第19話 たかが球技大会で、戦場のような檄をとばす青葉と月山
「――おい、青葉。お前本気ださねぇって言ってたじゃねぇか。」
第二試合の前半が終わった後、相手チームである五組のサッカー部、月山翼が非難の目で見てきた。いやいや……お前こそ、最初から本気フルスロットルだったじゃんか……。
「いや、なんていうか……、ちょっとやる気でてきた。」
後輩の応援でやる気をだしたとは、さすがに恥ずかしくて言えない。
そして、神崎さんがこの場にいないことも、プレーの質という点ではよかったかもしれない。もし彼女が見てくれていたら、変にやる気をだして空回りし、ミスを連発してた気がする。
「悪いが、お前にばかり活躍はさせねぇ。後半は徹底的にマークしてやるからな。」
実際、月山の言う通り、かなりマークが厳しくなってきている。なんとか前半は一点もぎ取れたが、後半はそう簡単にもいかないだろう。
しかし、それよりも大きな問題がチーム全体にあった。
「――はぁ。」
わかりやすくため息をつく者、どこかやる気のない様子で俯いている者、まったく素知らぬ顔でスマホをいじる者、俺のチームメイトである一組男子のやる気は徹底的に下がりきっていた。
その理由は明白である。サッカーにしろ他のスポーツにしろ、経験者が幅を利かせてしまうのはどうしたって仕方のないことだ。毎日しんどい練習をし、汗水流して一つの競技にかけている者に対し、初心者がまともにやりあって太刀打ちできるはずもない。
だからこそ、俺は最初は彼らにも華をもたせようと、ボール回しの中継役やディフェンスに徹したのだ。しかし、可愛い後輩の期待に応えるため、本気でプレーをせざる得なかった。そのおかげで俺は伸び伸びとプレーを楽しめ、初心者相手に俺つえーをかまして気分も悪くない。ラノベの主人公にでもなった気分である。
しかし、その償いをする場面がもうはや来てしまったようだ。
最初は女子にいいところを見せようと頑張っていた野球部やラグビー部の連中も、サッカー部との格の違いを思い知らされ、やる気を明らかに消失させている。文化部や帰宅部の連中に関しては、先ほどのプレー中も、突っ立っているだけでほとんどボールに触りに行こうともしていなかった。
このままでは一組は優勝どころか、この先一勝もできないだろう。
まぁそれも悪くはないかもしれない。たかが球技大会である。優勝したら賞金が出るわけでもあるまいし、負けたら罰ゲームがあるわけでもない。クラスが優勝しようが最下位になろうが俺の知ったことではない。
――ちろるとの約束のため、自分は懸命にプレーして終わる。それだけで十分じゃないか。
「……。」
ふと、校舎の傍の植え込みを見ると、管理員の芝山さんが花壇の手入れをしているのが目に入った。首に黄色いタオルを巻き、背中に大きな汗染みを浮かばせながら力仕事をしている。
一生懸命に働いているその姿を見ていると、先日の芝山さんの言葉が頭に浮かんできた。
――君たちみたいな年頃は、何だってできる。馬鹿な事したって、大抵のことは許される。まぁつい死にたくなるような後悔もするけど、大人になったら笑って話せる。若人よ。毎日を全力で生きろ! そして青春を楽しみたまえ!』
俺は今、全力で生きているのだろうか。――大人になった時、笑って話せるような青春を送れているのだろうか。――俺は青春を楽しんでいるのだろうか。
部活も、勉強も、恋愛も、俺はそれなりには努力してきたつもりだった。
しかし、それは全力ではなかったように思う。全部中途半端で、いつしか青春を全力で生きる同年代のみんなを、どこか一歩引いて馬鹿にするようになった。
多分そのスタンスは、簡単には治らないだろうし、これからも斜に構えて考えることは多いだろうけど……。
――だけど、芝山さんの言う通り、たまには俺も全力で、馬鹿っぽく青春をしてみるのもわるくないかもしれない。
「なぁみんな……。俺だけ試合で目立って、悔しくないか?」
気が付いた時――、俺は普段ではあるまじき言葉を、クラスメイト達に向かって発していた。
つまらなさそうな顔でプレーするクラスメイトにムカついたからだろうか……。それとも、みんなで協力して優勝したいだなんて青臭い願いがあったのだろうか。
考えてみたけれどやはり、自分でもよくわからなかった。きっと明日くらいに、気恥ずかしさで後悔するのだろう。
俺の言葉に、クラスメイトたちは一瞬、ぽかんとした表情を浮かべた。そしてその言葉の意味を理解すると、怒りの表情へと変わっていった。
野球部の松坂が、すごい剣幕で近づいてきた。
「おい、青葉! お前は俺らにケンカ売ってんのか?」
そう受けとられても仕方なかった。確実に言葉を選びそこなった気もするが……、でもケンカを売るつもりはない。
「いや、そういうつもりはないけど――。お前らだって、試合で活躍して、女子にいいところを見せたいんじゃないかと思ってさ。」
「当たり前だろ! ったく、それができたら苦労しねぇよ。」
苦虫を噛み潰したような表情で、野球部の松坂は吐き捨てるように言った。
「だったら――、今がチャンスなんじゃないか?」
「はぁ……? チャンス?」
「だってそうだろ? 俺はこの後の試合、おそらく徹底的にマークがつく。俺がディフェンス陣を引き付けているその間、お前たちは全員でガンガン相手コートに攻め込んだらいい。」
俺の提案に、他のクラスメイトたちは呆気に取られているような表情を見せた。
「――そんなこと、みんなで攻め込むなんて……、いくら球技大会といえど無謀じゃないか。」
バスケ部のイケイケ男子である真野から抗議の声が上がった。
「そうだな。攻めてる最中に相手にボールを取られたら、バスケ部の真野、陸上部の鈴木は速攻にだけ気を付けてほしい。」
俺の言葉に、名前を上げられた真野と鈴木は少し思案する表情を浮かべた。
「……確かにバスケ部の俺なら攻守の切り替えは早いし、スタミナもある。速攻に対しては、俺と陸上部で短距離をしてる鈴木が警戒すれば、なんとかなるかもしれない。」
俺の説明に、真野はどうやら納得してくれたらしい。鈴木は特に何も言わなかったが、このまま説得できそうである。
「それに、今は俺のおかげで1-0でリードしてる。一点とられてもまだ同点だ。」
俺はここぞとばかりに、全員が納得する最大の理由付けを、相手チームにも聞こえる大きな声で力強く言い放った。
「――そして何よりもっ! お前らも女子の前でゴール決めて、カッコいいところ見せたいだろ!? 球技大会なんて、全力で思い切り楽しんだもん勝ちだ! 俺は後半も全力で駆けまわって、ゴールまでの道を無理にでも作る! だから全員必死に攻めまくって、この試合っ――大量得点で勝つぞ!!!」
「「おおおおおぉ~っ!!!」」
戦場を目の前に気合を入れる兵士たちのように、俺は檄を飛ばし、クラスメイトたちもそれに応えてくれた。俺もクラスメイトも、おそらくキングダムの読み過ぎである。言い終わってから、もう恥ずかしさがこんこんと湧き上がってきた。
勢いづく一組に対し、月山率いる五組も檄を入れた。
「女が多い文系クラスに負けてたまるかっ!! あいつらだけにゴール決められて、女子からちやほやなんぞさせてたまるかっ!! ぶっ殺すぞ!!!」
「「おおおおおぉ~っ!!!」」
もはや本当に戦場のような檄の飛ばし合いである。ぶっ殺すぞって……球技大会って親睦とか、交流目的の行事じゃなかっただろうか。まぁクラス内の団結は上がっているから目的に合っているともいえるけども。
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