知識から考えれば「魔物は街では一切出ないが、逆に街の外に1歩でも出てしまえば魔物が際限なく現れる」というイメージがあるが、現実的に考えればそんな都合の良い境界線などあるわけがない。
普通に考えれば、水の確保がしやすく作物が育つ土があり、後は自然災害がや寒暖の差が少ない土地であれば開拓地の拠点としては十分に整っている場所と言える。しかしこの世界ではそれらに加えてさらに【魔物】という、最も身近で明確な脅威が存在しているのだからそうもいかない。
ファンタジー世界は地球よりもよっぽど過酷で選択肢が無く、不自由な環境だった。
「・・・それで、どんな場所なら魔物は出やすいんだ?」
「その見極めは簡単。
魔物の力の源になる魔素が多い場所には【魔光虫】っていう紫の光を放つ魔物が自然と湧くから、その光の有無や数を目安に魔物の規模や強さは大体判断がつけられるよ。
まぁもちろん例外もあるにはあるんだけど、基本的に魔物は魔素が多い所に集まるからね」
「なるほど。それじゃ・・・」
この世界の常識を知るための一世の質問にメファーラが答えながら、2人の足は街から見えていた森の方へと続いている街道を進んでいく。
2人の背中にはここに来るまでに立ち寄ったメファーラのギルドから借りてきた軽装備用の武器がいくつか入った袋が下げられていて、歩くたびに金属や木が擦れた音を出す。そのせいで臆病な生物は彼らの周辺から離れてしまい、彼らの周囲からは段々と鳥や獣の鳴き声が消えていき、まだ夕方にもなっていないというのに明るい平原からは風と自分達以外の音しかしなくなる。
そのまま森へ続く道を道なりに進んでいくと、イネ科の草原は段々と棘の生えたバラ科の低木樹や背の高い針葉樹へと変化し、太陽の光と暖かさが徐々にそれらに遮られていく。
更に奥へと進んでいけば、辺りは樹齢百年二百年はくだらないような太い針葉樹と、それらの朽ちた残骸が地面に無造作に転がるだけの暗くひんやりとした場所へと変わり、暗闇を見ることに長けてはいない人間の目で見ることのできる範囲は随分と狭く近くなる。
しかし、更に奥の暗がりへとメファーラに離れ無いように足を進めていくと、この世界の人々が魔物の有無や規模を確認する指針にしているらしい【魔光虫】の紫の光がぽつりぽつりと現れ、その数は進むほどに増えていく。そして更に先へと進んでいけば、周囲は段々と無数の魔光虫の紫の光に照らされたぼんやりと明るい幻想的な森へと姿を変化させていった。
「・・・こんな綺麗な景色、初めて見たよ」
「え・・・魔光虫が綺麗って・・・・・・やっぱり勇者ってのは変わってるんだねぇ・・・」
不快そうに手で追いやっている様子を見る限り、メファーラたちこの世界の人々にとって魔光虫という存在はあまり良いものではないらしい。しかし紫色の光をふんわりと放ちながら水中を漂うようにゆったりと揺れ軌跡を残す魔光虫の光は、一世の目には幻想的で神秘的、少なくともつい先程まで見ていた地球のどこかでも似た場所がありそうなただの大自然だけしかない平原や森よりもよっぽど良い刺激になる。
もちろん今いる場所が一世の考えるゲームと同一のものはないことは重々分かっているのだが、やはり彼にとって【ファンタジー】っぽさがあるか無いかは彼にとってせめてものモチベーション維持に必要なのだった。
「・・・さて、これだけ魔光虫がいればそれなりに魔物も出る筈だ。このあたりで始めようか?」
「わかった」
メファーラが適当な、周囲に比べれば多少は色合いが明るく目立つ木の根元に荷物を降ろし、一世もその隣に荷物を降ろした。
彼らが持ってきていた荷物の中身は軽装用の武器ばかりで、一世が最初に背負っていた大剣と比べれば断然軽い。しかしそれでもいくつも入っていれば多少の重みは感じるし、長時間背負っていればそれなりに肩も重くなる。
急に軽くなった腕や首を軽く回しながら一世はメファーラの指示を待った。
・・・そして、
「後ろ!」
「・・・・・・」
ベキッ
「そこで蹴り!」
「・・・・・・」
バキッ
紫色に薄暗い森の中で唯一赤く強く光る蝋燭が灯されたただ一点の場所。
蔓草が密集して犬や牛のような動物を模り動きを真似しているものや、巨大な花を咲かせた植物が根をタコのようにウネウネと動かしながら這うもの。他にも姿形は多種多様な植物の魔物たちがひっきりなしに押し寄せてくるその中心で、一世はやってくる魔物たちをメファーラの指示に従って無言で粉砕し続けていた。
その一世の攻撃には一切の迷いが無く、それぞれの弱点部位を一発で確実に粉砕するだけの威力の攻撃を容赦なく放っていた。
そりゃあ、最初のうちは見た目の不気味さに驚いて少しの恐怖心も持ったし、明らかに魔物っぽい見た目をしている敵とはいえ意思があるものを攻撃することに躊躇う心もあった。
しかしおっかなびっくりに戦いを続けていくうちにそれはいつの間にかただのマトに攻撃を当てるだけの作業としか思えなくなっていき、手や足に憐みからの感情による動きの鈍りもなくなっていった。
・・・というのも、ここへ荷物を降ろしてからというもの「手足が思い通りに動かせない人が武器なんか持っても仕方がないじゃん?」とメファーラに言われ、それからはただひたすらに現れる魔物の急所にパンチとキックを的確に当てる練習の繰り返しをしていた一世。それも1体10体どころではなく既に656体目。そこまでの数を秒単位で殺していけば、いくら殺生に馴染みの無い平和な日本出身の少年とはいえ、敵の命を奪うことへの感情だって消え去るくらいに慣れてしまうのだった。
バキッ
慣れは恐ろしいなぁと内心思いながら、一世はかれこれ1000体目の【マト】を蹴り飛ばして絶命させた。
その頃になると姿かたちの違う魔物の動きの主軸になっている部位を一瞬で見定めるられる目と、メファーラに指示される前にそこを破壊する運動能力を自然と身につけていた・・・というよりも勇者の体が昔の感覚を思い出したような感覚があった。
―――やっぱこの体は歴代の勇者から引き継いでるって感じだよな・・・?
一世は自然で無駄のない動作で魔物の息の根を次々と止めていく自分の手を見て、首をかしげた。
弱い魔物とはいえ1000匹も相手にしても全く疲れていない強靭な体に、戦い慣れたように俊敏に動く手足。
どう考えてもゲームを初めたばかりで身についているものではないし、勇者の歴史の話からすれば自分も過去の勇者の能力を引き継いだ状態だと考えて良いと思う。
しかし自分があの時に選んだ選択は【とちゅうから】ではなく【さいしょから】・・・今置かれた状況を考えれば強い体を持っていることはむしろ有難いことなのだが、未だにその理由も分からないままなのがどうにも引っかかってしまう。
そんなことを考えながら無心で1024体目の魔物の急所を粉砕したイッセイに、メファーラからの声がかけられた。
「このあたりで終わりにしよっか。そろそろ魔物にも体の動かし方にも慣れただろう?」
「・・・まぁ、なんとか」
一世は心ここにあらずだった頭を戻して返事をした。
元は魔物だった植物の残骸に囲まれた一世の元に木の上から指示を出していたメファーラが音もなく降り、そして大量の魔物がやってくる原因となっていた妙に赤い炎を灯す道具【魔物寄せの蝋燭】を吹き消す。
火を消した途端に近くに寄ってきていた魔物たちは急にイッセイとメファーラに怯える素振りを見せ、一目散に森の中へと姿を消してしまう。
「・・・・・・」
戦闘初心者と大量の魔物と戦わせる・・・という、随分と乱暴な教育方針を取られている気もするのだが、しかし実際、怪我をすることもなく戦闘能力はぐんと良くなった。
素人考えで「次はもう少し優しい方法にしてくれても良いのでは」と言いたい心をぐっと抑えながら、一世はメファーラの次の指示を大人しく待つことにした。
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