番外話 吾輩は青葉家の犬である
吾輩は犬である。名前は末っ子の風花という娘に、プーさんなんて熊みたいな名前をつけられてしまった。
「おはよー、プーさん! 今日も可愛いねぇ。」
風花は毎朝、私を乱雑な感じでわしわしと撫でくりまわしてくる。学校から帰ってきた時も、寝ている私に抱き着いてくるので、正直言うと鬱陶しいことこの上ない。……だがまぁ、偶には遊び相手になってやるのもやぶさかではない。
「ふかふか~! もふもふ! 気持ちいいなぁ。」
この娘に抱きかかえられて眠るのも、今となっては落ち着くものだ。
「肉球っ! ぶにぶに~!」
……語彙が少し貧困なようだが大丈夫だろうか。
犬である私にとって理解不能だが、人間という生き物は肉球を愛してやまないらしい。暇があれば肉球をぷにぷにしてくる。
実をいうと、この肉球ぷにぷにをしてくるのは、あの吹雪という名の長女も同様である。
「――よし。……誰もいないな。」
長女の吹雪はいつも、他の家族が見ていないのを確認してから、私の肉球をぷにぷにし始める。そしてこの時の彼女は、普段は見せない至福に満ちた笑顔になる。
いつも彼女に虐げられているあの不憫な弟にも、いつか見せてやりたい光景である。
「おっす、プーさん。今日も太々しい顔してんな。」
この声は、先ほど述べた雪という名の男である。おまえこそ幸薄そうな貧相な顔をしてるくせに、よく言ってくれたものである。
「プーさん、散歩いくか?」
雪の言葉に、私はのっそりと立ち上がり、散歩に行く意思表示をした。
「おっけー。リード取ってくるからちょっと待ってな。」
何だかんだで、一番私の面倒を見てくれるのはこの男である。その点で感謝はしているものの、家族内のヒエラルキーで言えば、この男の階級は私よりも低い立場にある。
ちなみに、青葉家の家族内ヒエラルキーはこちら
母 ≧ 長女 > 妹 >>>越えられない壁>>> 犬 > 父 > 長男
私からしてみれば、召使いのようなものだと言っていいかもしれない。
私達犬にとって、夏場の日中の散歩は、地面からの放射熱が非常に暑くてたまらない。その点をこの男はよくわかっている。散歩はいつも、早朝か夕方にしてくれるのである。
こういった気の利く部分をもっと前面に出せば、きっと世の中には彼を好いてくれる女子もいるだろうに。どうやら、まだ彼に彼女はいないようである。
いつもの散歩道を歩いていると、可愛らしい少女が声をかけてきた。
「あっ! 雪ちゃん先輩だ~!」
「おっ、ちろるんじゃん。」
「犬のお散歩ですか?」
「ああ、最近プーさんも少し太り気味だからなぁ。」
余計なお世話である。好きな物を、好きなだけ食す権利は、私達ペットにだって保証されるべきである。
「かわいいな~! おー、わしゃわしゃわしゃわしゃっ!」
「ちろるん、ムツゴロウさんみたいな動物の可愛がり方するのな。」
「誰ですか? ムツゴロウ……? 魚……?」
「魚じゃねぇ。動物愛好家のおじいさんだよ。」
世代ギャップというやつだ。 ムツゴロウさん今何してんだろうか。
「プーさんの顔って、少し雪ちゃん先輩に似てますよね。こうなんか、ぶすっとしてると言うか、斜に構えてる感じあるというか……。」
「はぁ? おい、そんな事言って、プーさんが怒って噛んでもしらんぞ。」
私の万人に愛される顔が、この貧相な男の顔と似ているとは聞き捨てならない。
「ガルルルルルルッッッ!」
「えぇっ!? やめて下さいよ! ごめん、ごめんってば!」
思いのほか怖かったのか、ちろるという名の少女は後ずさって尻もちをついた。
「プーさん、怖がらせすぎだ。」
少しやり過ぎてしまったか……。うむ、すまなかった。反省するとしよう。
私は尻もちをついた少女の手を、舌でペロッと舐めてやった。
「ほら、プーさんももう怒ってないってさ。立てるか?」
「あっ……/// ありがとうございます。」
少女は頬を赤らめながら、差し出された雪の手を取った。ほほう……、この女子はもしかして、雪に惚れているのか。ただの冴えない男だと思っていたが、案外隅に置けないところがあるようだ。
ここは恋のキューピットとして、先ほど怖がらせてしまったお詫びも込めて、少し二人の仲を近づける手助けをしてやろう。
ちろるんという名の少女が立ち上がるのを見届け、私は雪と少女の二人の足元を、ぐるぐるぐると勢いよく回り始めた。
「ちょっ!? 何してんだっ、プーさん!?」
「わわわっ、リードが絡まっちゃう……」
リードで二人の足をぐるぐる巻きにしてやると、二人は身体をくっつけ合う体勢でバランスを崩し倒れ込んだ。
「イタタッ……。大丈夫か? ちろる?」
「私は大丈夫です……。あっ……///」
雪はとっさに少女を庇うため下になり、その上から押し倒すように少女が雪の身体に馬乗りになっている。計画通りである。
「その……早く退いてもらえると……」
「ご、ごめんなさいっ……。っん、足にリードが絡まって……なかなか……っあん///」
「おい、変な声出すなよ。(色々なところが密着してて……リビドーを抑え込むのに困るっ)」
「だって……動いたら、身体の色々な部分が擦れてっ……んんっ///」
なんとか絡まったリードを外すことが出来たものの、二人ともとても恥ずかしそうな表情を浮かべていた。これが犬ならば、このあと子作りに精を出すものだが、全く人間というのは面倒な生き物である。
「ごめんな、うちの馬鹿犬が……。」
「いえ……、元はと言えば、私が怒らせてしまったからですし……///」
少女は恥ずかし気な表情を浮かべながら、「っじゃ、じゃあ……私は、これで失礼します!///」と去って行ってしまった。
「おい、プーさん……。」
何だ? 感謝の言葉ならいらんぞ?
「今日の晩御飯は……肉抜きだ。」
はぁ!? 何でだよ!? 私が何をしたって言うんだ!
「ダイエットにも丁度いいだろ。最近お前食べ過ぎだから。」
雪は普段見せない恐ろしい目をしていた。
その日は結局、私の器には超ダイエットメニューのえさしか入っていなかった。怒ると人は、誰だって怖いんだということをよく学んだ一日だった。
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