第29話 死力を尽くした俺たちの最終決戦の結末

 ――俺と剛田のワンオンワン、しかし、今回は俺がゴールを狙って攻める側だ。そしてこれが時間的にも、おそらくラストプレーになるだろう。


 サッカーには、相手を抜くための数多くのフェイントが存在している。時間的には一瞬だが、その間にどのフェイントを繰り出すかという、目まぐるしい相手との読みあいがある。


 俺の正面に立ちふさがる剛田に対し、最初の一手として俺はボディフェイントを仕掛けた。身体の上半身を右に一瞬傾け、右に行くと見せかけすぐさま左に切り返す。


 剛田は一瞬つられかけたが、やはりすぐに体勢を整えられ、相手を振り切ることはできなかった。


 すぐさま別のフェイントをかける。次に仕掛けたのはシザーズフェイントである。ボールを切り返すと見せかけて、ボールの上を跨ぐ要領でわざとその上を空振りし、相手の重心を崩させるトリッキーなフェイントだ。


「――っぐぬぅ!」


 これにより、剛田の重心を崩すことに成功した。よし、このまま逆サイドへ走り抜ければ抜けそうだ。


 しかし、剛田は持ち前のフィジカルを強引に生かし、粘り強く踏みとどまり足を延ばしてきた。


 俺が剛田のことを知らなければ、おそらくここでボールを奪われていたであろう。ただし――、剛田は俺のよく知るチームメイトだ。彼がそう簡単には抜かせてくれないことは想定済みである。


 俺は最後の奥の手に取っておいたフェイントを仕掛けた。


 それは数あるサッカーのフェイントの中でも、初心者でも知っている一番有名な技であり、俺が一番得意とする技――マルセイユルーレットだ。


 伝説の選手であるディエゴ・マラドーナも得意とした身体を回転させるスピン系のフェイント――、恵まれた体格ではない俺は、身長が165センチしかないマラドーナの鮮やかな回転フェイントに魅了された。現在では、マルセイユルーレットと呼ばれるその技を、俺は剛田を抜きさるとどめとして使用した。


 ボールを足元に引き付けながら、思い切りよくターンする。風を切る音が聞こえ、視界が百八十度反転する。


 スピンした際、完全に抜かれることを察した剛田の表情が見えたが、俺は回転の勢いを殺さずに、そのまま一気に剛田を抜き去った。


 あとはシュートを叩き込むだけだ。


 しかし、剛田の粘りにより、右側から抜くことになってしまった――。これではシュートコースが限られる。


 ゴール前には高木、真野、松坂、太田君を始めとする、クラスメイト達の姿があった。シュートしやすい位置にいる彼らの誰かにパスを出すべきだろうか。


 俺が最後の判断に脳を目まぐるしく回転させていた時、田中の声が背後から聞こえた。


「――行けっ! 青葉くん!」


 俺は身体中の筋繊維が悲鳴を上げる限界まで捻り、大きく振りかぶった左足を、そのままムチがしなるように全力でボールを蹴った。


 全員の視線が一つのボールに集まる。


 その後の光景は、まるで無音のスローモーション映像を見るように、水を打った静けさの中でゆっくりと流れた。美しく回転しながら勢いよく放たれたボールに、クラスメイト達はヘディングで合わそうとジャンプした。


しかし、俺の放ったボールは彼らの頭には当たらなかった。


 俺の蹴ったボールは彼らの頭を避けるようにぐぐっとカーブしていき、綺麗な弧を描きながら直接ゴールネットへと突き刺さった。


「……。」


 全員がゴールネットに絡まりながらも、未だシュルシュルと美しく横回転を続けるボールを眺めた。やがて、ネットとの摩擦で回転は止まり、辺りは沈黙に包まれた。



“ピピッー!!”


 得点を示す審判の笛が鳴り、ようやく決勝点が決まったことを理解した野球部の松坂が、最初に大きな歓声をあげた。


「うぉっしゃぁああああっ!!!!」

「「おぉおおおおおっ!!!!!」」


 クラスメイトの男子どもが俺の方へ駆け出してくるのが見えた。


 その暑苦しい光景に、俺は一瞬逃げ出そうかと思ったが、それよりも共に喜びたいという気持ちが若干上回った。俺はその場に立ち止まり、クラスメイトたちに囲まれてバシバシに肩や背中を叩かれた。


「やったな青葉っ!」

「ナイシュートッ!」


「あぁっ! ありがとう。……っでももういい、……痛いっつーの!」


 やめろと叫び続け、ようやくクラスメイトは俺を解放してくれた。


「――それより、田中がアシストしてくれたから決まったんだ。あいつを称えるべきだ。」


 俺が代わりの犠牲者として田中を指さすと、クラスメイト達は今度は田中を囲い込み、バシバシと肩や背中を叩きにいった。


「ナイス田中ッ!」

「最後に大活躍だったな!」


「うわっ、ちょっと痛いっ、痛いって!」


 そう言いながらも、田中の表情はとても嬉しそうな笑顔だった。もしかしたら、俺も似たような表情を浮かべていたかもしれない。


“ピッ、ピッ、ピーッ!”


「「ありがとうございましたっ!!!」」


 試合は結局2-1で我らが一組が勝利し、一組男子は全勝優勝を果たした。


 一組の女子たちもまた、バドミントン、テニスともに優勝を果たしたそうで、男女ともに優勝という華々しい成績を飾り、二年生の球技大会は幕を閉じた。

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