03_異世界の町を見聞し

―――文明が古い。



それがこのフェンシス王国の城から城下町の風景を見下ろした一世の感想だった。



 道路は赤みがかった石を敷き詰めた石畳で、建物は人と似たような色合いの石を白い漆喰で塗り固めたような壁に木製の扉や窓が取り付けられた前時代的な印象を受けるもの。

 形や色合いが殆ど同じように作られた家々の窓や壁際にはそれをれハーブや花が植えられていて、全体的な統一感がありながらも一軒一軒にさりげない個性。

 現代日本には欠けた美しく整った石の通路と水路が王城を中心に伸びるように続き、そこを歩く人々は王城で見た服とは違い目の粗い麻か何かでできたような服や革製の外套、それに彼らの服の元になっているのであろう獣の皮を手作業でなめす職人たちや木製の小さな移動式屋台を設けた売り子たちが食べ物を宣伝していて・・・。


 一世はガチガチの現代っ子であり、唯一の趣味はゲームの少年。

 そりゃ「綺麗な風景だなぁ」と思うくらいの心くらいは持ち合わせているが、電気が無い時代というだけで彼にとってはもう落第モノのガッカリ世界。異世界を見渡す感動よりも電気が無いことに落胆する心の方が勝るのだった。



 そして王城でもそうだったが、やはり一世は【勇者イッセイ】だった。


 王城から階段を降りてそのまま城下町の大通りを真っ直ぐ進んでいくと、あちらこちら大量の視線が自分に向けられる。その目は城の中と同じ憧れや尊敬から来る好意的なものばかりで、中にはタダで良いから持って行けと食べ物や花を渡してくる者などもいる。

 正直、何も身に覚えのないことで尊敬される居心地がものすごく悪い環境だったのだが、しかし一世は色々な感情を心の中に閉じ込めながら、あくまでもこの世界の勇者として振る舞った。



 元いた場所とは見た目も文化も住む人種も全く違う場所に飛ばされているというありえない事が起きているし、しかも日本語が通じて、街のあちこちに記載されている絵のようなおかしな文字も何故か理解できてしまう・・・という、現実的に考えればありえない現象が起こっている。

 しかしだからといって今目に見えている町の景色や人々を一蹴してこの立場や世界から目を背けようという気持ちは少なくとも今の一世には無い。印象は良くしておいた方が情報集めには都合が良いだろうし、何よりそこにはしっかりとした感情や生活感、臭いや音があり、ゲームには再現しきれないリアルさがあり、彼らの感情を無下にできるほど一世の心は冷たくはない。



―――勇者・・・どれだけ活躍したんだよ、お前。



 タダでもらった薄い生地の中に葉野菜と鶏肉っぽい肉が詰められたような食べ物を歩き食いしながら、一世は自分がこの国の人々から好感を向けられることになってしまっている原因、自分の体に向けて返事が返ってくるわけがない質問を投げかけた。





 一世はつい先程まで、恐らくは早朝から昼過ぎまでの間を王城の書庫で過ごしていた。

 彼らにとっては復活の影響で記憶を失った勇者である自分に大臣が丁寧に勇者の歴史を教えてくれたお蔭で、ある程度の勇者の歴史を知ることができた。





 まず、最初に自分が・・・勇者がこの世界に現れたのは22年前。王城のあの謁見の間に突如降ってきた謎の光に乗ってやってきたのが始まりらしい。


 そしてその勇者は、最初のうちは突如空から現れた謎の人物・・・くらいの認識しか持たれず、秀でた能力も特にない一冒険者としてこの国で放置されることとなった。


 しかし、この国を拠点として弱い魔物を倒していくうちに、彼の認識は段々と変化していった。

 彼の成長の速度は常軌を逸しており、ほんの2年程度の期間で国の中でも指折りの実力者として数えられるほどに成長したのだという。

 ・・・ただ、それが人々の反感を買ってしまった。


 彼の死体は町の片隅で発見された。

 短期間で実績を積み上げ様々な所から評価される彼に嫉妬する人間は少なからずいたらしく、死体にできていた刃物の傷や執拗に殴られたような顔と腹の打撲跡からも人間に殺されたことは明らかだったという。

 いくら優れた冒険者だったといっても所詮はただの冒険者でしかなかった彼は、人間の嫉妬によって集団リンチにあって【最初の死】を迎えたのだった。


 しかしそれから半年後、奇跡は起こった。

 身寄りのない者が埋められた集団墓地、そこに彼の遺灰は入れられていた。それがある時突然輝き、その光はいつかのように謁見の間へと現れた。

 そして驚く王たちの前に現れたのは、いつぞやに現れ、そして不憫な死を迎えた例の謎の男そのものだったのだという。


 彼は自分が一度死に生き返ったことを理解できずにいたが、彼の死を憐れんでいた城や城下町の人々の助力で少しずつかつての実力と自信を取り戻し、さらに強くなっていった。

 もちろんそんな彼を妬むものはまだいくらでもいたのだろうが、前回の件で彼の周囲には仲間や兵士たちの目があったし、何よりその頃の彼はそこらの人間が数十人集まった程度で殺されるような男ではなくなっていた。


 そしてそんな中、この国に危機が訪れた。


 この世界は剣や魔法があり、当然ながら魔物だっているファンタジーゲームの中そのものの世界だ。とすればお決まりの【魔王】も人知れずではあるが存在していたらしい。

 魔王の僕を名乗る魔物の軍勢が王都近くの村が襲われたという知らせが王城に届き、王はすぐに国民に避難、兵士や冒険者たちには協力を呼びかけた。その時に最前線に立って戦うことになったのが例の謎の男だった。

 男は勇猛果敢に魔物の軍勢に挑み、兵士や仲間達と共に丸2日間戦い続けた。そしてその結果、滅んだ村を含め多大な犠牲者を出しながらも王都は無傷のまま魔物の軍勢を全滅させることに成功し、そして彼は魔王軍の将軍の首を討ち取った。

 しかしそのすぐ後に将軍の毒によって【2度目の死】を迎えた。


 男の体は救国の英雄として惜しまれながら王都の庭に埋葬されたが、その1年後に男はまたも記憶を失った状態で復活した。

 その頃には国中は彼を勇者として尊敬するようになり、男もそれに応えるように元の力を取り戻し、いつしか国で最も強い男に成長した。そして王都が再び魔王の脅威におびえる事の無いよう、魔王討伐へ向けて出立し・・・

 そして今回、十数年ぶりにどこからか光が王城へ降りてきて、勇者は4度目の復活を遂げた。





 ・・・というのがこの国に残っている勇者の歴史だ。

 ちなみに、22年前の最初の文献も勇者の名前は【イッセイ】だった。

 記憶だけでなく文字の記録でさえも全てイッセイ書き換わってしまっているのは本当の功績者のものを全て横取りしてしまっているようでモヤモヤした感情が湧いてしまうが、そこはもう気にしても仕方無い。


 そして一応今までの話の中から考察すると、最初の勇者と復活した勇者たちは全て別人なのだということは察しが付いた。

 その情報だけで考えれば「この世界で死ぬと元の世界に戻れる」という安易な予想が浮かぶだろうが、それを実行するのは現実に自殺するのと全く同じだけの勇気と痛みが要る。そんなことができるわがない。

 かつての勇者3人がこの世界を楽しめていたのか、もしくは自分と同じように文明の古い世界の中で生きなければいけないことを嫌だと思っていたのかは分からないが、少なくとも自殺してまで元の世界に帰りたいとは思っていなかったはずだと思う。

 大臣に聞く限りしっかりと冒険者として実績を上げているし、3番目の勇者に至っては相打ちになってまでこの国を救っているのだから。

 


―――俺もまずは死なないように装備だけは万全にしておかないとな。



 勇者や冒険者として活動するにも、この世界で元に帰る方法を探すにも、まずは戦うための力は必須になることは間違い無い。

 この世界には魔王だけでなく魔物がそこらじゅうにいて、さらに言えば冒険者どころか一般人ですら刃物を持ち歩いているような世界だ。そんな世界で戦う術を持たないまま情報集めをしていたら、いつかは魔物か人かに殺されてしまうだろうと一世は警戒していた。



 ・・・そして、今は何より装備について確認しておきいことが一世にはあったのだ。



バタン


「いらっしゃ・・・・・・・・・こ、これは勇者様!こんな小さな防具店へようこそいらっしゃいました・・・!」



 一世が足を踏み入れた屋内は、剣と盾のようなイラストが描かれた看板と、店内には剣や盾や皮鎧などがズラリと並ぶRPGゲームでは定番の店、装備屋だった。

 とはいっても店に入ったのは別に防具を買いたいためではない。まあ、もしかしたらいくつか買い換える事になるかもしれないが、一番の目的は少し前から気になっていたことを確かめるためだ。



「いきなりすみませんが鏡を見せてもらえませんか?重要な用事なんです」


「へ?・・・あ、はい・・・こちらへどうぞ・・・」





 王城で最初に目を開けた時から気付いてはいたのだが、一世の見た目は元の世界とはだいぶ・・・というより、全てが違っていた。



 元の世界の一世は身長172cmと、日本人としてはごく平均的な身長だった。しかしこの世界の人間が全体的に小さいのか自分が大きくなったのか・・・まぁ後者だろうが、勇者イッセイと呼ばれるようになっている今では見慣れていた景色よりもだいぶ高い位置から見たような視界になっていて、体つきも学校以外では運動を全くしなかったせいで脂肪も筋肉もロクについていない色白なヒョロヒョロ体型ではなく、肌は日に焼け格闘技選手の一歩手前くらいまで筋肉がしっかりとついた、男らしい体型に変わっていた。

 さらにパッと見だけで胸もから腹にかけて装着された黒塗りの金属鎧に、デザインが統一されたベルトつきの黒ブーツと黒手甲と黒腰当て、両太腿には投擲武器のような太い針状の金属が装着された黒ベルトと膝当てがつけられ、他にも肩から腰にかけて斜めがけされた黒皮の小物入れつきのベルト、背中にはツヤがあるなめらかな皮の黒マントと黒大剣。他にもお金や薬が入った荷物入れの黒バッグに黒いポーチ・・・・・・・・・。



 前の勇者の趣味なのか単純にこれが揃えられる装備の中で最も性能が良いものだったのかは分からないが、一世はとにかく黒い・・・そしてどこかマトを外してしまっているようなカッコ良さを感じる装備をいつの間にか着せられていたのだ。



 ただでさえ勇者であり有名人らしい自分には街中から視線が集まってしまい、そのせいで一世は元から気になっていた自分の外見や装備がどうなっているのか、余計に不安になっている勇者イッセイ。

 そのため、彼が最優先の目的としたのは服屋か防具屋か・・・とにかく鏡が置いてあるだろう場所へ行って自分の今現在の姿を確かめることとなっていた。



「こちらです」



 商品が置かれたスペースとは壁一枚仕切られたその場所は、恐らくは装備の試着やサイズの最終調整に使われているであろう小さな工具や物書きの道具が置かれた半個室だった。

 部屋の奥には金属を叩くような音が聞こえてくるタテにもヨコにも大きな木製のドアがあり、恐らくは店に並べられている売り物を制作している場所が扉の奥にはあるのだろう。そして右側の壁ぎわには畳一枚分よりさらに二回りは大きな立派な鏡が置かれていて、店員に促され鏡の前に立った一世なのだが・・・





―――誰だよ、このイケメン・・・。





 鏡の中には、肌も髪も何もかもが今まで見てきた自分とは全く違うイケメンが立っていた。



 顔は日本人の平たい顔とは程遠くメリハリがしっかりしていて、肌はインドア派だった一世の元の白肌とはかけ離れて健康的に焼けている。髪は色素の薄めな金茶色で、目は濃い青色。それと首から下の方は・・・まぁ鏡を見る前からわかっていた通り、真っ黒カラーで纏められた軽装備。例えば道中にさらっと出てきては助言を残して去っていくミステリアスな暗殺者とか、もしくは悲しそうな顔で主人公たちと戦って散るワケありな敵サイド幹部とか、そんな役で出てきたらバッチリな服装だった。



「・・・・・・」



 だがしかし、確かに首の下だけで見ると少々イタい恰好をしているのだが、首の上に乗っているのは男の一世でも凝視してしまうレベルのイケメンフェイス。

 同じ服でも着る人次第で恰好良くもダサくもなるとはよく聞くが、確かにこの顔ならオシャレ覚えたての男子が考えた黒歴史系コーデでも違和感が無く、文句なく恰好良い。



 場合によってはいくつか装備を買い替える必要があるかもしれないと思っていた一世だが、「これはこれでアリ」と判断して今の防具をそのまま着ていくことを決めた。



 ・・・ただ、一世がどうしても、一つだけ不満を持った部分があった。背中に背負った大剣だ。



 彼が身に付つけているのはどう見ても軽装備だった。

 重要な内臓が詰まった胸部だけは金属の鎧が装着されているが、他の部分の装備はどうみても刃物などの攻撃を受けることは想定していない。薄くて伸縮性があり、防御性能よりも回避性能を重視したようなレザー装備だった。

 しかし、それなのに、背中に背負っているのは巨大で重量があり、動きが大幅に鈍ることが大いに想像できる大剣なのだ。


 べつに、一世は実戦の経験とかそういうものは一切ない。しかしそれでも身軽さを取るのなら武器は動きを邪魔しない軽く小さいものにするべきだろうし、大剣を扱うのなら装備は攻撃を避けきれなくても身を守れるような頑丈な重装備にした方が良いいのではないか?・・・と、素人なりに、ついでに今までプレイしたゲームの経験から違和感を持ったのだ。


 もしかしたら1つ前の勇者であるヒロアキは大剣に熱いこだわりがあったのかもしれないが、しかし防具には合っていないように思えるし、何より肉体は変わっても中身はゲーム大好き運動大嫌いな流川一世。無駄に重い物を持つことは苦痛でしかない。



「・・・すみません。この剣の買取りをお願いします」


「あ、はい!」



 勇者ヒロアキの愛剣は、軽い武器を買うための資金として早々に売りに出されることになってしまった。

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