第27話 黄色い歓声に舞い上がる理系の4組男子たち

 後半は、四組ボールからのキックオフである。


「おい、相手の四組の連中、気合入ってるみたいだけど大丈夫か?」


 バスケ部の真野が心配そうに声をかけてきた。


「あぁ、むしろこれを待ち望んでた。後半からは、真野もガンガン攻める方へいってくれ。」


――後半始まってすぐに、四組の連中は前半とは明らかに違った動きを見せ始めた。


 今まで、ワントップである剛田のサポートに留め、ディフェンスに徹していたはずの男子たちは――、みな俺が俺がとボールを触りに行こうとしたのである。


「おい、お前ら! 上がり過ぎだ。剛田くんに任せて、お前らはそんな前に出なくていい!」


 ディフェンスに定評のある池上は、クラスメイトたちの意に反する動きに動揺を隠しきれずにいた。


 物理専攻クラスであるため、数少ないクラスの女子が応援している今、四組男子連中は女子にいいところを見せたいという欲で満ちていた。華麗にドリブルをし、あわよくば自身の手でシュートを狙おうと、みな鼻息を荒くしている。


 しかし、今まで守備に徹しており、攻撃に不慣れなくせに、無理にかっこよくドリブルしようとする彼らからボールを奪うことは差ほど難しいことではない。


 陸上の長距離でスタミナのある藤田が、ぎこちないドリブルをする四組男子から、簡単にボールを奪った。


「青葉っ――!」


 藤田はボールを奪うと、すぐさま俺へパスを出した。攻めることに躍起になっていた四組男子たちは、全く守備に戻り切れていない。


――リトリート守備、ここに破れたり!


 剛田が俺の後を全力で追いかけてきた。俺は追いつかれる前に、短距離の鈴木なら追いつけるだろう場所へとスルーパスを出した。


 鈴木はラインを割るまえに、右サイドでなんとかボールに追いついた。四組守備はほぼ手薄であり、残る池上を抜けばゴール目前である。


 池上は手薄な守備のなか、何としても止めてやるという覇気を纏い、ボールを持つ鈴木に迫った。


「――こっちだ鈴木っ!」


 バスケ部の真野は、大声でパスを呼んだ。


 鈴木は池上が迫りくる前に、自身の名が呼ばれた方向へとパスを出した。ボールは右サイドから中央に送られ、真野がフリーでボールを受けた。そのままゴールへと直進し、完全なフリーでシュートを放った。


“ピピッー!”


 真野のシュートはゴールへと突き刺さり、後半の開始五分で一組は同点に追いついた。


「ナイスだ! 真野!」


「鈴木と青葉もナイスアシスト!」

「いいディフェンスだったぜ藤田!」


 大きな歓声で溢れ、みんなでハイタッチしてゴールの喜びを分かち合った。


 その突如、相手チームの方から激しい怒声が聞こえてきた。


「――何やってんだお前らっ! しっかり守れよ!」


 池上は顔を真っ赤にしながら、クラスメイトたちを叱責している。


「いや……俺らだって、女子にいいところ見せたいんだよ。」

「そうだ、そうだ! ずっと守備ばっかとか、つまらねぇよ。」


 怒りの池上に対し、クラスメイト達も異を唱えている。どうやら内輪もめを始めてしまっているようだ。


「落ち着け――、お前たち。」


 ずっしりとした重みのある声が、彼らの口論を押しとどめた。


「剛田くん! 君からも彼らに何とかいってくれよ。」

「……。」


 池上のすがるような声に、剛田はクラスメイトである四組の面々の顔を眺めてから、頭を深々と下げた。


「すまなかった――我々は少し勝つことにこだわり過ぎてしまっていたようだ。」


 その言葉に、池上をはじめとする四組の面々は、呆気に取られた表情を浮かべた。


「ずっと俺だけが攻め続け、みなは守ることだけに徹する……そんなことを続けていれば、不平の声が出るのも当然だ――。本来、球技大会は各々が楽しむものであった。俺はそんな当然のことを失念していた。みんな、誠にすまない。」


「いや、剛田がそんなに謝ることじゃねぇよ……。」

「そうだぜ。実際お前の力で勝ててるんだし……。」


 剛田はその声に頭を上げ、力強く言った。


「……今さらかもしれないが、みなで全力で攻めて、全力で守り、みなの力で我が四組に勝利をもたらせてはくれまいか。」


 剛田の真摯な頼みに、クラスメイト達は気合の入った声で応えた。


「おっしゃぁ!!」

「あったりまえだ! やってやるぞっ!!!」


 盛り上がる四組の面々に対し、池上だけが不服そうな顔を浮かべている。


「ちょっと……剛田くん!」


 池上は剛田の言葉に、裏切られたような気持ちを感じていた。


「なぁ――、池上よ。一組の面々を見てみろ。みな充実したはつらつとした顔をしているだろう。」

「……。」


「俺たちの考えた策は――確かに球技大会という場で勝利する最適解であった。しかし、球技大会という場だからこそ、あいつらのように一人一人がやりがいを持って活躍できる方法を取るべきだったのかもしれない。」


「……そう……かな。」


 池上はどこか寂しそうに肩を落とした。その様子を見て、四組クラスメイト達もどこか気の毒に感じているらしい。


「なぁ、池上……。」


 先ほど口論していた男子生徒の一人が、肩を落とす池上へと声をかけた。


「――ごめん、俺らも悪かったよ。ここまで勝てたのは、まぎれもなくお前の策のおかげだ。でも、俺らだって攻撃に参加して、女子にいいところを見せたい。分かってもらえないかな……。」

「……。」


 池上はその言葉に、下を向いたままであった。


「次相手にボールを取られたら、もっと速く必死で戻って守りに徹する。だからさ、俺たちも――剛田と一緒に攻め込まないか?」


「えっ……。」


 池上はその言葉に、ふと顔をあげた。


「そうだぜ。池上だって女子にいいところ見せたいだろ?」


「守備は今まで以上にみんなで必死に守る。だから、攻める方ももっとみんなで力を合わせようぜ!」


「――あぁ、分かったよ。もう好きにしろ。」


 池上はふっと笑って、四組の面々を眺めた。そして力強い表情へと一変した。


「だがっ――! その代り、相手にボールを取られた瞬間、全力で切り替えて守備位置に戻れよっ! さぼってちんたらしてる奴がいたら、尻を蹴飛ばしてやるからなっ!!」


「「おうっ!!!」」


 四組はどうやら一致団結できたようだ。それは敵である俺たちからしてみれば、困った事態ではあるのだが、その様子を見てどこか微笑ましいと感じる自分がいることにも気が付いた。

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