02_謁見の間に飛ばされ

 いつの間にか一世の意識はなくなっていたらしく、どこかからぼんやりと声がしたと思ったら意識が現実に引き戻され、そしてぐらりと揺れる頭を押さえながらゆっくりと目を開けると、そこは既に冒頭の「ココハドコ?オマエラダレ?」状態になっていたのだった。





「おお勇者よ、死んでしまうとは情けない・・・して、体の方は問題無いのか?ならば行くがよい」

「だからどこに」

「魔王討伐に。」

「・・・・・・」



 目の前の王様ファッションの老人やその横の大臣ファッションのポッチャリ中年は何故か一世のことを勇者と呼び心配そうに見ていて、壁際に立っている甲冑を着込んだ兵隊たちも一世のことを憧れや尊敬の念を抱いているような目で見てくる。



 もしも一世が勇者らしい人生を歩んできたちゃんとした勇者ならば違った感情が湧くのかもしれないが、彼はただの何の変哲もない高校生男子だ。

 そんな高校生がいきなり知らない場所に立たされていかにもお偉い恰好の人物に勇者だ魔王だと言われていかにも兵士っぽい人物に尊敬の目で見られても、こちらは意味が解らず困惑することしかできない。



「本当に言っている意味が何から何まで分からないんだけど・・・?」



 頭で思った通りの事を口に出した一世。


 実際にお高い身分の王様大臣様の前でこんな発言をすれば、本来なら「無礼者!」とかありきたりな事を言われて牢屋なり城の外なりに乱暴にしょっ引かれてしまうのだろうが、だからと言って変にその場に合わせようとしても上流階級のマナーなど知らない高校生がそんなことをやろうとしてもやりようがない。というかそもそもゲームをしていたはずのに目を開けたらこんな場所にいたという混乱のせいで、無礼だ何だに回せるような頭は今の一世には無いのだが。



 ただ、その発言の後に目を見開いてしばらく固まってしまった彼らの顔を見て、一世も「・・・あ。初対面の大人には敬語を使うべきだっただろうか?」くらいには自分への発言について少々省みられる程度に落ち着けるだけの時間は得ることができた。


 しかし彼らが目を見開いた理由は、どうやら先程の一世の無礼な発言への怒りではなかったらしい。





「哀れな・・・復活の負荷で記憶を失ってしまったのか・・・」


「これが勇者の宿命か・・・っ」



 王様らしき老人は急にふるふると震える手で額を押さえ、大臣らしきポッチャリ系中年も合わせるようにハンカチで目を押さえる。兵士たちも何故かこみ上げてくる涙をこらえるように顔を赤くし、姿勢はそのままに目だけは一世のことを同情の目で見てきたのだ。



「・・・いや、だから、俺は勇者なんかじゃないです。

ただの何の秀でた能力も無い、普通の学生なんですよ!?」



 心配や憐みの言葉や視線を向けられても一世は復活云々の前に死んだ覚えなど全く無いし、そもそも勇者でもない人違いだ。

 悲しまれる筋合いなど何も無いのに分かった風に憐れんでくる赤の他人たちに少し苛立ちを覚えながら、一世は彼らのの意見を再度しっかりと、今度はなるべく丁寧な言葉使いで否定した。



 しかし王らしき老人は一世の反論に眉を下げ、静かにゆっくりと首を振る。



「能力が無いなどと・・・・・・・・・それはただ忘れているだけだ。

たとえ復活の負荷で記憶を失おうとも、そなたの働きの数々は王である私はもちろん、このフェンシス王国の全国民が記憶し感謝しておる。

たとえそなたが忘れてしまったとしても、私たちはそなたへの恩を忘れることは無い。救国の英雄【イッセイ】・・・我らが勇者よ」


「・・・・・・は?」



 一世は驚きで目を見開いた。



 何しろ、一世はこの謎の場に来てから一度も名前を名乗った覚えは、全く無い。

 名乗っていないのだから当然なが彼らは自分の名前を知らないはずだ。それなのに【勇者イッセイ】と、確かにこの老人は口にしたのだ。





 未だに頭がついていかない状況の中で、一世はほんの少し前に起こった奇妙な出来事を思い出した。

 自分がいたはずの、こんな煌びやかで日本らしくも現代らしくもない中世貴族風の謁見の間ではなく、見慣れたベッドとゲームとテレビが置かれた自分の部屋で起こっていたある出来事だ。



 夏休みの課題をすべて終わらせて久々にゲームをプレイしようとしていた所にビット音と共にテレビ画面に表示された【勇者名 ヒロアキ を イッセイ に書き換えました】という意味不明な表示。

 今置かれた状況が訳が分からなすぎて忘れていたが、そもそも一世はあのゲームで混乱と恐怖でパニックを起こして・・・そしていつの間にかこの場所に立っていたのだ。



 この2つの【イッセイ】がただの偶然の一致とは思えない。


 あのゲームの名前は確か・・・





「・・・エイン・・・ヘリヤル・・・?」

「な!?・・・・・・・・・おお・・・記憶を無くしてもその名だけは体に刻み込まれていると言うのか・・・!」



 ゲームのパッケージを思い出して呟いた一世の言葉に、王様らしい老人は玉座から身を乗り出す。その顔は感動で目を潤ませ、頬は赤く高揚していた。


 大臣や周りの兵士たちまで感動で涙ぐみ肩を震わせたが、そんな彼らの様子を確認した一世だけはその場で唯一、顔を青くさせていた。



―――やっぱり、あのゲームが原因か・・・!?



 状況的にもそう思える流れだった上に、ファンタジー好き故にゲームの中に閉じ込められてしまうようなストーリーを題材にした作品もかなりの数を見知っている一世。

 それにしたってありえない状況ではあるのだが、一度そうだと考えてしまえば頭の回転は早かった。





 ここに飛ばされる前の出来事からして、今の一世が置かれている状況は前プレイヤー【ヒロアキ】が途中までプレイしてやめたゲームの【エインヘリヤル】の中の世界だった。





 ・・・しかし、1つ妙な事がある。

 いや、全部が妙な事ではあるのだが。



 一世は【とちゅうから】ではなく【さいしょから】を選んだはずだ。

 普通に考えれば【さいしょから】を選んだのだから今は勇者の出発する最も冒頭のシーンのはずだ。それなのに自分はこの国の人間全員に感謝されるくらいの実績を既に残していて、しかも道半ばで死んでしまい、そして復活された身なのだという。


 これでは前プレイヤーのセーブデータのコンティニューではないか?と一世は疑問に思ったのだ。



―――とりあえず確かめていないと、何もやりようがないよな・・・。



「えっと・・・・・・王様・・・陛下。やはり俺には先程も言った通り、勇者としての記憶が一切ありません。

しかし俺にもし勇者の力があるのなら、少しずつでも取り戻していきたいと思っています。

なのでおかしな話なのですが、勇者の過去の出来事を色々と教えていただけないでしょうか?」



 正直言うと、一世は勇者として旅に出ることも、ましてや魔王討伐に行くこともできれば避けたいと思っている。

 コントローラーで勇者を操作するゲームとしてなら是非とも楽しみたいシチュエーションだが、今の一世は勇者そのものであり、知らない世界で自ら危険な旅に出たいと手を上げられるような軽い頭は持っていない。


 しかし意味もわからずゲームの中の登場人物として立たされてしまった今現在、今の状況を否定して逃げ出したらそれこそ何の情報も教えてもらえず知らない世界で一人放り出されることになるかもしれない。

 折角の友好的な関係を切ってしまうよりは話をなるべく合わせ、元の世界に戻れるような情報を会話の中から探し、そして見つけ次第この世界から出ていこう・・・と一世は混乱しながらも冷静に考えていたのだった。



「・・・お、おおもちろんだとも!大臣よ。勇者にあの偉業の数々を勇者に伝えてやりなさい!」

「お任せください!

勇者殿、さあこちらへ。書庫にご案内いたしますので・・・」


 

 予想通り、王たちは【記憶を失ってしまった可哀想な勇者】のために嬉々として動いてくれた。





 そして一世はこの国と【勇者】を知り・・・・・・





 ・・・・・・余計に訳が分からなくなった。

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