Episode. Ⅲ "Misunderstanding"
「質問だ。どうして君は人工知能の研究をしているんだ?」
静寂な研究室に声が響き渡る。
「俺は、ただ、人間を超える生物を作り出そうと思ってるだけです」
「──その理由を聞いてもいいかな?」
「腐敗しきってるんですよ、この世は。人間が何をしてもベストアンサーは出てこない。ならば、人工知能にマネジメントしてもらった方が圧倒的に良いと思うんです」
「……」
「これが行きすぎた思想であることは十分に理解してます。でも、俺が変えなければ──先生? どこ見てるんですか?」
何やら、俺の目を見ているようで、どこか虚空を眺めていた。
「よし、決めた。君には彼女と共に生活してもらおう」
「え、どういうことですか?」
こうして、ヒューマノイドとの共同生活が始まった。
= = =
大学の中央図書館にはカフェも併設されている。俺は美園さんと約束した時間より五分くらい早く到着した。
注文したブラックコーヒーを片手に持ち、空いてる席を探す。
すると、窓側のカウンター席に長い黒髪の女性を発見した。
「美園さん、もしかして待たせた?」
「ひぅ!? あ、峯川さん!? いえ、そ、そんなに待ってないです」
「まずは落ち着いて? コーヒーが溢れそうだよ?」
動揺しているのか、手に持っているコーヒーが何度か溢れそうになる。
次からは相手が驚かないように接近しよう。
美園さんの隣の椅子に腰をかける。
「それで、テニスのコツを教えて欲しいと?」
「あ、はい。実は私、テニスサークルに興味があるんですけど……」
「……入部する勇気がないと?」
「……そういうことです」
本人的にはテニスが好きなのだろう。証拠に、彼女が体育の時に持っていたラケットは有名なメーカーの、比較的お高い物だった。俺がラケットを買う時に「うわー、高いな……」と思って眺めてた物と同じだったから間違いない。
「どうしてテニスサークルに入りたいと思うんだ?」
「私、テニスが好きなんです! 私の唯一ともいえるストレス発散方法ですし、何よりあの軽快なラリーを続けていくあの爽快感と言ったら—―」
美園さんは、何かに憑依されたかのように熱く語りだした。まるで先ほどの内気な性格という封印を解いたかのように。
ややあって、「やってしまった」と言ったような表情になり、ピタッと言論の雨は止んだ。
「す、すみません……私、好きなことの話になるといつもこうで……」
「気にするな。なんか、その気持ちはわかる」
「……え?」
興味がある分野の話のときだけ人格が変わったかのように熱く語りだす。言わばオタクの一種かもしれない。世間的には扱いにくいだろう。周囲の人物も戸惑って彼女と距離を置くだろう。
でも、なんだろう。俺には、とても放っておけない理由があるようだ。何故かはわからないが、既視感を感じる。
「……『キモい』とか思わないんですか?」
「逆に、なぜ気持ち悪いんだ? どこにキモい要素がある?」
ああ、そうか。話していて思い出した。
目の前の彼女は、昔の俺にそっくりだ。
『僕のことをキモいって言わないのか?』
『逆に、どうしてキモいって言う必要があるのかなって私は思うな。だって、君がやっているのは凄いことじゃん。熱く語れる何かがあるのは、本当にすごいことだよ。その価値がわからない人なんて、友達にならなくても生きていけるよ』
『じゃあ、僕って生涯ぼっちなのか……』
『そんなことないよ。ちゃんと、君のことを理解してくれる人は、絶対にいる』
『本当に……?』
『本当だよ。だから、これだけは覚えておいて』
『対人関係における最適解は、絶対に存在する。見る角度を変えたら、絶対にある』
今はもう存在しない彼女の言葉。そうだった、彼女だけは俺みたいな研究オタクを肯定してくれていたんだ。
その言葉を、そのまま美園さんにかけてあげよう。
「美園さんはキモいわけがない。熱く語れる何かがあるってのは、本当にいいことだ」
「でも、高校のクラスメイトはみんな私のことをキモいって――」
「なら、どうして俊永大学に入学したんだ?」
俺は、とことんネガティブな方向に進んでいく彼女にブレーキをかけさせた。
「この大学に入ったら、私のことを理解してくれる人がいるかなって思って……」
昔の俺と同じような答えを返す。やはり、彼女の思考回路は全く同じのようだ。シンクロ率が高い。
「確かに、ここにはいろんな学部があるから、多種多様な人がいる。その中から馬が合う友達を探すのは容易なことだ」
でも、世の中はそれですべて解決するようにはできていない。
「でも、何をするにしても自分からアプローチしない限り何も変わらない。自分が動かない限り何も変わりやしない。俺が身をもって知ったことだから間違いない」
ヒートアップした俺の脳を落ち着かせるべく、ぬるくなったコーヒーを口に運ぶ。
「最初の一歩を踏み出すほど労力を使うことはない。でも、ここでどんだけエネルギーを使うかによって結果はまるで違うものになる」
「やっぱり、私みたいに後ろ向きになってたらダメですよね……」
「確かにそうかもな。でも、むやみに変える必要はない。発想を変えるんだ」
美園さんは固唾をのんで聞いていた。
「そういえば、どうやったらテニスが上達するかって話だっけ?」
「はい、そうです」
「ぶっちゃけ、上達方法なんて、これっぽっちも知らん」
「……え?」
口をポカンと開けてこちらを眺めている。これが正しい反応だろう。
先ほど俺を褒めた先生は、この大学のテニス部のコーチをしている。毎年、多くのインカレ出場選手を生んでるコーチが、俺の技術を見て勧誘したのだ。
習っていたことがあるか、相当練習したかのどちらかでないとこのレベルには達しないと、普通はそう考えるだろう。美園さんが俺に教えを乞うたのもそういう考えからだろう。
だが、俺はテニスをそこそこ練習していた。
——壁打ちだけを。
大学受験の息抜きと体力作りを兼ねて、時間があればひたすら壁打ちテニスをしていた。するとどうだろう、自分でも驚くほど上達していたのだ。
何事も、基礎はとても大切なことだ。
「誰かから教わったりしてないんですか?」
「してない。そもそも試合すらしたことがない」
「なんと……」
だから、なんちゃって上級者が教えることなど特にない。教え方もわからない。
だけど、『視点を変えろ』というアドバイスはできる。
「だから、数多あるテニスサークルから、基礎から教えてもらえるようなところを見つけるんだ」
「数多……?」
「そう、基礎をとことん研究して、気が付けば上達していたスタイルで行くんだ。そうしたら、そこまで苦しむことはないはずだ」
「あれ……?」
美園さんは目を点にして俺の顔を凝視していた。俺の顔に何か付いているのだろうか。
「……どうした?」
「テニスサークルって、複数あるんですか?」
「そうだが」
「この大学の中に……?」
「そうだが……?」
美園さんは顔を真っ赤にした。
なるほど、何か会話に違和感があると思ったら、そういうことか。
「ご……ごめんなさい。私、大して調べもしないで……」
「ま、まあ、そういうことは誰にでもある。俺だってある」
何とも言えない空気感になり、二人して一気にコーヒーを飲み干すのであった。
クリエイティブ・ラボ 山波アヤノ @yokkoo
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