04_かつての友人と出会い

―――さて、武器はどれが良いのか・・・。



 持ち物の重量のうち8割9割を占めていただろう重い大剣を装備屋の店員に売り渡し、一気に軽くなった肩を動かしながら店の入り口に並べられた武器を真剣に見てまわる一世。

 今の彼の持ち金は元から持っていた分とつい先程まで背負っていた大剣を売っぱらった分を合わせると随分と多く、彼の財布用の袋の中には現在金貨が約500枚と銀貨銅貨が200枚ずつくらい詰まっている。

 この店で最も高い武器が金貨12枚と銀貨80枚、屋台で売っていた軽食が銅貨20枚そこそこだったことを考えると、一世の懐事情は中々に良いらしい。

 ・・・それに今後、この世界で最も重要視するべきだろう安全の確保のためにも装備品を妥協して痛い目を見ることは避けたい。

 一世は値段を気にせずに武器を選ぶことにした。



 ・・・そして数十分後、店員に不思議な目で見られながら相変わらず武器を選び続けている勇者の姿がそこにはあった。



 店の中には大きさも形も様々な武器が置かれている。それはまあ、戦う者から見ればどんな戦い方にも対応できる武器が揃った贅沢な状況なのだろうが、しかし一世はただゲーマーなだけの高校生なのだ。

 ゲーム知識のお陰で武器の名前や用途くらいなら何となくわかるものの、実際の戦闘知識や武器を扱った経験なんてものは一切無い。そんな人間の前にズラズラと武器を並べられても、そもそもどうやって選べばよいのかすらわからないのだった。



 次第に時間だけが過ぎ武器を選ぶという目的を忘れ「そもそも武器とは何か」とおかしな方向に思考を持ってきだした一世に、見かねたのか気まぐれなのか、背後から声がかけられた。





「何かお困りかい勇者サマ?」

「ぅわ!?」





 集中してどうでも良い事を考えていた一世にかけられたのは低めで色気のある女性の声。しかも耳元でいきなりの不意打ちだ。


 外見はともかく中身は思春期真っ盛りで異性に敏感になっている年頃の一世は変な声と共に持っていた武器を手放してしまい、そのまま落ちた武器は運悪く足の指先にピンポイントで落下した。

 ちなみに落とした武器はメイス。簡単に言えば戦うための鈍器・・・棒の先に重たい砲丸を付けたようなもので、元の世界で同じことをやったら確実に足の指は折れていただろう。



ゴッ


「ぐッ・・・・・・!」

「あ・・・えーと・・・ごめんごめん。久しぶりの再会だったからちょっと意地悪しようと思っちゃってさ。

てっきり何も言わずに【ニホン】とかいう国に帰っちゃったのかと思ってたよ」

「・・・!?」



 一世は落としてしまったメイスを涙目で拾い上げながら抗議と質問をしようと声の主の方を見て・・・口をけて無言のまま、固まった。



 その女性は身長の高い勇者イッセイと肩を並べられるほどに背が高く、細い全身にぴったりと密着し、手や足の指まで形に合わせて作られたダークグレーのレザー装備・・・思春期男子には少々刺激が強い装備だった。

 そして顔つきは見慣れない外国人顔のため年齢の程度は予想がつかないが、少なくとも成熟した女性独特の色気があり、シュッとした輪郭の中に絶妙なバランスで配置された深緑色の切れ長な目と薄い唇は可愛いさではなく涼しい印象を強く受ける。

 黒みがかった緑の髪はシニヨンの形に編み込まれ、背中には大輪の花模様が炭入れされた銀の長弓と矢筒が背負われている。



 上から下まで魅入ってしまうくらいに綺麗な美女だったが、一世の目が向いたのはその美貌ではなく肌の色だった。


 これまで見てきたこの世界の街の人間は、元の世界にいても違和感の無いごく普通の肌色をしていた。しかし今目の前にいる女性の肌は明らかに肌色系統ではなく灰色。曇り空のような冷たい灰色をしていたからだ。



「・・・ん?ジッと見ちゃって、もしかして私の顔を忘れたのかい?」



 話し方から、彼女がかつての勇者のうちの誰かと知り合いで、しかもだいぶ詳しい所まで知っている人物なのだろうということは想像がついた。

 しかし当然ながらこの世界に来てまだ数時間程度の一世に彼女との記憶はなく、彼女の明るい笑顔に応えることは自分にはできないと首を振って否定した。



「王城では復活の影響とか言われましたが・・・・・・・・・俺は姿は同じでも、貴女の知っている勇者とは全くの別人です」

「そっか・・・何か寂しいなぁ。私との記憶も無いのかぁ・・・」



 灰色肌の女性は眉を下げて残念そうに笑った。



 肌の色にばかり目が行っていた一世だが、感情を表すようにヘタリと角度を下げたその耳も普通の人とはだいぶ違い、横に伸びた長い耳であったことにようやく気がづく。

 肌の色もそうだが、その外見的特徴は一世が今までプレイたしたことのあるゲームの中に出てくるとある種族の特徴に一致していた。



「そんじゃ、私の名前はメファーラ。

種族はダークエルフで、トレジャーハンターギルドの副ギルド長で・・・・・・まぁ、なんか変な感じだけど、はじめまして【イッセイ】」

「・・・一世です。はじめまして」



 以前の勇者と知り合いであったはずのこの女性の口からも【イッセイ】の名前が出てくることに気持ち悪さを覚えるが、それは自分にしかわからない問題だと飲み込んで名を名乗る一世。



 そして長年のゲーム知識から恐らくはそうだろうと予想していた一世だったが、やはり彼女は予想通りダークエルフだった。





 【ダークエルフ】というのは、ファンタジー系の創作物では馴染みの種族【エルフ】の親戚のような存在だ。


 創作物によって多少の違いはあるが、彼らは見的な特徴で言えば人間とほぼ同じで、しかし人間よりも背が高く細身で色白な肌、横に長く伸びた聴覚に優れた耳、顔つきは男女ともに美形が多い種族として描かれていることが多い。

 他には非常に長命であり体内に持つ魔力の量が人間の数倍は優れているとか、手先が器用で細工が得意だとか、他には自然愛者で完全菜食主義だとか、そのあたりがエルフの設定として定番に挙げられる。

 ダークエルフはそんなエルフの肌の色だけを灰色にもしくは褐色に変えた見た目をしていて、他の特徴は基本的にエルフと殆ど同じだ。

 ただし作品によっては「先祖は同じでも違う分岐を進んだ似て非なる種族」としてエルフや人間から差別的な扱いを受けていることもある。



 ・・・と、一世の知識の中で記憶されているダークエルフだが、どうやらこの世界でのダークエルフは店の他の客や店員を見る限り、人々に敵視されるような種族ではないらしい。

 見た目が特殊なせいか勇者イッセイがいるせいなのか、道行く人々の視線はそれなりに感じているが、それらは物珍しさからきているだけで差別的な印象は感じられなかった。


 一世が脳内でそんな分析をしていると、メファーラと名乗ったダークエルフは「フフッ」と噴き出した。



「勇者の復活まるで別人に変わってしまう・・・とは聞いていたが、確かにキミは前の勇者とは違うようだな。

以前のキミは

『ミステリアス系ダークエルフお姉さんとは・・・やはり俺はあのゲームによってエデンに飛ばされたのか』

・・・とかよく分からない事を言って、それからは会うたびに言い寄ってきたんだけどなぁ」



―――うわぁ・・・。



 メファーラが思い出話に語る勇者のセリフは、まぎれもなくオタク傾向強めな男性のソレだった。



「まぁ、お互い戦いに身を置く者同士、急に別れが訪れるなんてのは珍しくないものね。

・・・それで、新たな勇者様はここで何をしていたのかな?」

「剣を小さなものに新調しようと思って・・・でも何を選べば良いのかサッパリ・・・」

「・・・ああ、あの大剣、防具にまるで合ってなかったもんねぇ・・・。

そういうことなら、相談に乗るよ?これでも軽装武器の扱いには長けてるからね」



―――やっぱりか。



 どうやら戦闘のプロから見ても軽装備とあの大剣は相性が悪かったらしい。


 そして予想外の助け舟の提案に、一世は首を縦に振って即答した。



「是非お願いしたいです。俺は武器を扱ったことが一切ないから選び方がわからないので」

「うん。了解、了解・・・それじゃちょいと町の外に出て戦ってみようか。

なに、覚えが無いとはいえ古い仲だ。遠慮はいらないさ。

ついでにかしこまった言葉遣いもいらないからね」



 確かに魔法やモンスターが存在している世界に来ているのだし、元の世界に戻る方法を探すのならこの街だけ歩き回っていても良い情報が得られるとは思えない。とすれば近いうちに街の外へと旅に出て、そうなれば必然的に戦う必要が確実に出てくることは一世も分かっている。いくら自分が尊敬されるような人物だからといって人に襲われる可能性だって無いわけじゃない。

 それが分かっているからこそ真剣に今後戦える武器を選んでいた一世なのだが、それでもいきなり「戦ってみるか」と言われて心の準備ができているはずもなかった。


 明らかに動揺したイッセイの様子からそんな心情を読み取ったのか、メファーラは意地の悪そうな笑みを浮かべて一世の肩を叩いた。



「ん?・・・・・・ああ、そんな心配しなくてもキミなら大丈夫だ。

記憶にはないのだろうが、キミは前にパンツ一丁で魔物の増えて問題になっていた洞窟へ特攻して、翌日無傷で帰ってきた過去がある。

あれには笑ったなぁ・・・ククク・・・・・・・・・あ。良かったら道中にその時の武勇伝を聞かせてあげようか?」

「・・・・・・遠慮しとく」



 装備といい、オタク台詞といい、パンイチ特攻といい・・・城で得た歴史上での勇者の姿とは違い、知り合いから得る勇者の人物像はだいぶ一世のイメージを駄目な方向に向かわせている。

 同じ体を使いまわしている身としてはこれ以上の歴代勇者の醜態話は遠慮願いたい所・・・というか、今の自分も「そういう目」で人々に見られているのではないだろうか?と不安になる一世だった。





「ま、そんな緊張しなくても大丈夫ってことだよ。兎に角まずは行ってみようじゃないか」



 そんな諸々の不安を知ってか知らずか、メファーラはイッセイの腕を取り歩き出した。

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