第28話 ここぞ、という場面での最終兵器 ”田中”
後半戦、1-1の同点となった後は、互いに死力を尽くした攻防戦となった。
四組は池上も含めた全員で攻撃に参加するようになり、剛田一辺倒だった攻撃からバリエーションが増えた。
守備も切り替えが早くなり、本来のリトリート型を崩しても、一人ひとりの粘りが強くなり、また剛田もオフェンスとディフェンス両方に参加することとなり、なかなか追加点をもぎとれずにいた。
「みんなしんどいだろうが――、ふんばるぞっ! 優勝するのは一組だっ!!」
「「おぉっ!!!」」
後半の中盤である一番辛い時間、俺はクラスメイト達に檄を飛ばした。ここで気を抜かずに踏ん張れるかどうかが勝敗の決め手になる。
「いくぞぉっ! 攻め込め――!」
「「おぉっ!!!」」
四組もまた、剛田の掛け声で気合を高めた。四組の気合が入った全員攻撃を防ぐため、こちらも全員で守りに徹する時間が増えていく。
クラスメイト達もかなり息が切れてきている。時間的にも、この次の一点を取った方が勝利するだろう。
――試合終了の五分前になり、一組に大きなチャンスがもたらされた。
俺が俊足の鈴木へとロングパスを送った時、鈴木と相手選手が競り合いになった。
その結果、相手が最後に触れたボールがゴールラインを割ったため、右サイドからのコーナーキックとなったのである。
「これが――最後のチャンスかもな。」
ヘディングで合わせるため、クラスの中でも身長が高い男子たちがゴール前へと集まる。キックを蹴るのは、クラスで唯一サッカー部に所属する俺である。
四組の守備はというと、当然ゴール前に陣取る高身長の面々を警戒し、一人ひとりに対しマークをしている。
しかし、ディフェンスに定評がある池上だけは違った。ショートコーナーを警戒し、俺をマークできる位置に陣取った。
「池上……、お前ももっと下がれよ。」
「ふんっ――。長身のクラスメイト達のヘディングだけが警戒すべきことではないからな。」
さすがにディフェンスに定評のある池上には、その辺はばれているか。
いくら高身長のクラスメイトがいるからといって、普段ヘディングなんてしない彼らに、ボールに合わせて突っ込んでゴールを決めろというのはかなり酷な話である。
それなら、短いパスを出してシュートコースの開ける場所まで進み、そこからシュートするなり、パスを出すなりした方が得点の確率は高い。
無論俺もそれを狙っていた。そしてそのための秘密兵器もちゃんと用意している。
俺がコーナーキックを蹴ろうとした瞬間――池上の背後から突如人影が現れた。
”全くもう、――ナイスタイミングだっ!”
池上の背後から、ここまでほぼボールに触れることもなく、完全に息を潜めていたがり勉の田中が突如ふっと現れ、池上の前に身体を入れた。
「なっ――!?」
池上が驚きの声を上げると同時に、俺は田中へショートパスを出し、田中はすぐさま俺の走りこむ先に絶妙なパスを出した。秘密兵器である田中との連携で、俺はいとも簡単に池上を抜き去ることができた。
――田中と俺は、試合前に少し話をし、以下のような役割を伝えていた。
“コーナーキックでここぞっていう時に、気配を消しながら、俺の前にいるディフェンスの前にとびだしてきてほしい。その瞬間に短いパスを出すから、それを受けたらまたすぐに、俺が走る先にボールを転がしてくれ。”
田中は最初、俺の出した役割を果たすことに自信が無さそうであった。
今まで試合で消極的だったことも、あまり運動経験がなく、体力も限りなく乏しい自分がしゃしゃり出て、みんなの邪魔をしたくないからだと教えてくれた。
しかし――、がり勉の田中が持つ大きな長所は三つあった。
一つは、今まで活躍らしい活躍をしていないため、相手から全くと言っていいほどにマークされていないことである。
二つ目は、体力はほぼゼロに等しい田中だが、休憩時間にボールをリフティングして遊んでいるのを見て、彼がボールコントロールに長けていることを俺は確信した。
そして最後に――、彼が賢いということだ。彼なら俺の走り込もうとする角度とスピードを考慮し、走り込む先を予想してパスが出せると踏んだ。
その結果、敵からノーマークだった田中は、見事に池上の背後から突如現れ、俺からのショートコーナーを受け取り、俺の走り込む先を読んで絶妙なパスを出すことに成功した。
「――ナイス田中!」
俺は田中からのパスを受け取り、ゴール前へとドリブルで突き進んだ。
池上が追って来るかと思いきや、田中が必死に池上の前に身体を入れて押しとどめてくれている。さすが、頭がいいだけあって、何をすれば効果的にサポートできるかをよく分かっている。
いける――と思ったその時、最後の壁が俺の前に現れた。
身長180㎝を超える巨体、圧倒的フィジカルを誇る剛田であった。剛田は、田中が池上の背後から近寄っていくのを見て、ロングパスヘの警戒を解き、ショートコーナーへの警戒へと切り替えていた。
「抜かせはしないっ――!」
剛田はまるで阿修羅のごとく形相で、俺の前に立ちふさがった。
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