01_ゲームを起動すると
一世はただの高校生だ。
日本という国のごく平均的な家庭の中で育った、そこらにいくらでもいるような17歳の少年だった。
見た目も性格も成績もそれなりの特に目立つところのない普通の男子高校生。他と少し違う所と言えば、せいぜい趣味にのめり込む度合いの高さくらいだと思う。
彼が好きなのは同年代の友人と運動をしたりバイクで走ることではなく、カラオケや映画に行くことでも無く、家で一人静かにゲームをすることだ。
それも中古ショップで買い漁った無名のゲームを遊ぶことが特に好きで、同じく「ゲームが好きだ」と言う友人とは少しだけ見ている対象が離れているタイプのゲームマニア。
最新の美麗なグラフィックのアクションゲームも彼にとってはそこまで興味の惹かれるものではなく、彼が惹かれるのはファンタジーな物語や舞台を描いた一昔前のRPGゲーム。その中でも特にあまり有名ではない作品を買い漁って遊ぶことが好きだった。
とはいえ、徹夜でゲームをして次の日のテストで居眠りをしていても時期が来れば自動的に卒業できる小中学生の時代は終わっている。
成績次第では退学になってしまう高校生となった今では、徹夜でゲームをできるような機会はだいぶ減ってしまっていた。
なので本日、ようやく夏休みの課題を全て終わらせた今現在は、一世が待ちに待った朝から夜まで1日中ゲームを楽しめる時間だったのだ。
―――どーれーにーしーよーうーかーなー?
前々から徹夜することを心に決めていた夏休み後半の今日この頃。
一世は人が何かを決めかねている時に使う例の数え歌を心の中で歌いながら、少し前から買ったまま開封していなかったゲームソフトを1つ1つチェックしていた。
一世の六畳間の部屋はその半分がベッドと机で占拠され、さらに残り半分の三分の一は部屋の間取りに対してやや大きい45型テレビと、そんなテレビに幅を合わせて作った自作の木の棚。そして棚の中には最近の物から自分が生まれるより前から発売されていた古いゲーム機やゲームソフトが見映え良く丁寧に並べられている。
さらに窓と天井以外には昔のゲーム情報誌の切り抜きやゲーム内容の考察メモ。他にもセーブ機能が確立された今となっては知る人も少なくなったふっかつのじゅもんの類が書かれた紙がベタベタと貼られ・・・他人が見れば「ああコイツ、完全にゲーム中毒者だな」と確実に思われるような、一世にとっては自慢の城と化したゲーム部屋だった。
「ィよしっ!」
一世はやがて床に広げたゲームソフトの中から1つを手に取った。
そのゲームのパッケージには【EINHERJER-dux-】と書かれていた。
中古ショップのバーコードには【エインヘリヤル ドゥクス】と書かれていたから、読み方はそれで合っているのだろう。
古いゲームによくある色がやや強めなコミカルな絵柄で、主人公らしき青年を中心に数人の男女、それと1匹狼の子供のような動物が描かれている。
そしてキャタクターたちの背後には角を生やした敵のシルエットが黒い炎と共に禍々しく描かれており、いかにも魔王と戦う勇者達を描いた王道ファンタジーのRPGゲームという雰囲気を漂わせたパッケージだ。
裏面の説明を見てみるとジャンルはやはりRPGで、自然豊かな中世的な都市の上空をドラゴンが飛んでいるファンタジー系な風景画に「やり直すことはできない。だからこそ、悔いのない選択を―――」と書かれていた。
一世はパッケージをざっとチェックすると傷をつけないように丁寧にフィルムを剥がし外箱を開け、若干日焼けした色になっているカセットを取り出して大事に使っている古いゲーム機にセットする。
ポチッ シャッ パチッ ゴトッ
テレビをつけ、光カーテンを閉め、部屋の電気をつけ、ついでに飲み物と軽食もいくつか脇に用意しておく。トイレ以外でテレビから離れる必要性を完全に絶った、徹夜でゲームをする時の一世のゲームスタイルだ。
小学生の頃は親に怒られていたこの徹夜スタイルは、最近は「成績が良ければ好きにしなさい」と認められ、というか諦められている。
一世の方も中学時代は中の下程度だった成績を高校に入ってからは学年内10位以内を常にキープするくらいに努力しているため、呆れられてはいるが約束はきっちり守っているためあちらも文句は言わなくなった。
そんな徹夜の下準備をしている間にゲームが起動し、昔ながらのビット音の音楽が流れはじめた。
―――さて、今回はアタリかハズレか・・・!
一世はニコリ・・・というよりはニヤリに近い笑いを浮かべた。
本人には自覚が無いが、家族や友人にも少々評判が悪い笑顔をしている一世。特にそれが現れるのが知らないゲームを起動している今の時間だ。
昔のゲームには出来の悪いゲーム、いわゆるクソゲーやゴミゲーと呼ばれるような出来の悪いゲームが結構な割合で存在している。しかもインターネットが一般人に復旧するより前に発売されていたもののため、調べたところでロクに情報が出てこないことが殆どだ。そのためほぼパッケージのみでゲームを判断して購入するしかなく、基本的にそれらは中古品ゆえに返品がきかない。
無名の中古ゲームを買うとは大量のクソゲーの中から一握りの良いゲームを見つけるような、ギャンブルにも近い趣味なのだ。
しかしながら一世のようなそういうものを好き好んで買う連中は「ハズレが多いからこそ少ないアタリを引いた時の快感が大きいのだよ」と思っているような一種の変態だ。そんな彼らにとってはゲームの内容よりもゲームを起動してアタリかハズレか確かめる今のこの時間こそが尤もテンションが上がる瞬間であり、そうともなれば自然と顔が笑けてしまうのも仕方がないのだった。
一世が悪役を思わせる笑みを浮かべている間に音楽が終わり、ゲーム画面が表示される。
そこにはパッケージと同じようにドットで描かれた【EINHERJER-dux-】というタイトルと【さいしょから】【とちゅうから】の2つを選べる典型的なスタート画面が表示されていた。
―――売る前にデータ消さなかったのか。まぁよくあることだけど。
前プレイヤーのデータがそのまま残っているというのも中古のゲームには良くある話。中古ゲームを好む人間の中にはそのデータを見ることを楽しみにする者もいるが、一世はそういうものには興味が無い。
特に疑問も持たずに【さいしょから】を選択し、ゲームの進行を待った。
ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ
選択するとタイトル画面が真っ暗になり、画面下部に白縁のシンプルなふき出しが現れ【前プレイヤーの進行データを読み込んでいます...】と1文字ずつ表示されていく。
―――前プレイヤー?
一世は首をかしげた。
もし【とちゅうから】を選択していたのなら違和感も持たなかったのだろうが、一世が選んだのは【さいしょから】だ。
それに今時のゲームならアカウント機能を利用して今のプレイヤーが前のプレイヤーと違うことを判断することが可能なゲームもあるが、一世が今プレイしようとしているのはアカウントなんてものは存在しなかった時代の古いゲームであり、プレイヤーが誰かという登録や判断をするような機能も無い。
―――ゲームの雰囲気を出すためのフレーバー表現か?
アカウント管理が無いゲームでそんな事を言われても、正直それくらいしか考えつくものは無いと思う。
実際、ゲーム内の主人公にではなく現実のプレイヤーに向けられたメッセージを出してくるようなゲームはそれなりにある。一世もそうだと思って、コントローラーを持ちながら処理が終わるのを静かに待った。
・・・しかし、
ピピピピピピピピピピピピピ ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ
「・・・え?」
先程の文字が消えたと思ったら、今度は【前プレイヤーの進行データに 新規プレイヤーの記憶データを書き込んでいます...】と表示された。
・・・今度こそは意味が分からない。
しつこいようだが、古いゲームソフトやゲーム機にアカウント管理機能は一切無い。前回のプレイヤーと今回のプレイヤーが違うこと判断するような機能は古いゲーム機には無く、不可能だ。
しかし不可能なはずなのに、このゲームはまるで一世が今回初めてこのゲームをプレイすることを知っているかのように動いている。ゲームを盛り上げるフレーバーテキストとして見てもおかしい内容をしている。
そしてさらに、
ピピピ ピピピヒピ ピ ピピピピ ピピピピピピピピ
「は・・・え?・・・・・・・・・え?」
次に表示されたのは【勇者名 ヒロアキ を イッセイ に書き換えました】・・・だった。
「・・・なんだ、これ?」
今度という今度は確実に、絶対におかしい。
もちろん一世はこのゲームに自分の名前を入力した覚えは全くない。
それなのにこのゲームは一世の名前を何故か持ち出してきて、恐らくは前の持ち主が付けただろう主人公名【ヒロアキ】を【イッセイ】に変更するのだと言う。
どう考えてもおかしい事態だった。
「なんだ・・・なんだんだよ、おい!?」
一世は突然の意味不明な事態にコントローラーのボタンをバラバラに押してみたり、それが画面に何の変化もない事を確認すると今度はゲーム機の電源を切りソフトを引き抜いたりしてみた。
古いゲーム機にそんなことをやったらセーブデータが消えたり不具合を起こしたりするため普通なら絶対にやらないが、そんな事を考えられる余裕は今の混乱している一世の頭には無い。
しかもゲーム機の電源を切ったにも関わらず、テレビには未だに【主人公名を イッセイ に書き換えました】と表示されたままだ。
「く・・・くそっどうなってんだ!」
テレビとゲーム機を繋ぐコードを引き抜いても、ゲーム機とテレビのコンセント自体を引き抜いてみても結果は同じだった。
そこからの一世の行動は、後で冷静になって振り返れば自分自身を殴りたくなるようなものだったと思う。
貯めていた小遣いでようやく買った生産が終了していてもう発売されていないゲーム機の電源コードを力任せに引っこ抜き、床に叩きつけて物理的に破壊。
ゲームソフトも同じく踏みつけて出てきたパーツまで粉砕し、それでもテレビの表示が変わらないと知ると今度は他のゲーム機やソフトにまで破壊する。
金と時間を大量に費やして築き上げてきた、高校生の一世にとっては命の次に大事なはずの趣味部屋は、極度の混乱によって本人の手で次々と破壊されていく。
しかしそれでも、電気の既に通っていないテレビの画面は消えなかった。
混乱と苛立ちの中で一世はゲーム機への暴力を中止して今度はテレビの画面に拳を振り下ろそうとした。しかし彼の拳がテレビに当たるその前に、
ピピピピピピピピピ ピピピピピピピピ ピピピピピピ
画面には【EINHERJER の世界へようこそ 勇者イッセイ】・・・と表示された。
「は―――」
一世がその表示を見て口を開く前に、視界はは真っ暗な闇に包まれた。
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